236 剣の都
お待たせしました。
連載再会となります。また隔日ペースで更新させていただきますので、よろしくお願いいたします。
エイジたちは到達した。
人間族が誇る聖剣院の総本山、剣都アクロポリスへ。
「戻ってきたなー」
エイジにとっては数年ぶりの里帰りとなる。
聖剣院は、剣神アテナが与えし四の聖剣と唯一無二の覇聖剣を管理する組織。
モンスターに対抗できる手段として欠かせない聖剣は、人族にとって最高の宝。
その宝を管理運営する聖剣院は、人間族の中でも並ぶ者なき権勢を振るい続けていた。
その本拠たる剣都アクロポリスも、その権勢を見せつけるかのように荘厳な造りをしていた。
「なんて大きい……、壮大な都市……!?」
アクロポリスには初めて訪れるギャリコ。
圧倒されていた。
「街を取り囲む城壁が、あんなに高くて分厚くて……! しかも張り巡らされている範囲がとてつもなく広い……!?」
想像すれば戦慄するであろう。
そんな広大な城壁の中に抱かれる、都市の規模を。
「あんなのを建築できるって、ドワーフぐらいしかいないと思ってたけど、人間族もやるものねえ……!?」
「いや、あれはドワーフが造ったんじゃぞ」
「ええッ!?」
同行の聖鎚院長に指摘され、ギャリコ驚く。
「聖剣院からの依頼を受けて、ドワーフの石工が数百人、さらに人間族の人足を数千人動員して築き上げたんじゃ。お前どころか、まだワシすら生まれていないずっと昔の話じゃが……」
それでも、「あの時は儲けさせてもらったそうじゃのう……」と聖鎚院長は嫌らしい顔つきをした。
ドワーフの聖器、聖鎚を管理するだけでなく、工芸建築を得意とするドワーフ仕事を統括するのも聖鎚院の仕事であった。
「聖剣院は、聖剣で人々を守ってやる見返りと称して多額の寄付を募り……、いや徴収して、巨万の富を懐に収めている。あの巨大城壁もそうした財力によって築かれたものだ」
「人間族の出血によって築かれた壁なのですね……!」
そう語り合うのは、当の人間族であるエイジとセルン。
新旧の勇者としてまさに聖剣院の中核にいた二人は、その事実を受け止め沈痛な面持ちとなるのであった。
人間族の元勇者エイジ。
さらに現役の勇者セルン。ドワーフ族の鍛冶師ギャリコ。
そしてサンニガ。
これが現在のエイジ一行の顔触れである。
同行という形でドワーフの聖鎚院長が加わり、一行は聖剣院の本拠地まで到達していた。
「……さて目的地まで来たところで、次のフェイズに移行だな」
もちろんアクロポリスにたどり着くだけがエイジの目的ではない。
ここで果たすべき作業がある。
「だから戻ってきたくもない古巣までノコノコやってきたわけだが……」
エイジたちが旅を続けることで見えてきた、この世界の元凶。それを取り除く方法。
この世界に跋扈するモンスターを発生させているのは他ならぬ、人類種を生み出した神々だった。
黒幕の神までいる。
それこそ人間族の祖神、剣を司る神アテナだという。
エイジたちはその真偽をたしかめ、真実ならばアテナを打倒し災厄を止めるべく剣都アクロポリスまで来た。
聖剣を管理する聖剣院は、その聖剣を生み出した剣神アテナを崇めている。
その聖剣院が所蔵する文献なりを漁れば、一般には知られていないアテナ神の秘密を引き出せると考えた。
もっとも、全員が全員同じ目的で道行を共にしたわけではない。
「……では、お前らとはここでお別れじゃのう」
そう言ったのはドワーフの聖鎚院長だった。
多くのお供が彼に付き従っている。ドワーフの権威を精一杯主張するように。
「ああ、アンタもこれから大変だな」
ドワーフ族である彼らが人間族の剣都を訪れた理由。
それは世にも珍しい全人類種の聖器管理者が一斉に集う話し合いに参加するためだった。
聖剣院が主催して呼びかけた。
別に定例で行われるわけではなく、必要と判断された時のみ行われるという。
前の会合が行われたのも数十年、下手をすれば数百年の期間を経て開催される。
それがために聖鎚院長も、わざわざ異族の土地までやってきたのであった。
「そんな何百年に一度なものを開催して、聖剣院は何を狙っているんだろう?」
「お前だって察しはついておるのであろう? 下手くそな惚け方をするでない」
まったく指摘の通りだったのでエイジは舌を出した。
「そっちはそっちでアンタを頼りにしたいんだが、いいだろうか?」
「いいぞ。ワシにとっても儲けに関わる話で、しかも我らドワーフに内政干渉する行為じゃ。腐れ人間族なぞから好き勝手されてなるものかい」
エイジもまたその人間族であるので、『腐れ人間族』と称されては苦笑する他なかった。
しかし他種族からそう罵倒されても反論できない理由が今の人間族にはあった。
その理由のすべてが、今エイジたちの目の前にあったのだが。
「では、そういうことで」
「ではまた」
ドワーフの都から、ここまで道を共にしてきた聖鎚院長と別れる。
それぞれの目的、それぞれの戦いの場へ向かって。
先にアクロポリスへと向かう聖鎚院長の大名行列を見送り、残ったのはエイジ、ギャリコ、セルン、そしてサンニガの四人。
「それで、これからどうするんだ兄者。あの壁の向こうに入るんだろ?」
「もちろん」
尋ねてくるサンニガに、エイジは答える。
「そのためにここまでノコノコ歩いてきたんだからさ。二度と戻ってくることはないと思って清々していたのに」
「私も、本来はエイジ様を連れ戻そうとしていたのに。こんな風に戻ってくることになろうとは……!」
やはり、元々この都市を本拠にしていた人間族の二人は感慨深げだった。
「まあ、街中に入ることは大して問題じゃないでしょう。何しろエイジ様は聖剣院の英雄です。それこそ顔パスで入場できるでしょう」
「ハハハハハ、セルンのおバカさん」
エイジはセルンのおでこをツンと押す。
「そんなことしたら大騒ぎ確定でしょう? 僕が聖剣院に帰順したなんて誤解も絶対に与えたくないから、今日の里帰りはヒトに知られたくない」
「た、たしかにそうですね……!」
エイジは影のごとく古巣に忍び入り、人知れず去ることを望んでいた。
それゆえに剣都の中に入るのは、誰にも見咎められたくない。
覇勇者として、凱旋のごとく帰還するなどもっての外だった。
「じゃあ、あの城壁をどうやって潜るかが、まず最初の問題となりますが……?」
「そうよね。どうせ門番がいるんでしょうから、見咎められずに行くにはどうしたら? まさか城壁を飛び越えていくわけにもいかないし……」
剣都アクロポリスをグルリと囲む城壁は、モンスターを警戒してのものだが、同時に人の出入りも制限して何とも言えない息苦しさを印象づける。
城壁には各所に城門が設けられて、そこからしか出入りできないようになっており、そして城門には門番がいて通過者をチェックしている。
「何かに紛れていくのが一番無難だろうな」
「何かに紛れて?」
「人を隠すには人の中ってヤツだ。何か大きな集団が一度に雪崩れ込めば一人ずついちいちチェックしたりはしないだろう」
エイジの案には一理あったが、ならばその紛れていく一団が何処にあるのか。
「たとえばさあ、さっきの聖鎚院長の一団なんかピッタリなんじゃない? ドワーフ側の権勢を見せつけるために不必要なまでにお供をゾロソロ引き連れてさあ」
その聖鎚院長の一団にくっついていけば、有名人のエイジでも密かに潜入するのは容易かろう。
「その聖鎚院長たち、先に行っちゃいましたよ」
「ん?」
たしかにそうであった。
聖鎚院長たちはどんどん剣都の城門へと接近して……。
「待って! 待って! もう少しだけ一緒にいさせて! 街の中に入るまで!! お願いだからー!」
慌てて聖鎚院長の一団を追うエイジたちであった。





