241 潜入聖剣院
そして場面は再び、リストロンド王国の剣都居留屋敷へ。
「我々は、この人類種会議が天王山だと考えておる!」
「この会議を通じ、魔剣を規制しようという意図は明らかだ!」
「我らは、ヤツらの思惑に断固反対する! 人間族は……、いや全人類種は! もう解放されるべきなのだ! モンスターと、それを利用して私腹を肥やすヤツらから!」
各国人王がこぞってエイジに迫る。
「会議には我々も出席することになっている。あくまで傍聴者として発言権はないが、ヤツらの言動を監視して無言の圧力をかけていくつもりだ」
「覇勇者エイジ殿にも、是非とも協力いただきたい! アナタが味方になってくれれば、ヤツらを大いに挫くことができる!」
彼らが心底から聖剣院を憎み、嫌悪していると言うことは一目でわかった。
聖剣院の勢力に陰りが見え、不動と思われた権威が揺らいでいる。
そこで盛り返しが起こることを彼らは本気で恐れているのだろう。
「そこまで深刻にならなくてもいいと思うけどなー」
と思うエイジである。
何故そう思うかというと今回の人類種会議。何が聖剣院にとっての勝利条件かというと、他種族の合意を取り付けて人類種全体で魔剣を禁止すること。
しかし、彼らが説き伏せるべき各種族の代表には大変な厄介者が混じっている。
ドワーフ族を代表する聖鎚院長である。
彼はギャリコが発明した魔武具に目をつけ、大量生産しようと画策している。それが巨万の富を得ることだと確信して。
そんな聖鎚院長にとって、聖剣院の動きは儲けを潰さんとする目障りなものであるはずだ。
真っ向からの対立が起こるであろう。
人類種会議において少なくとも聖剣院に反対する主張者が一人いる。
しかも、エイジもまた何度となく手を焼かされてきた難物だ。
聖剣の権威を振りかざすことしか能のない聖剣院長が太刀打ちできるとは到底思えなかった。
しかし人間族にとっては所詮他種族。その人となりを充分に把握するのは難しかろう。
さすがにこれだけの人数集まれば何人かは勘付いていて、それほど心乱していない王者もいる。
が、そうでない者にとっては悪夢再来の際で、落ち着いてはいられない。
「落ち着いてください。落ち着いてください」
仕方なくエイジ、嫌いで苦手なスポークスマン役に回らざるをえなかった。
「会議のことは聖鎚院長に一任しましょう」
「聖鎚……、ドワーフ族の……!?」
「彼は、自分の利益に関わることなら真剣に取り組みます。聖剣院長ごときに遅れは取らないはずです。皆さんはそれを見守ってくれればいい」
どっしりかまえて。
「当然ながら、僕が今さら聖剣院に帰順することもありませんのでご心配なく。しかし僕は僕で、この街に用がある」
そのためにやりたくもない里帰りを敢行したのだから。
「だからこそ僕は会議には顔を出せません。僕と聖剣院の確執まで持ち込み、混乱を招くのは得策ではないでしょう」
「た、たしかに……!?」
エイジがもはや聖剣院の味方でないことは、既にアテナ銅像斬首事件でしっかりと示した。
エイジの帰還自体が聖剣院の追い風になるルートは封じてある。
「僕たちは折を見て神殿に入る手段を画策します。皆さんは会議に注目していてください」
「そういうことならば……!」
集結した王たちから次々安堵のため息が漏れだした。
人間族の要人をここまで治めることのできるエイジの影響力は、やはり重要なファクターだと言わざるをえない。
「ならばエイジ殿、我らと一緒に神殿へ入らぬか?」
「え?」
「人類種会議も神殿内で行われる。警備も集結した各種族の代表に集中しよう。乗り込む我らに紛れれば侵入は容易ではないか?」
なるほど、とエイジは思った。
しかし、エイジが求めるもの、エイジが探し出そうとしているものについて王の面々からは一切追及はなかった。
興味がないというわけではあるまいが、エイジ自身まだ確信も取れていないことをそっとしておいてくれるのは、エイジにとっても有り難かった。
* * *
剣都アクロポリスの中央に建造された『神殿』と呼ばれる建造物こそ、聖剣院の本拠地であった。
ただでさえ大都市である剣都の中でも抜きんでて広大な建物。そこに住まう者たちの権勢と傲慢を表しているかのようだった。
手筈通り、人類種会議開催の日こそが決行日。
傍聴席に向かう人王たちに紛れ込んだエイジたちは、知られることなく潜入成功。
適当なところで別れ内部を進む。
同行者はお決まりのギャリコ、セルン、サンニガであった。
「あー、懐かしいな。不快なことに」
エイジは厳かに並ぶ柱や大理石の床を見回し、郷愁に浸っていた。
彼ら以外の人影はない。
やはり多くの人員が人類種会議の警護なり準備なりに向けられているのだろう。
「エイジは、ここで修業をしていたのよね?」
同行者の一人ギャリコが恐る恐る言う。
無断侵入中という現在の状況に息を殺しているらしい。
「……ああ、十歳を迎える前からここで寝起きしていたな。グランゼルド殿から直々の指導を受けて、勇者になり、そしてすべてのソードスキルを会得して出ていった」
聖剣院に席を置いていたのは、ソードスキルを我がものとにするためだと常々公言していたエイジ。
そうでなければ誰がこんなところに住まうものかという嫌悪感が言外から匂い立っていた。
「兄者は、どうして聖剣院に入ったんだ?」
そこへ空気も読まず立ち入ったことを聞きにくる者がいた。
オニ族サンニガだった。
エイジの従姉妹であるという彼女は一番新参。しかも空気を読まないタチでもあるため立ち入ったことを聞いてくる。
「……最初は、ただ純粋に生きるためかな」
しかしエイジは、躊躇いなく答えた。
「何しろ十歳に満たない子どもだからね。頼る者なくたった一人で生きていくのは至難の業だった。否応なしに何かに所属するしかなかったんだ」
「「……!?」」
エイジとの付き合いがより古いセルンやギャリコは、意外なほど簡単に答えるエイジに戸惑いを覚えた。
心底嫌いながらも、やはり故郷と呼べる場所に舞い戻ってきたエイジは、何らかの影響を受けているのかもしれない。
「それが途中から変わった。ここで生きていくうちに、ここでなら必要なものが得られるとわかったからだ」
「必要なもの?」
「力だ」
それはいつかの話に合致する。
「ここで学べば、ソードスキルという力を獲得できるとわかった。だから必死で修業し、実戦で試し、ソードスキルを我が物にした。すべてを会得したら用がないんで、出ていった」
ソードスキルという力を得たエイジが次に求めたのは、その力を存分に振るうための武器だった。
そのために人類種一の鍛冶技術者ドワーフを訪ね、そしてギャリコと出会った。
そこから旅が始まり、そして完成した魔剣が今エイジの腰に下がっている。
多くの道を乗り越えてきた証が形となってそこにある。
「力を手に入れ、それを十二分に発揮するための道具も得た。次に必要なものは……」
それらを叩きつけて打ち砕くべき敵。
敵を求め、エイジは聖剣院の最奥へと下ってく。





