246 会議は踊る
一方同じ神殿の一画では、錚々たる面々が向かい合って絢爛の様相を呈していた。
まずは人間族を代表する聖剣院長。
ドワーフ族を代表する聖鎚院長。
エルフ族を代表する聖弓院長。
竜人族を代表する聖槍院長。
ゴブリン族は、聖斧院といった組織がないので、そのまま族長が。
これが人類種会議であった。
地上の人類種の総意を決めるため、普段は干渉しあわぬ各種族が一堂に会する。
そう有り触れたものではなく、それこそ数十年数百年の空白を置いて執り行われるもの。
今回、開催を宣言したのは人間族の聖剣院だった。
無論、明快なる目的を胸に秘めて。
* * *
「だから! だーかーらー!!」
議場において聖剣院長は喚き散らすばかりだった。
彼のせいで会議が穏やかに進まない。
「皆揃って、この書類にサインすればいいだけではないか! それだけで条約は締結する!!」
「それでどうなる?」
「全種族の合意によって魔武具は異端認定され、生産、所持、使用のすべてを禁じられる! 現存するものもすべて破壊される! 世界は美しく正常に戻るのだ!」
「だからー」
テーブルをコツコツ叩き、不満を表すのは聖鎚院長。
ドワーフの代表だった。
「魔武具を異端認定するなど断固拒否すると言っておるだろうが。もう交渉決裂だと悟れよ」
「拒否するな! 賛同しろ!」
「無茶言うな」
会議は一応、聖剣院長と聖鎚院長の一騎打ちの様相を呈している。
魔武具否定派vs魔武具肯定派と言い換えることもできる。
魔武具というのは魔剣だけでなく、槍やハンマーや弓などモンスター素材から作り上げた武器全般を言う。
本来はギャリコの発明品であったが、今では聖鎚院長がドワーフ族全体を牽引し一大産業にする動きがあった。
「あのなー? 今ウチでは魔武具を大々的に売り出す準備を始めてんの。近々実際に売り出す予定なの。それをいきなり禁止されたらワシら大損じゃん?」
「だから反対するというのか!?」
「それ以外にどう聞こえるんじゃ?」
魔武具……、というより魔剣の根絶こそ人類種会議を開いた大目的ではあるが、それをすんなり承認されなかったのは聖剣院長にとって大誤算であるらしい。
イライラとした態度を隠すことなく、論敵に迫る。
「いいか? 魔剣……、魔武具は、この世界に混乱をもたらす罪深いものだ。断固として許してはならん!」
「なんで?」
「なんでだと!? そんなこともわからんのかこのバカは!? ……あッ?」
公の場に相応しくない言葉に、咳払いで誤魔化す。
「いいか……? モンスターを倒せるのはただ一種。我々がそれぞれに保有している聖剣、聖鎚などの聖武具ではないか? それに例外が現れたらどうなる? 世界が混乱するではないか?」
今度は宥めすかすように猫なで声で言う。
「人類種の救済手段は唯一、聖武具だけでいいのだ! 他のものがあっては必ず災いが起きる! 剣神アテナが許すはずがない! だから禁止しなければならないのだ!」
「そんなアホみたいなことを何度も主張してくるがのー」
聖鎚院長がやれやれと言う風で耳の裏を掻く。
「お前さんの主張には何の論理性もないんじゃ。聖鎚……いや聖武具以外にモンスターへの対抗手段ができる。それがダメ? なんでじゃ?」
「そ、それは……!?」
「むしろいいことじゃろう? 暴れ回るモンスターに対して聖武具の数が圧倒的に足りぬ問題はかねてから言われてきたことじゃ」
人間族の聖剣、ドワーフ族の聖鎚。
それらの聖武具は四方を守る四、覇を冠する一の計五つが基本形であり、それを使う勇者も四人、覇勇者は一人しかいない。
「魔武具の発明は、その問題を解決する画期的なものじゃ。我ら聖鎚院は代々的にこれを売り出し、モンスター討伐の助けになってくれればと願っておる」
「その通りだ!!」
声を張り上げたのは議場からではなく、その周囲からだった。
傍聴席で立ち上がる者がいる。
「聖鎚院長! 是非とも我が国と魔剣の取引を! 金に糸目は付けぬぞ!」
「我が国も!」
「我が国もだ!! 最高の職人に作らせた最高のものを頼む!」
人間族の国王たち。
本来ならば人類種会議に傍聴など許されないが、大人数で押しかけられたため拒絶しきれなかった聖剣院長である。
しかも、ここで聖鎚院長と接触があったのは絶望的であった。
売り手と買い手が結びついてしまった。
このままでは本当に、聖剣院は人間族から用なしとなりかねない。
「い、いかん! それはいかんぞ!」
結局のところそれが本音だった。
聖剣院長が何より恐れるのは、魔剣の台頭によって聖剣の価値が低下すること。
聖剣の価値低下は聖剣院の価値低下であり、自分たちが見捨てられることを恐れるのである。
「聖槍院長! 聖弓院長! アナタたちも意見を言ったらどうだ!?」
聖剣院長がしたことは、他の出席者に援護を求めることだった。
会議は一騎打ちの様相を呈していたので、他者は静かなものだった。
「では言わせていただきますが……」
と話し始めるのはまず聖弓院長。
エルフ族の代表者でうら若い乙女の外見であるが、他種族の倍以上の寿命を持つエルフなので見た目通りの年齢とは限らない。
「私たちにとっても魔武具の流通は歓迎すべきことです。我らの中には既に勇者レシュティアを通してモンスターの羽を鏃にした矢が出回っていますが、一般兵でもモンスターを殺すことができ大変重宝しています」
「オイラんとこァどっちでもかまわねェよ」
気風のよい口調で話すのは竜人族の聖槍院長である。
「元々ウチのヤツらぁ血の気の多くてよ。どいつもこいつもモンスターぶっ殺してやるってんで煩くて仕方ねぇ。なのに聖槍が五本だけなんだってんで昔から悩んでたのよ」
「だったら、そちらの暴れん坊と同じ数だけ魔槍を納入してやるわい」
「ありがたいねぇ、聖鎚院長の旦那ぁ」
これらのやり取りを見て、聖剣院長は愕然とした。
何故だ、と。
他種族の聖器管理者たちも、魔武具に脅かされる立場から結託し、魔武具廃絶のために協力できると思っていたのに。
その目論見があっさりと崩れ去ってしまった聖剣院長だった。
「そ、そうだ! ゴブリン族! ゴブリン族長は……!?」
「今年もモンスターに荒らされた畑は数知れませんですからのう。若衆が魔斧で武装できれば有り難いことですじゃあ」
味方が一人もいない。
これでは何のために各種族の代表を招集したのかわからない。
孤立する聖剣院長。
追い詰められた聖剣院長。
チッと舌打ち混じりに振り返る。
そこには両手を組んでジッと黙するだけの偉人。
覇勇者グランゼルド。
聖剣院長は会議の助けになればと強引に出席させたが、一言も発言することない。
このままでは魔武具は全人類種からお墨付きを与えられて全世界に広がってしまう。
そうすればいい、どうしたら。
と思っていた時である。
覇勇者エイジが現れたのは。





