240 独尊独白
エイジ帰還の報は、当然のこと聖剣院中枢にも届いていた。
当然のこと興奮に沸き返った。
彼らにとってエイジこそ救世主である。
覇聖剣に選ばれた新世代。
新しい時代を作りだす旗手として、必ずや聖剣院の味方となり、聖剣院に仇なす邪悪を一つ残らず打ち砕いてくれるだろう。
自分勝手としか言いようがない都合のいい推測だが、彼らは本気で信じ込んでいた。そのように。
特に聖剣院長。
聖剣院の現体制を取りまとめる長は。
彼は代々、聖剣院の要職に就く家系に生まれたエリートだった。聖剣院の上層部は随分前から世襲制になっている。限られた特定の一族によって持ち回りとなり、新参者の入る余地などまったくなかった。
彼自身、今の聖剣院長の地位に就いた理由は、飛びぬけた能力があったとか誰もが認める人徳を備えているとかではまったくない。
先祖が代々死守してきた利権と、それを運営する悪知恵の上に、彼の栄華は成り立っていた。
しかし彼は不幸だった。
彼の親、祖父、祖先各々が死ぬまで堪能してきた栄華の礎が、なんと彼の代で崩れ去ろうとしているのだから。
最初は、小さな綻びであったはずだった。
リストロンド王国が、聖剣院への寄付を拒否した。
聖剣を管理すると同時に、剣神アテナを信仰する宗教機関でもある聖剣院は、人間族の各国家より寄付金を集めることで運営が成り立っている。
大国であるリストロンドからの資金がストップするのは大問題であった。
しかし聖剣院長は、それほど深刻に考えていなかった。
たしかに彼の国を怒らせる失策を重ねたが、しかし最終的に誰であろうと聖剣院に服従するしかない。
人間族においてモンスターを倒す手段は聖剣しかないのだから。
再びモンスターに襲われれば聖剣院に泣きつくしかない。その事実に気づいて早々に寄付を再開させるであろう。
そう思って鷹揚にかまえていたが、寄付が復活する様子は一向になかった。
それどころかリストロンドは益々聖剣院への批判を強め、公式の場であろうと歯に衣着せず聖剣院の不正を罵った。
さらに悪いことに他国もその流れに同調した。
リストロンドの主張こそ義があり、聖剣院は態度を改めるべきだと。
あらゆる場所で批判が百出した。
リストロンドに続いて寄付を停止したり、減額を打診する国家まで出てきた。
ここまで来たらさすがの聖剣院長も楽観をやめるしかなく、事態の収拾、状況の調査に奔走せざるをえなかった。
そうして間者を放ったところ、恐ろしい情報を持ち帰ってきた。
なんと。
なんと信じがたいことに。
絶対にありえないことで、剣神アテナの威光を侮辱するようなことであるが。
聖剣の他にモンスターを打倒する手段が現れたという。
魔剣という。
しかもその魔剣は、リストロンドの精鋭たちに百単位で握られているという。
やっとリストロンドの強気の理由に気づけた聖剣院長だった。
彼の国は、もはや聖剣院の助力を必要としないのだ。
たとえモンスターが現れても、魔剣があれば独力で対処可能なのだ。
それまでは聖剣でなければモンスターを倒せないために、人間族の各国はどうであろうと最終的には聖剣院に屈するしかなかった。
それが世界の摂理というべきものだった。
絶対の摂理が魔剣によって覆ったのである。
それまでは、たとえ最弱の兵士級であろうと聖剣なくば敵わず、勇者の出撃を乞うしかなかった。
しかし魔剣が現れたことで、多少のモンスターなら各国の独力で対処できるようになってしまったのである。
聖剣も勇者もお払い箱。
誰が必要ないものに多額を寄付し、歓心を買おうとするだろうか。
現在のところ魔剣を保有しているのはリストロンド一国のみだが、数が百とあるため、たった五振りしかない聖剣とは既に圧倒的な差を開けられている。
彼の国は自国内だけでなく、要請もあれば他国までモンスター討伐に馳せ参じ、もはや英雄扱いなのだとか。
そしてそれに伴い、聖剣院の評価は加速度的に下落していく。
本来モンスターを打ち砕くべき聖剣を保有しておきながら、動き鈍く不甲斐ない。
そんな聖剣院など存在する意味があるのか。
そんな恐れ知らずの意見が、今やリストロンド以外の各方面からも飛び交っている。
これまで聖剣の希少性を鼻にかけ、傍若無人に振る舞ってきたツケがすぐさま回ってきた。
元から嫌われ者だった彼らが必要性を失った時、誰が顧みてくれるというのだろうか。
聖剣院内部からも不安が噴出。
現聖剣院長は、こうした困難を招いた責任を追及され四面楚歌となっていた。
無論、手をこまねいているわけにはいかない。
聖剣院長も失った権威を取り戻さんと遅ればせながら悪あがきを始めた。
まずは元凶である魔剣を異端と認定し、速やかなる廃棄を勧告。
剣神アテナは異端者を許さぬぞと脅した。
しかし当のリストロンドは、いかに脅迫してもまったく動じることなく、魔剣を使ってモンスターを駆逐し続ける。
必死に呼びかけた。
ある時は脅し、ある時は宥めすかし、聖剣院で培った話術詐術を駆使して魔剣を捨てるように仕向けるが、まったく効果がない。
そのうちに、さらに戦慄すべき情報が舞い込んだ。
なんと他種族のドワーフが、魔剣を生産できると触れ回ってきた。
かねてからリストロンドを羨んできた他の人間族国家も、これに飛びつくに違いない。
このままではいけない。
絶対にいけない。
赤の勇者スラーシャを派遣してドワーフを黙らせようとしたが、成果はなかった。
逆に赤の勇者は派遣先で深手を負い、いまだ聖剣院への帰還を果たしていない。
役立たずどもが、聖剣院長は心底そう思って憤慨した。
先だってリストロンドに派遣した白の勇者フュネスも、まだ足のケガが治らぬと自宅にこもっている。
青の勇者セルンはエイジ探索に出たまま戻ってこないし、黒の勇者モルギアは結局所在不明のままだった。
役立つ者のが一人もいない。
役立たずばかりだ。
聖剣院長は、自身の不徳を棚に上げて責任を周囲に押し付けるばかり。
しかし彼は、時流への抵抗自体は決してやめなかった。
甘い蜜が無限に湧き出る利権。それを手放すことだけは絶対にしない。
そのためにも魔剣であった。
魔剣を一振り残らずこの世から抹消し、二度と復活しないように尽力しなければ。
窮余の一策が、聖器管理者による合同会議であった。
聖剣院独力では覆そうにない状況も、人類種全体を撒きこめば覆せるかもしれない。
エルフ族の聖弓院、竜人族の聖槍院、ゴブリン族の代表、そしてドワーフ族の聖鎚院。
それらが結託すれば、必ずや世界から魔剣を締め出す大きな力となるはずだ。
他種族の聖器管理者たちとて、自分たちの蔵する聖武器を脅かす存在を快く思わないはずだ。
数百年ぶりに催される会議は、まさに聖剣院長にとって乾坤一擲の勝負。
先だって朗報も入ってきた。
なんと、聖剣院を出奔して長らく放浪していた覇勇者エイジが、ついに帰還したというのだ。
老いて融通が利かなくなった先代グランゼルドと違い、若いエイジなら柔軟に上司の指示を理解し、働いてくれるに違いない。
魔剣を使う背徳者を皆殺しにし、魔剣自体も一振り残らずへし折ってしまうことであろう。
「ワシにも運が向いてきた……! 最後に勝つのはワシだ……!!」
彼は彼で、彼の勝負を始めようとしていた。





