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24 無限の刃

「……『炉の呼吸』」


 戦いの中でエイジの呼吸が冴える。

 エイジの他には誰も使わない。エイジだけが扱う呼吸スキルは、その段階に応じて筋力・敏捷・耐久の身体能力三大スキルを倍増させる効果を持つ。


「……『破の呼吸』」


『威の呼吸』は筋力・敏捷・耐久の三スキル値を倍に。『炉の呼吸』はその倍。『破の呼吸』はさらにその倍と。

 一呼吸ごとに身体能力が倍々に増えていく。


「……『弐の呼吸』」


 これでまた倍。


「……『穂の呼吸』」


 またまた倍。

 それでも覇王級ハルコーンと競り合うにはまだ足りない。

 絶望的なまでにある武器の性能差をカバーするためには。

 あの一角獣が取り戻した豪角は刃のように鋭く、馬体が発揮する突進力も手伝って弩弓以上の勢いでエイジに襲い掛かる。

 しかも馬首を巧みにしならせ、まるで剣客が操るような太刀捌きでエイジの防御を掻い潜ろうとする。

 その変幻さは水の流れのごとく、しかし雷よりも鋭い。

 条理を超えた力と技の融合が、ハルコーンを覇王級モンスターに認定させた最大の理由だった。


 凌ぎきれない限界が、エイジにも見え始めていた。


「…………やはり、武器の差が厳しいな」


 ハルコーン最大の武器とされる角は刃そのもの。

 いかなる手段をもってしても折れず曲がらず、そして貫けないものはない。

 その武器としての機能には、それこそ対抗できるのは覇聖剣ぐらいしかないであろう。

 なのにエイジが使うのは兵士級モンスター、アイアントの殻で拵えたナイフ。

 通称アントナイフ。

 普通の武器では絶対に傷つけられないモンスターの体で作った武器ならば、聖剣でなくともモンスターに対抗できるのではないか。

 そんな仮定の下に作成された切り札であったが、やはりモンスター同士の階級差が問題となって立ちはだかった。


「兵士級から作った魔剣で、覇王級に挑むのはやっぱり無理か……!?」


 魔物から作られた剣ゆえに魔剣。

 その魔剣アントナイフも、いまや刃がボロボロに欠けて今にもへし折れそうだった

 ボロボロであろうとまだ剣としての形を保っているのは、エイジのソードスキルが卓越している証明。

 エイジ以外が振るっていればアントナイフは最初の一合で粉々になっていた。

 神の域に達したソードスキルで、なんとか土俵際で堪えてきたものの、何事にも限界が訪れる。

 どんな絶技を駆使して絶妙にいなそうとも、刃こぼれが芯まで達したアントナイフは次の激突で砕け散ってしまう。

 かといってハルコーンの高速突進は身をひるがえしてかわすことなどとても不可能な速度。

 剣の助けを借りながら紙一重でいなすしかないエイジは、アントナイフを失えばいよいよ追いつめられる。


「こうなったら……」


 アントナイフがまだ原形を留めている今のうちに、相打ち狙いで一突きするか。

 度重なる激突でハルコーンの速度にも少しずつ慣れてきた。

 突進を紙一重で避けつつ、カウンターでナイフを突き立てることは、五回に一回程度の確率で成功はするだろう。


「それ以外にも不安要素はあるが……」


 この壊れかけのナイフで、ハルコーンの強靭な肉体を貫けるのか。

 貫いたとしてもちゃんと致命傷を与えられるのか。


 そこまで考えると成功の可能性は万に一つ。

 それでも今は、一か八かに挑戦しなければいけない時だった。


「エイジ!」


 視線を掻い潜る覚悟が固まる直前、背後から呼びかけられる。

 反射的に振り向くと、中空に投げ出される刃。

 それをキャッチして、エイジは驚く。


「アントナイフ!?」


 エイジへ、ギャリコから放り投げられたのはアントナイフ。しかもエイジが持っているものとは別の、新品同然に研ぎ澄まされた刀身。

 つまり二振り目のアントナイフだ。


「使って! 今使っているアントナイフは刃が欠けてもうもたないでしょう!?」

「ギャリコ!? アントナイフのスペアがあったのか!?」

「ないわよ! そんなものあったらもっと早く渡してるわよ!!」


 しかしエイジの手には、新品同然に光輝く新たなアントナイフが実際にある。


「作ったの! 今この場で!!」


 こちらの都合も構わず襲い掛かってくるハルコーンに、新たなアントナイフでいなし避けつつ、エイジはギャリコの方へより注意深く注目した。


 するとギャリコのすぐ隣で、聖剣をかまえたセルンのさらに足下に、両断されたアイアントが転がっている。


「そうか……!!」


 ここは元々アイアントがキャンプ地としていた場所。

 アイアントが掃いて捨てるほどウヨウヨしていた。

 しかもそのアイアントは、群れの長であるクィーンアイアントを殺され、みずから判断することができなくなり完全無害。

 今ならば仕留めるのは簡単だった。


「セルンにお願いすれば、周りのアイアントをいくらでも狩ってくれるし、それを材料にアタシがアントナイフを拵えるわ! この場で!!」

「即興で作ったって言うのか!?」


 いくら稀に見る高い鍛冶スキル値を持つギャリコと言えども、普通の鉄より遥かに加工が難しいだろう素材を、そう簡単に武器に変えられるものなのか。


「舐めないで! 一度作ればコツは掴めるし、道具だって揃えてきてるわ! 即席だから形まで整える余裕ないけど、今度はもっと早く仕上げて見せる!!」


 ギャリコはやる気に燃え上がっていた。


「やるわよエイジ! 聖剣じゃなく、魔剣で、あのお馬さんを倒すのよ!! いくらでも折っていいわ! アタシがすぐ新しいアントナイフを作るから、全力でぶつかって……!」


 何本折って、何本消費しようとも魔剣で戦い抜けば、魔剣でハルコーンを倒したことになる。


「よしきた!」


 補給ができるなら、もはや一振りを騙し騙し使い続ける辛抱はいらない。

 むしろナイフを敵にぶつけて叩き壊すつもりで。それだけ激しく相手を揺さぶることができる。


「アタシもエイジと一緒に戦う……! 魔剣の価値を証明するための戦いなら、アタシが踏ん張らなくてどうするのよ……!」


 いくらでも、いくらでもアントナイフを量産してエイジの助けになる。

 幸い材料は潤沢だ。無害化したアイアントがいくらでも周囲を走り回っていて、それをセルンが掻っ捌いてくれる。

 アイアントの硬い殻も、聖剣ならば簡単に両断可能。


「あのこれ……! やっぱり聖剣に頼っていることになりませんか!? 面倒な段階を挟んだだけじゃないですか!?」

「いいからアナタはアイアントを斬り続けて! どれだけアントナイフの生産ペースを高速化できるかで勝敗が決まるのよ! アナタだってエイジを助けたいんでしょう!? だったら頑張って!!」

「納得いきませーん!!」


 愚痴りながらもソードスキル『一刀両断』を放ってアイアントを斬り裂く。


「出来るだけ殻は破損させないように仕留めてね! 首と胴の接合部を切り離すのがいいわ!!」

「注文が多過ぎです!!」


 何やかんや言いつつも息の合ってきている二人だった。

 そして、武器を折っても新たに供給してもらえることになり、心理的圧迫感からも解放されたエイジは、攻め手にも勢いが加わる。


「……『衛の呼吸』!」


 さらに呼吸スキルを駆使して身体能力を倍加させる。

 アントナイフは、ハルコーンの角とぶつかって粉々に砕け散るが、すぐさま新しい刃が投げ入れられ、キャッチするエイジに隙はない。


 尽きることなき無限の刃。

 これでエイジは、ハルコーンとの拮抗を維持することができる。


「これでいずれは……、エイジ様もハルコーンの角をへし折ることができるんですね!?」


 岩をも通す一念がある。

 かつてエイジが、数十本の鉄の剣でアイアントの殻を断ち割ったように、今度はアントナイフ数百をもってハルコーンの角をへし折ることができるか。


「それは無理」


 ギャリコがあっさりと断言した。


「アタシの鍛冶スキルを持ってみれば、あの角の硬度は大体わかる。たとえアントナイフを一万本用意しても、あの角をへし折るのは不可能よ」

「!? そんな!? じゃあエイジ様は、結局ハルコーンには勝てない!?」

「驚くのはいいけど手を止めないで!」

「はいぃッ!?」


 同じモンスターでも、最下級と最上級ではそこまでの差があるというのか。

 絶対に勝ち目のない硬度合戦。


 しかしその中で、既に絶人のソードマスターは別の勝ち目を見出していた。

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