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242 歴史のゴミ捨て場

 聖剣院の本拠は、エイジやセルンにとって古巣である。

 なので中の構造など知り尽していて、何処へ向かおうとしても迷わず進むことができる。


「迷った」

「ちょっとッ!?」


 どんなに住み慣れていても、用がなくて立ち寄らない場所はある。

 何十年と住んでいるのに一度も入ったことがない路地とか部屋とか、案外あったりする。


「剣士職なら、この区域には一切用事がないですからね……」

「セルンも来たことない? やったねー、同時に絶望的だね」


 そもそもエイジたちは何を求め、どこを目指しているのか。

 それすらわからぬギャリコら部外者組は、そろそろカリカリし始めていた。


「ねえ、いい加減何を探してるかぐらい教えてくれても……」

「変なものがあるぞ?」


 と言い出したのはサンニガだった。

 その指さす先を確認してみると……。


「ここだ」


 ここが目的地だった。

 神殿どころか剣都自体に入るのが初めてのサンニガが真っ先に発見するのもどうなのか。


「で、ここ何なの?」

「聖剣院の書庫だよ」


 数多くの本棚が並び、さらに数多くの本が詰められた部屋。

 人の身長の二倍以上ある本棚なので、挟まれると息苦しさが生まれる。

 しかも本棚だけに収まれきれない本が床に溢れ出て、うず高く積まれた書物の塔も一つや二つではない。

 酷く雑然としていた。

 しかも部屋全体が埃っぽく、カビの匂いも交じって異様な臭気に満たされていた。


「エイジ様、ここでしょうか?」

「うーん、ここで間違いないんじゃない?」


 地元組が何とも頼りない。


 聖剣院書庫。


 ここに収められた本は、すべて聖剣院に関わりある資料。


 歴代の勇者が、モンスター討伐から生還するたび書き綴った報告書や、過去の聖剣院長が自分の功績を賛美するために書かせた自伝などが収まっている。


「つまり聖剣院の歴史そのものだ。かなり過去のものまで保存されているはずだから、それこそ神話の時代のことも記されているかもしれない」

「そうか、つまりここなら……」


 聖剣院が崇める神アテナの記述があってもおかしくない。

 巷に広がっている一般知識だけでなく、関係者しか知らない核心的な秘密も。


 アテナに関する情報なら何でも得ておきたい今、ここはもっとも期待が持てる情報源となりえた。


「ここを漁って、アテナに繋がりそうな情報を抜き出す。神々の証言を裏付けるものでもよし、アテナの居場所に関することでもよし」

「ラストモンスターのことも記されているかもしれません。それも併せて発見できれば……!」

「と、いうわけで、これから読書タイムでーす」


 人類種が操る言語も文字も、すべての種族で共通していた。

 だから人間族が保存する文献も、問題なくすべての種族が読み解ける。


「ギャリコも頼むねー」

「はいはい、わかったわよ」


 現在、神殿は人類種会議に注目は集まっているが、ここ書庫はそうでなくても人が寄り付かない場所だった。


 見咎められる心配もないわけだが、それは今を生きる聖剣院関係者が、いかに過去への関心がないかを示す要素でもあった。


 現体制で驕り尽している者たちだけではない。

 それらに反発して離反したエイジやセルンですら、聖剣院の過去を一切知ろうとはしなかった。


 剣という実務に打ち込むゆえか、前を向く者は振り返ることなどないのか。


 しかし過去とまったく無関係でいられる現在などない。


 だから今、見るべきものを見てこなかったツケを支払わされているかもしれないエイジだった。


「兄者ー、オレ眠くなってきたぞー?」

「まだ一冊も読み切ってないじゃないか」


 しかしサンニガも字が読めるのが意外だった。


「でも、これ全部に目を通すとしたら途方もない作業になるわよ? 何日かかるかわからない……!」

「それでも他に手掛かりがないなら徹底的に調べるしかない。大丈夫、こんなところ何日いても誰も入ってこないって……!」


 エイジが、ぺラリと本のページをめくった瞬間だった。


「そんなわけないだろう?」

「ッ!?」


 すぐ背後だった。

 エイジの背中に張り付くほどの至近距離に人影があった。


「誰だッ!?」


 驚きつつも飛びのき、距離を取るエイジ。

 彼ほどの達人が気づくこともなく接近を許してしまうとは。


「いかな覇勇者と言えども殺気がなければ気づきようがないかい。修行が足りないねえ」

「ッ!? アナタは」


 ギャリコ、セルン、サンニガも緊張し、武器を持つ者はかまえる。

 しかし、その緊張はすぐさま弛緩した。


「サスリアさん!? 何故アナタがここに!?」

「そりゃこっちのセリフだよう覇勇者様」


 現れたのは、齢七十は越えているかと思われる老婆であった。

 しかし年齢の割には矍鑠としていて、今にもゴム毬のように飛び跳ねそうな快活さがある。


「せっかく勇者の頭領に選ばれたっていうのに飛び出して、ゼルド坊やを困らせてばかり。悪い子だねえ」

「いてッ」


 老婆は、軽くエイジの頭を小突いた。

 それだけで周囲は衝撃に包まれた。

 聖剣院の中で、エイジに対してそのように粗雑な振る舞いをする者がいるのか。


「エイジ様……? その? その人は……!?」

「あれセルン知らない? ……仕方ないなあ、この人は……!」


 とエイジが言うのに先立ち……。


「アタシはしがないここの司書だよ。名をサスリアという」


 打ち捨てられているかのような書庫にも、管理者がいたという。


「ええッ!? サスリアさんがこんなカビ臭い場所を!? なんでそんな!?」

「カビ臭くて悪かったねえ。これでも毎日掃除してるんだよ」

「すみません」


 サスリア老婆は、床に無造作に置かれていた本を拾い上げると、フウッと息を吹きかけた。

 積もった埃が広く大きく散っていった。


「……ここはアタシにゃ似合いの場所なんだよ。物でも人でも、剥がれ落ちた過去を放り込んでいくゴミ捨て場だからね」

「過去のゴミ捨て場……」

「そんなところに、今をときめくアンタが何の用だい? アンタこそ今を輝くべきだろうに」


 老人らしい偏屈さを見せて、サスリア老婆はエイジを睨む。


「その様子じゃ上層部にも挨拶してないんだろう? どうするかね? 末端の雇われ者としては、黙っておいてあとで怒られたくないんだがねえ……?」

「そう言わずに協力してもらえませんか? 過去の中から、どうしても引っ張り出したいものがありましてね」

「何だい?」

「剣神アテナに関わることすべて。古ければ古いほどいい」


 その言葉に、サスリア老婆の飄々とした空気が消えた。


「そんなことを調べてどうしようってんだい?」

「見極めるんですよ。全人類種のために取り除くべき邪魔者が何なのかを」

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