250 革保相克
「本当に申し訳ない」
他の聖剣院関係者によって放心者たちは片づけられ、余計なものが消え去ったあとグランゼルドは頭を下げた。
「此度の聖剣院長の乱心、非は全面的に我らにある。いかなる手段をもってしても償わせていただく」
「まっことふざけた話じゃあ、相応の慰謝料は請求させてもらうので、そのつもりで……」
優位に立てばひたすら強気の聖鎚院長を、他の者が制する。
「暴挙を止めてくださったグランゼルド殿には、お礼こそすれ責めるいわれなどありません。どうか頭をお上げください」
「聖弓院長殿……!」
「我らエルフ族は何度もアナタのお世話になってきました。今さら迷惑の一つ掛けられたところで何の不平がありましょう」
エルフの長、聖弓院長のとりなしによって、これ以上グランゼルドを追い込めない空気になってしまった。
元よりもっとも非難されるべき聖剣院長は心を裂かれて前後不覚に陥っているため、もはやこの話題を続けることは不可能と言っていい。
「むしろ必要なのは、今より先のことでしょう。聖剣院の建て直しには、我がエルフ族からも援助を惜しみません」
「そういうことなら、ワシから多少の金は出してやってもよいぞ」
「べらんめい!」
近類稀に見る大失態も、なんとか事無く収まりかけるかと思われたその時だった。
「待ってください」
そこに物言いを挟む者がいた。
「……エイジか」
「この際です。聖剣院はこのままこのまま解散ということでよいのでは?」
ズシリと、重みのある言葉を放つ。
「エイジ様、それは……!」
「すまないセルン、しばらく口出ししないでくれ」
周囲の制止も振り切りエイジは強く主張する。
「聖剣院は腐敗の極まった組織でした。そのトップを罰したところで全体が正常化するとも思えない」
「だからすべて打ち壊せと?」
「魔剣がある今、大した問題ではないでしょう。そしてそれ以上に、僕がこの状況を終わらせる」
聖剣院長の暴走によって有耶無耶となっていた事態。
剣神アテナへ至る道を探り出す。
「アテナの下までたどり着ければ、僕が何としてでもモンスターをこの世界から消し去ってみせる。交渉だろうと、戦いになろうと」
「神を殺すつもりか?」
「相手が悪ならば、人だろうと神だろうと関係ない」
エイジとグランゼルド。
互いに火花散るほどに睨み合う。
「どうか教えてください。僕の父がどこへ消えたのか。その先に必ず世界のすべてが待っているに違いない」
「そしてお前が出向き、すべての問題に決着をつけるというのか?」
「…………」
「…………」
痛いほどの沈黙が、その場を過ぎ去った。
鼓膜に違和感を覚え、無意識に耳を抑えるものまで出る始末だった。
「…………」
「…………」
長く無言で睨みあう二人だったが……。
「ダメだ」
グランゼルドは短く拒否した。
「何故です?」
「何故でもだ。お前は正式に聖剣院に戻り、私と共に建て直しに尽力するのだ」
聞く耳もたない風を断固として示す
「私からもお願いします! グランゼルド様!」
さらに迫るのはセルンだった。
「セルン、お前までもが……!」
「モンスターの脅威から人々を守るのが勇者の使命であるはずです。そのための究極的な手段があれば実行すべきです! 勇者の責務と何ら矛盾しないはずです!!」
「……ッ!」
「それとも、グランゼルド様もやはりあの連中と同類なのですか!? 世界の平和よりも、自分の利権の方が大事なのですか!?」
「やめろ……!」
グランゼルドは苦しそうに、みずからの額を抑えた。
苦悩。
その言葉を全身で表しているかのようだった。
「私とて、世界がよりよくなる方を望むに決まっている。モンスターなどこの世から消えてなくなればいいと何度思ったことか……!」
「だったら!?」
「しかしな、エイジ、セルンよ。よく聞くのだ」
そういうグランゼルドの興奮には、彼らしからぬ公正欠いた感情が宿っていた。
その感情の名は、怒り。
「あの場所には、世界の真理が眠っている。あそこに行けばどんな望みでも叶う。それらすべての推測が真実であったとしよう」
だが……。
「ならば何故今、何も解決できていない? 何故まだモンスターは地上のそこかしこに跋扈している?」
「?」
「お前たちももう知っているはずだ。あそこには、既に旅立った者がいるのだ。そうだエイジ! お前の父親だ!!」
『あの人は旅立っていった』
そう手記には書いてあった。エイジの母親が残した手記に。
「……彼女と、その中に宿ったお前を残してヤツは旅立っていった。そして二度と戻ってこなかった。世界は何一つ変わっていない。……何も意味はなかった!」
「……あの人に、何があったというのですか?」
「わからん何も。あそこから帰ってこない限り、何があって何が起きたのか何もわからない。知ろうという気も起こらない。
あの場所へ行くことは。
それは既に先人によって一度証明されているのだから。
「無意味を繰り返してエイジ、お前まで失うわけにはいかんのだ。お前は私の後継となり、覇勇者となって、人々を守る戦いに一生を捧げるのだ」
「終わりない戦いに挑めと言うのですか?」
「勇者ならば誰もが歩んだ道だ。お前一人が無理などということはない」
ずっと続いてきた戦い。
数百年と積み重ねてきた戦い。
その歴史を受け継いできたグランゼルドは、エイジにもまた義務を果たせと迫る。
覇聖剣だけではない。
連綿と紡がれてきた剣の技。それを極めたものとしての義務。
「しかしそれでは納得しないだろうエイジ。お前はそういう男だ。それはお前を育てた私が一番よく知っている。……ゆえに」
グランゼルド利き手を掲げた。
そこから立ち上る黄金の炎。
炎の中から現れるのは、黄金色に輝く刀身。覇聖剣。
「私と戦えエイジ。私に勝てば知りたいことを教えてやる」
「グランゼルド殿……!」
「先日の小手調べとはわけが違うぞ。お前が身命を賭して完成させた魔剣を、この覇聖剣で叩き折る。この覇聖剣こそ、真にお前が握るべき刃なのだから」
避けられない戦いだった。
周囲にはセルンギャリコだけでなく、各種族の代表、人間族の王族など多くの者が居合わせていたが、誰も割り込めぬ強烈な気迫が漂っていた。
「……僕は、少しの間だけだったが、アナタが父親ではないかと本気で思っていた時期がある」
「エイジ……!」
「アナタに鍛えていただいた恩は一時も忘れたことはない。こんなことでしか恩返しできない愚かな弟子をお許しください」
鞘から抜き放たれる魔剣キリムスビ。
黄金の刀身と、冷え冷えするような妖気を放つ刀身が対峙する。
「それでいい。師を超える以上の報恩が弟子にとってあるだろうか。全力でぶつかって来るがいい。それでも私は、お前を叩き潰す!」
覇者と覇者による、本気の戦いが始まった。





