253 折れてなお
『一刀両断』と『一剣倚天』ぶつかり合い。
ソードスキルを学ぶ者が最初に出会う『一刀両断』。
ソードスキルを学ぶ者が最後にたどり着く『一剣倚天』。
その二つの衝突である。
普通ならば誰がどう見ても最終奥義が勝つに違いない。
そうでなければソードスキルが膨大な体系を構築している意味がないではないか。
それでも、一つに専心する尊さがあらゆる常識を覆すことはある。
「おおおおおおおッ!?」
「こおおおおおおおッ!」
天が決めたことを覆せる何かがあるとしたら。
それは恐らく、愚直なまでに突き進む人の意思しかない。
* * *
「があッ!?」
余波が全方位へと散っていった。
『一刀両断』と『一剣倚天』の衝突によって生み出された衝撃波が飛び散り、聖剣院神殿の豪奢を極めた屋根を捲り上げ、尖塔を薙ぎ倒す。
聖剣院の数百年に及ぶ虚飾が、二人の剣士によって洗い流されるかのようだった。
そして凄まじいまでの激流が収まり、再び静寂が訪れた時。
「…………!」
「……ぜえ……!」
対峙する二者は、双方立っていた。
両の足でしっかりと。
究極と基礎のぶつかり合いは、互いを絶命たらしめるところまで至れなかった。
しかし、決定的な差は既に生まれていた。
「魔剣が……!?」
エイジの持つ魔剣キリムスビの刀身が、中ほどからポッキリと折れていた。
衝突に耐えきれなかった結果。
一方グランゼルドの持つ覇聖剣は、刃毀れ一つなく刀身を保っていた。
明暗がはっきりと分かれていた。
「やはり覇聖剣には及ばなかったな。魔剣とやら」
かつてリストロンドで繰り広げられた小競り合いとは違う、本気と本気のぶつかり合いである。
それでも、エイジが心魂を込めて繰り出した『一剣倚天』を刀身ごとへし折るグランゼルドの一刀。
「凄まじい。……アナタは人のまま、化生にも神魔にもなることなく天の理を覆した」
「それが人としての正しい進化だ」
得物を失った以上勝敗は決した。
グランゼルドはそう見極めていた。
「やはりお前が握るに相応しいのは、この覇聖剣であるようだな。今こそこの剣を受け取る時だ。こちらへ来いエイジ」
折れた剣では何もできない。
覇聖剣をエイジへ差し出し、戦いの終了を促す。
「お前の魔剣を巡る戦いは、その剣と共に終わったのだ。あとは本職の者たちが引き継ぐであろう。お前はこの覇聖剣と新しい戦いを始めるのだ」
「……舐めるな」
エイジの声が、憤怒の熱でグラつく。
「この魔剣を舐めるな……! ギャリコが心血を注いで鍛え、もっとも暴虐なる覇王級ハルコーンの魂を宿し、男神カマプアアの祝福まで受けた魔剣キリムスビを折っただけで殺せたと思うのか!」
エイジは、折れたキリムスビの半身を掲げる。
するとどうしたことか、折れていずこかへと飛び去った剣のもう半身がひとりでに飛び帰り、断面をピッタリくっ付け再生した。
「なんと……!?」
さらに接合された魔剣の刀身を、鞘の中に収める。
「こちらの鞘には、女神ペレの祝福が掛けられている。鞘に抱かれることで、魔剣は完全に損傷を修復する」
「まるで生きているかのようだな。なるほど、私は侮っていた」
再び覇聖剣で戦いのかまえを取るグランゼルド。
「その剣、鞘まで含めて粉々に砕かねば、お前を完全に説き伏せることはできんらしい。いいだろう、過去に悔いが残らぬよう徹底的に打ち砕いてやる」
「僕の方こそ、アナタを侮っていた」
魔剣キリムスビは、鞘の中で修復の軋みを上げていた。
まるで肉の中で骨が再生していくかのように。
「アナタを必要以上に傷つけたくなかった。その甘さが、僕に手を抜かせてしまった」
「……なんだと?」
グランゼルドの瞳に赤い灯が宿る。
「見下げ果てたぞエイジ。負け惜しみでみずからを貶めると同時に、この師をも侮辱するか?」
「ありのままのことを言った」
「ほざけ。先の打ち合い、お前は間違いなく本気だった。その証拠の『一剣倚天』だろう。あれ以上の剣技を繰り出すことはお前にも不可能。あれを本気と言わずしてなんと言う!?」
グランゼルドの指摘は正しい。
数百年の長きにわたるソードスキルの研鑽の中、常に最高峰にあった『一剣倚天』。
それを用いてなお本気でないというのは、虚勢以外の何物でもない。
「グランゼルド殿、時は移り変わるのです」
「何?」
「今日の最強も、明日は異なるかもしれない。アナタは恐ろしいほど強い人だ。だからこそ神を殺す剣を受けるに相応しい」
鞘の中での魔剣修復はもうすぐ終わる。
鞘の中に収めたまま、エイジは魔剣の柄を握る。
「……たしかに間違いだった」
「何がだ?」
「僕が何者かは僕が決める、と言うことが。僕に決められる僕自身のことなど何一つない。それを忘れてしまっていたから僕はアナタに負けた」
「……どういう意味だ?」
グランゼルドは、エイジの語る意味を計りかねた。
覇勇者への就任を受け入れる言葉とも思えない。
「僕が何者であるかは、この剣がずっと教えてくれていたことなのに」
「剣人が、剣の意思に従うというのか?」
「違う。この剣を作り上げたギャリコや、この剣に祝福を込めてくれたドワーフの神々。この剣に引き寄せられて集まった多くの人々……」
多くの思いが魔剣を通してエイジに届く。
自分自身が何者であるか教えてくれる。
「この剣が教えてくれる。僕は一人では何事も成せない弱者だと。ギャリコが、セルンが、多くの人が僕を支えてここまで来れた。それが形となったものが魔剣なのだ!」
天の理を知る者が、天をもって人と結ばれた。
その境地に達した者は、天の理をも凌駕する。
「だからこそグランゼルド。アナタは僕に勝てない。人であることを極め尽したアナタが、神の暴虐の象徴たる覇聖剣に寄る限り、アナタは真人として完成できない!!」
「…………よくぞ申した、若造が」
目に見えるほど濃厚な闘気が立ち上る。
「ここまで増上慢に成り果てるとはな! その腐った性根、我が剣で断ち切ってくれる!!」
覇聖剣を上段にかまえる。
これこそまさに必殺の『一刀両断』のかまえであった。
最初歩のソードスキルを、究極ソードスキルを超えるまでに鍛え上げた極絶の剣。
それに対抗するには、究極の一では足りなかった。
究極を超える一でなければならなかった。
エイジは改めて思う。
自分の尊敬する人はなんと凄まじかったのだろうと。
それを侮り、究極を超えた剣を繰り出さなかった後悔を秘め、エイジは鞘より剣を抜き放つ。
修復はもはや完了した。
「両頭を截断すれば――。一剣天に倚って――」
――寒じ
「――ソードスキル『寒』」





