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249 天罰

「その通りだ! その通りだ!」

「我々もエイジ殿に賛同するぞ!! モンスターがいなくなるなど、これ以上よいことがあるか!!」

「魔剣の購入もやめぬ! 聖鎚院長殿! 差し当たり我が国に魔剣百振り納入してほしい! いや、二百振りだ!!」


 傍聴席に並ぶ人王たちまで興奮し、会議は収拾がつかなくなってしまった。

 混乱の中それでもはっきりしたのは、もう聖剣院長の思う通りに事が運ぶことはないと言うこと。


 この場で魔武具……、あるいは魔剣規制の条約をとりつけない限り、これから魔剣は際限なく数を増やし、聖剣院の立場を脅かす。


「認めろ聖剣院長」


 エイジが言う。


「お前たちの時代は終わったんだ。ただ聖剣を持っているだけで周囲が大人しく従うという時代は終わったんだ」


 我が世の栄華終わることなしと傍若無人の限りを尽くした時代のツケを、これから支払っていくこととなる。

 あらゆる苦難、日陰の生活が来ようと、それは彼らが先祖代々積み重ねてきた因果の報いなのである。


「あー、もうそろそろいいかのう?」


 聖鎚院長がいい加減付き合いきれないという風に言う。


「聖剣院長のくだらん議題はこれっきりでいいではないか。それより、せっかく普段顔を合わせん輩が大集合したんじゃ。もっといい議題で話し合いたいんじゃがの」

「商談かい?」


 聖鎚院長を中心に、場の空気が見事に変わり出した。


「なれば聖鎚院長殿! 我が国との聖剣の取引の話を!」

「我が国は三百振り! まとめて用意してくれ! 報酬は前金でこの場で出してもいい!!」

「いいや、重要なのは量より質! どうかエイジ殿が持っている魔剣と同じぐらいよいものを!」


 人間族の王たちが殺到して、その場は聖鎚院長の独り舞台になってしまった。


 聖剣院長が一人誰からも顧みられず打ち捨てられているのは、これからの未来を象徴するかのようだった。


「哀れだな……」


 エイジにとっては勇者時代の元上司と言えるが、それに何らかの意味があるわけではない。

 ここにいるのはただ栄華に溺れ、聖剣の力を自分の力と勘違いした挙句、己が傲慢の報いを受けて消え去ろうとしている愚者でしかない。


 エイジとて、こんな相手に割く時間は一秒たりともない。

 今はただ彼自身の目的を果たすためにグランゼルドに迫るのみ。


 そう思っていたのだが……。


「……お前らが悪いのだ……!?」

「?」

「お前らがああああーーーーーーーーーッ!」


 聖剣院長の絶叫。

 それが合図だった。


 議場に雪崩れ込む武装した兵士たち。


「これは……ッ!?」

「聖剣院の兵士か!?」


 突如なる急変に、人間族の王たちも各種族の代表たちも緊迫する。


「どういうつもりだ聖剣院長!?」

「お前たちが悪いのだ! 四の五の言わず私に賛同し、魔剣廃絶の条約を結べばよかったものを! 私の思い通りにいかないから殺すしかなくなったではないか!!」

「殺す!?」

「そうだ! ここに入るヤツらを全員皆殺しにすればいい! そうすればまだ私に勝つ道はある!!」


 皆殺し。

 その言葉を肯定するかのように兵士たちは全員抜刀している。


「呪わしい魔剣を作るドワーフどもを殺し、汚らわしい魔剣を買い漁る王どもを殺す! さすれば世界は浄化する! 聖剣だけが存在する清らかな世界に!!」

「狂ったか聖剣院長……!」


 人王の一人が非難するように言うが、もはやまともな会話は不可能だった。


「煩い! アテナ神に背を向け、穢れものに走る罰当たりども! お前らこそ剣神アテナに見捨てられるに相応しいわ! ワシが神に代わって罰を食らわせてやる! ……さあ!」


 聖剣院長、高らかに言う。


「エイジ! グランゼルド! 聖剣院の名においてヤツらに神罰を食らわせるのじゃ! 一人残らず皆殺しにせよ!」

「……!?」

「おお、青の勇者セルンもおるではないか! お前も参加し、不信心者どもの血をアテナ神に捧げて生贄とするのじゃ! ……おお!」


 さらに始末の悪いことに、聖剣院長はギャリコにまで目をつける。


「あの腐れドワーフが魔剣を発明したと言っておったな! よし、あの女は念入りに殺せ! 楽に死なせるな! 寸刻みにして生き地獄を味あわせ、聖剣院に逆らった罪深さを思い知らせてやるのじゃ!!」

「嫌だね」


 エイジ即答。

 それを聖剣院長は、信じられないと言った目で見る。


「むしろ何故僕がお前に従うと思ってるんだ? 本当に悲しい頭の作りをしているな」

「何を言う……? お前は勇者じゃろう? 勇者は、聖剣院長であるワシに従うのが当然……!?」

「僕はとっくの昔に聖剣院を辞めたし、仮にまだ所属しているとしてもそんな無茶に従うわけがないでしょう。ねえ、グランゼルド殿?」


 いまだ現覇勇者として聖剣院の柱石にあるグランゼルドだが、その表情は沈痛だった。


「……ここまで、ここまで分別がないとは……!」

「ぐ、グランゼルド……!」

「聖剣院は組織。組織は上下関係で成り立つもの。それゆえに頂点に立つアナタにはできうる限り敬意を払ってきた。いつの日か己を顧みて改悛して下されると信じていた」


 しかしここまでであった。


「……エイジよ」

「はい」

「お前は手を出すな。覇勇者として身内の恥はこの手で雪がねばならん」


 グランゼルドの手より現れる黄金の剣。

 覇聖剣。


「どっしぇえーーーーッ!?」


 聖剣院長は腰を抜かして恐れおののく。

 彼の指示で議場へ雪崩れ込んだ兵士たちも、恐れ混乱するばかりである。


「待てグランゼルド!? お前はそれを使う気か!? 覇聖剣を! モンスターを屠るために剣神アテナに与えられた覇聖剣を! あろうことかこの聖剣院長に!?」

「そうさせたのはアナタだ。アナタの愚かさだ。そしてアナタの暴虐をこれまで許してきた私にも罪はある、その罪をこの一刀で償う……!」


 黄金の覇聖剣を振り上げ……、振り下ろす。


「ソードスキル『元始心斬破』」


 黄金の斬閃が幾重にも飛んだ。

 しかしそれだけだった。


 一拍遅れて噴き上がる血煙などはなく、混乱の議場は逆に水を打ったように静まり返った。


 カラン、カラン。


 乾いた金属音が上がる。

 それは兵士たちが落とした抜身の剣であった。


「あへえええ~~」

「ほへえええ~~」


 いきなり、多数の兵士が崩れ落ちた。

 一滴の血も流さずかすり傷一つないというのに。瞳は輝きを失って、口は半開きのまま、涎が零れ落ちようと少しも反応がない。


「これは……!?」

「ソードスキル『元始心斬破』は、人の心を斬り裂く剣」


 エイジが解説する。


「許すことはできずとも血を流すには憚りある時に使われるソードスキル。この剣で斬られた心は二度と回復することがなく、心なき人形に成り下がるという」

「ほへえええ~、ぼへえぇ~~」


 当の聖剣院長も、断罪の刃を浴びたのか心を失い、生ける屍と化していた。

 聖剣院の兵士もまた一人残らず、連座に服せとばかりに。


「これだけ入り混じった状況の中、狙った相手だけを間違いなく斬り捨てるとは。しかも複数。やはり覇勇者の称号は伊達ではないな」


 聖剣院の聖剣院長は、ここに権力の座から退陣した。

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