23 信じるために
「何を言い出すんだセルン……!?」
差し出された青の聖剣に、エイジは困惑した。
ハルコーンは、角の完全接合のためにまだ稲妻の嵐の中に引きこもっている。
「ハルコーン……。あの最悪に対抗する手段は、これしかないと思われます」
覇王級という、モンスターの中でも最強へ対するには、人類種側も最上級の戦士に最上級の武器がいる。
「今いる中でもっとも強い戦士は、間違いなくエイジ様です。覇勇者たるアナタのソードスキルなら、最強モンスター相手にもまったく引けを取りません」
問題は、ソードマスターの扱う武器。
「最下級モンスターを素材にしたナイフでは、どう考えてもハルコーンを倒すには至りません。この場においてもっとも強い武器は、この青の聖剣。ならばエイジ様がこの剣を握り、ハルコーンに立ち向かうべきです!!」
それがハルコーンを倒せる、もっとも可能性の高い組み合わせ。
「本来ならばエイジ様が真に手にすべきは聖剣の中の聖剣、覇聖剣でしょう。覇聖剣さえがあれば完璧でしょうが、今この場にあるのは青の聖剣のみ!」
エイジも、覇勇者の資格を得る以前は勇者だった時期があった。
人間族テリトリーの四方を守るために神から与えられた赤青白黒の四聖剣。そのうち青の聖剣をエイジは所持し戦った。
その後エイジがすべてのソードスキルを極め、覇聖剣を手にする資格を得ると同時に青の聖剣の所有権を返上し、その刃はセルンへと引き継がれた。
今再び、エイジが青の聖剣を持って戦うのか。
「それはダメだ」
エイジは青の聖剣を、握るセルンの手ごと押し返した。
「この聖剣を振るうべきはキミだセルン。僕は既に聖剣院と袂を分かった。その僕が危なくなったからと言って聖剣に頼るのは条理に悖る」
「しかし! あの脅威を駆逐するには……!」
「僕は信じたいんだ」
既に刃が欠け、ボロボロになったナイフをエイジは見下ろす。
「聖剣院から離れて、正しいことをできる道を探してきた。魔剣は初めて掴んだ明確な答えだ。それが本物であると僕は信じたい」
「エイジ様……!」
「それからもう一つ……!」
信じなければいけなかったものがある。
「すまないセルン」
「えッ!?」
「キミがこの陰謀に関わっていないことは、キミの慌てようを見ればすぐわかることだったのにな。キミが隠し事をできない性分だってことは、僕が一番知っていたのに」
セルンが勇者見習いの頃から指導して、面倒を見てきたエイジが。
「自分を信じてもらうために、血の滲む努力までして手にした聖剣を明け渡そうとする。キミにそんな真似をさせてしまった自分が恥ずかしい」
アントナイフを握るエイジの手に力がこもる。
ガタガタに刃の欠けた刀身に、それでも折れない芯が宿る。
「だからこそ僕は、この魔剣でハルコーンに勝つ。あらゆる信を裏切らないために」
吹き荒ぶ雷光の嵐がやみ始めた。
現れる、凶猛なる一角獣。
「お前も準備時間は終わりか?」
繋がった角はじっくりと馴染み、必殺の妖刀は完全復活する。
ハルコーンの赤く光る瞳は、しっかりとエイジだけを捉えていた。
獣もまた気づいた。目の前にいる若い人間族が、かつて自分に屈辱を与えた仇敵と同類であることを。
同じ強さを備えていることを。
一角獣にとって最強の武器であり、最高の誇りである角。
それをへし折った老戦士への憎しみを覚えるに、覇王級の上位モンスターは充分な知性を備えていた。
その知性から生まれる憎悪が、若き覇人へと向けられる。
エイジを殺すことで、かつて味わった屈辱を晴らせると確信できる。
一騎打ちは、もはや誰にも止められない。
「……『威の呼吸』」
音を越えてぶつかり合う両者。
もはや目にも留まらず、激突音だけが遅れて白熱の攻防を実況する。
* * *
「無茶だ……! 無茶ですエイジ様……!!」
その戦いに、セルンは立ち尽くすしかなかった。
聖剣に選ばれた勇者である彼女。しかし勇者にもたどり着けない限界がある。
人と魔の覇者同士で行われる激闘がまさにそれだった。
しかし剣の覇者には、それを支える覇者の武器がない。
このままでは追い詰められるのは必定だった。
「ねえッ!!」
ガバリと肩を掴まれるセルン。
ビックリして振り向くと、そこにはギャリコの鬼気迫る顔があった。
「ボサッとしてないで! 手伝ってほしいことがあるって言ってるでしょう!?」
エイジと再会した時から、彼の傍にいて離れなかったドワーフの女性。
一体何をしだすというのか。
「アイアントを倒してほしいの!」
「!? 何を言っているのです!? そんなことしている場合ですか!?」
たしかに今彼女たちの周囲には何十という巨大アリが支離滅裂に駆け回っている。
普通ならば絶体絶命を思わせる状況だが、既にクィーンアイアントが死滅した以上、残ったアリは無害でかつ無意味だった。
「アイアントは、群れの長であるクィーンアイアントと生き死にを共にします。クィーンアイアントの死と共に、ヤツらはすべての判断力を失うのです。戦うことも、襲うことも、食べることすら、女王が死んだ今、何もできない。いまや無害な連中なのです!」
ただ狂って走り回るだけ。
もし狂奔するアイアントを危険だと思って倒せと言うなら、それはとんでもなく場違いな素人意見だった。
「違うわよ! エイジを助けるために言ってるの!!」
ギャリコの口吻から熱が伝わる。
「エイジのさっきの言葉……。信頼が伝わったのはアナタだけじゃない!」
「!?」
「アタシにも伝わってきた。エイジは、アタシの作った魔剣を、命を懸けて信じてくれた!!」
『聖剣を超える剣を作りたい』というのはエイジの目標だが、同時にギャリコの職人気質を基礎のする無垢な夢でもあった。
その夢の足掛かりである魔剣に、エイジは自分の命を預けてくれた。
他者に認めてもらい、肯定してもらうこと自体、職人にとっては至上の喜びであるのに、それをしてくれた相手はかつてギャリコに剣の美しさを見せつけてくれた恩人。
この世界でもっとも強い剣の人だった。
「あんな凄い人から信じてもらえて、このピンチを黙って耐え忍ぶなんてありますか! エイジが魔剣で勝ち抜くと決めたんなら、アタシだって魔剣でエイジを助け抜く!!」
「え? え?」
「だからアナタに手伝ってほしいの! とにかく周りでワヤワヤしているアイアントを片っ端から叩っ斬って! アナタの聖剣なら簡単なんでしょう!?」
男が矢面にて一騎打ちする後方。
女たちの戦いが始まった。
人を信じ、魔の刃で戦い抜く。
神の意図を除いた戦いが。





