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248 神の真贋

「剣神アテナの……?」

「邪悪を……?」

「打ち砕く……ッ!?」


 そこに集う誰もが耳を疑った。


 剣神アテナと言えば、人間族に聖剣を与えたと同時に、人間族そのものを生み出した祖神ではないか。

 その万物の母を邪悪と罵るエイジ。

 仮にも人間族最高の覇勇者の称号を与えられた人物が。


 みずからの主神を罵るなどありえることではなかった。


「何を! 何をバカなことを言っておるのだああああッ!?」


 もっとも激しく反応したのはやはりというか、聖剣院長だった。

 権勢の土台というべきアテナの神聖にケチをつけるのは、たとえ口先のことでも許されない。


 まして口走ったのが、聖剣院を代表すべき覇勇者であったれば。


「アテナ神が邪悪であると、そんなことあるわけないではないかああ!! アテナ神こそもっとも神聖で、高潔な、他のどの神よりもっとも優れた神なのだああ! アテナ神から見ればどんな神も下なのだあああ!!」

「「「「あぁ?」」」」


 勢い余って余計なところに火の粉を撒く聖剣院長。

 他族の不快を察知する気配りなど、この権力者にあるはずもなく、今はただエイジ一人に食って掛かる。


「撤回しろ! 今すぐ撤回して土下座して謝れええええ!! アテナ神は全知全能の絶対神なのだ! 謝罪として魔剣を作るヤツも使うヤツも皆殺しにして来い!! 何のために強いのかわかっているのかお前は! 聖剣院を守るためだろうがああああッ!!」

「僕の剣は、この地上に生きるすべての人々を守るためにある。人類種を害するのが剣神アテナならば、剣神アテナを斬る。それだけのことだ」


 言葉の刃でバッサリと斬り捨て、エイジはグランゼルドに迫る。


「サスリアさんから教えていただきました。アナタは勇者だった頃の母と親しく、その縁で父とも親しかったとか。父が消えていった先を知っているとすればアナタ以外にいないと」

「サスリア殿も口が軽い。そしてエイジ、お前はあの場所へ、あの男と同じものを求めて向かうというのか?」

「では、やはり知っているんですね?」


 議場の雰囲気が、気づけばエイジとグランゼルドに支配されていた。

 それまでの魔剣論争などどこへ行ったかという風で、皆がそれ以前のことを忘れて、二人の覇勇者に注目した。


 人類において究極の強さを誇る二者には、それだけの覇気が備わっていた。


「あの男は……」


 老いた覇者は語る。


「我々には見えていないものが見えていた。時の流れ、状況の変化、いずれ誰にも見えてくるが、今は見えない。そういうものを関係なく見通せる、そういう男だった。あれをまさに天才というのであろう」


 その人物評は、これまで語られた多くと同じだった。


「エイジ、どうやらお前はそういったところを受け継いだらしい。凡人には見えない段階を見据え、それに向かって走り出さずにはいられない。それが世を大いに乱してきた」

「いけないことですか?」

「わからぬ。凡人である私には何一つ。むしろ私が教えてほしいぐらいだ。お前たち親子は、あの場所に行って何をしたいのだ? 何を望んでいる?」

「この世界を根底から変える」


 エイジは言った。


「この世界から一切のモンスターを消し去る。そのためには剣神アテナを倒さなければいけない。それが現段階での僕がもった結論だ」

「バカなあああああッ!?」


 懲りずに聖剣院長が乱入する。

 彼は、いつでも自分が中心にいると勘違いする癖があった。


「何故アテナ神がそこに出てくるのだ!? アテナ神は善良だ。人間族に救いをもたらす守り神だ! そんなこともわからんのかあああああッ!?」

「そうでないかもしれないという可能性が出てきた。僕はそれを鎚神ペレから直接聞いた。ドワーフ族の神だ」


 神に直接拝謁したという証言に、場が大きくざわめいた。


「ならばドワーフの神がウソつきなのだ! ドワーフごとき下級種族の神が、アテナ神に嫉妬して誹謗しているに違いないのだ!」

「いい加減にしとけよ我ゃ……!」


 さすがに黙ってはいられない聖鎚院長を、エイジが制した。


「ならばこそアテナ神にも直接問いただすべきだろう。そして真実だった場合、そのままアテナ神を滅ぼす」


 滅ぼすことで、モンスターに制圧されたこの世界を救済する。


 今や世界の明暗を示された人類種会議に世界の根幹を左右する議題が提示されてしまったのだ。


「だ、ダメだ……!?」


 真っ先に異を唱えたのはやはり聖剣院長だった。


「この世界を変えてはならん……! この世界は、今が一番整っているのだ! それを変えてしまうなど絶対にならん!!」

「そう思っているのはお前だけだ」


 エイジが冷たく言い放った。


「お前は、聖剣院の権威をかさに着てずっとやりたい放題してきた。自分以外の多くの人を踏みにじり、富を貪ってきた。お前たちが権威を振りかざすのに聖剣が必要であり、モンスターが必要だ。ただそれだけだ」

「うッ……!?」

「他者の苦しみの上に権勢を築き上げ、栄華を貪ってきた。それがお前たち聖剣院だ。世界があるべき姿に戻る時、お前たちの権力の座も崩れ去る。あるべき状態に戻るんだ」

「違う! 聖剣院の栄華は終わることはない! 永遠に続くのだ! この世界の在り方を変えることは誰だろうと許さん!」


 聖剣院長は半狂乱のていで喚き散らした。

 周囲を見回す。助けを求めるように、何でもいいから自分を助けるものを探すように。

 そして目に留まったのは、自分と同じように聖武具を管理する他種族の顔ぶれだった。


「せ、聖鎚院長殿! 聖弓院長殿、聖槍院長殿! アナタ方もそう思うであろう! モンスターがいなくなるなど、あってはならない! 我々の在り方が変わってしまうのだぞ!?」

「ワシはかまわんぞ」


 気軽に言ったのは聖鎚院長だった。


「たしかに聖器管理者としての役割は終わるかもしれんが、ワシにはドワーフの職人どもを率いて儲けるという大事な仕事もあるでの。にっくきモンスターどもがいなくなれば本業に専念できて大助かりじゃわい」

「貴様……!?」


 聖鎚院長の予想外の回答に、聖剣院長は息を飲む。


「今モンスターが消え去ると、せっかく売り出し準備している魔武具も意味がなくなりますが、そこはいいんですか?」

「モンスターに鉱山を潰されたり、輸送中の商品を襲われたりと日頃からの被害もバカにならんしのう。モンスターがいなくなれば必然魔武具も消えてなくなるが、ならばプレミアもつくかもしれん。今のうちにたくさん作らせておくかのうヒッヒッヒ……!」


 聖鎚院長は、ドワーフの鍛冶技術を売りつけることしか頭になかった。

 真っ青な顔で聖剣院長は被りを振り……。


「聖弓院長は……!」

「私たちエルフは、森と共に生きる者。モンスターがいなくなれば、草を摘み、木の実を拾う生活に戻るだけのこと」

「聖槍院長……!」

「しゃらくせえよ」


 叱責に似た喝が飛ぶ。


「聖剣院長さんよ。結局アンタは怖いだけだろう? モンスターがいなくなって聖剣に価値がなくなって、今までみたいに威張り散らせなくなるのが怖いだけだろ? それでオイラたちも同じだと思って味方に引き入れようとしてるんだろ。見縊るんじゃねえよ!」

「ヒッ!?」

「聖槍は神様からの預かりものに過ぎねぇよ。それに頼って食い扶持をたかってたんじゃ神様に申し訳が立たねぇ。自分の食い扶持ぐらいは自分で稼いで当然だろうがぁ!」


 聖なる武器の必要性をかさに着て、富を巻き上げていたのは聖剣院だけだった。

 だから誰からも賛同されない。

 誰かからも同情されない。


「来るべき日が来たな聖剣院」


 エイジが、死刑判決を告げる裁判官のように言った。


「聖剣の威を借りて驕り高ぶる時代は終わったんだ。これからお前たちは世界で一番惨めな生き物となる」

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