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232 名士としての覇者

「僕の意見ですか……」

「応よ、そのために居合わせてんだろうが。何も言わずに締めちゃあ、グランゼルドの旦那に近づけねえだろうが」


 およそ無茶な物言いであった。

 この流れからすれば、エルフ族が土地を明け渡す結論にしかならないだろうに。


「……そうだなあ」


 エイジは少し考え込んでから言った。


「この土地は、特徴的にはどうなんです?」

「ん?」


 唐突な質問に、即答できるほどの度量の持ち主はディンゴしかいなかった。


「いい土地だぜ。以前からウチの種族が農地として使っていたぐらいだからな」

「それ以外には?」

「ん?」

「人類種が土地を選ぶ時、何より気にすることがある。それは……」


 天を見上げた。

 快晴の、雲一つない青空に、日光を遮る影が小さく一点あった。


 その影はほとんど染みのような一点であったが、段々と大きくなる。地表へと接近していく。

 そして正体がわかるほど接近した時、敵対する二陣営が同じ質の声を上げた。


「モンスターだああああああッ!?」

「鳥型のモンスター!?」

「逃げろ! 逃げろおおおおッ!?」

「食われるううううッ!?」


 エルフたちもゴブリンたちも大潰走。


 土地への執着はどこへやらで蜘蛛の子を散らしたように逃げる。


「キョウゲンボウ……。兵士級だな」


 エイジが見上げながら冷静に観察する。


「上空から急降下、地表の獲物を一息にて狩り取ることを得意とする鳥型モンスターだ。降下スピードは、いつぞや戦ったレイニーレイザーより速いぞ」

「まさか……! この瞬間でモンスターが襲ってくるなんて……!?」

「そこまで意外でもない」

「えッ!?」


 農耕用となるほど開けた平地にはモンスターの出現率が高い。


 平地はそれ自体利用価値が高く、人も集まりやすいためそれを狙うモンスターも引き寄せられるのだ。


「ここまでタイミングよく出てくるのは驚いたが……! レシュティア」

「は、はいッ!?」


 エルフの勇者レシュティアは、他種族とはいえ敬愛するエイジの指示には従順だった。


「ああいう空から襲ってくるモンスターこそ、キミらのアロースキルの光りどころだ。アイツらはレイニーレイザーほど上空には上がらない。充分射程距離のはずだ」

「仰る通りです!」


 レシュティアは青の聖弓を出現させると、即座に上空へ向けて狙いを定める。


「アロースキル『正鵠之射』!!」


 命中率を格段に高めるアロースキルは、放たれた矢に宿って空を駆けのぼり、見事鳥型モンスターの体を射抜いた。


「ほおお、よく当たるもんだ」

「エルフの勇者なら容易いことだ」


 同じエルフ族のサラリスも得意げに言う。


「聖鎚院長も大行列の進路に選ぶぐらいだし、誰にとっても優良な土地なんだろう。こんな場所に大々的に農地を広げて大丈夫ですか?」

「と、言うと?」

「エサ目当てに群がってくるモンスターの対処で、却ってコストがかからないかということです」


 思えば、エルフ族との小競り合いの地とは言え、そんな場所にゴブリン族の覇勇者を投入しに来るのも不自然と言えば不自然。

 ゴブリン側は、この大平地の農地開墾でモンスターの襲来を警戒していたということか。


「だから手を引け、と?」

「少なくともエルフによる入植なら、木々に覆われる分地形の複雑さが増し、大規模なモンスター災害も避けられるでしょう。別に全部とは言わない。半分程度でも森にして、見晴らしを悪くしてみてはどうです」


 ディンゴは腕を組んだまま沈思黙考。


 これが彼の満足いく答えなのか。

 少なくとも交渉の流れから、彼が負けるだけでなく大きく勝ちすぎるのも忌避している姿勢が窺える。


 完勝では却って遺恨を残すという考えだろう。


 やがて、観念するような笑いをクククと漏らした。


「いいだろう。この土地の森側半分をエルフの好きにするがいい。もう半分は畑にさせてもらうぜ」

「おお……!」

「その代わり、開墾入植中のモンスター警備にはエルフ側も出張ってもらうぜ。モンスターは人類種全体の敵だ。分け隔てなく頼む」


 視線は、エルフ側の赤の勇者に注がれた。

 性格的にも振る舞い的にも、ゴブリン側との和解に異を唱えそうなのは彼女だったから。


 ゴブリン側の代表たるディンゴは納得しているのだから、あとはエルフ側の同意さえあれば約束は結ばれる。


「サラリス様……!」


 レシュティアも、もうこれ以上の好条件を引き出すのは無理だと視線で訴える。

 やがて「ちっ」と諦めのこもった舌打ちが聞こえた。


「よかろう。それで手を打ってやる」


 話がまとまった。

 エルフ、ゴブリン、どちらに過度な負担もなく土地を分け合うことができた。


「エイジよ、お前にしては上出来じゃねえか」


 ディンゴが言う。


「オレッちも、これ以上エルフとは険悪になりたくないと考えている。負けたくはねえのは当然だが、かといってコテンパンにしたくもねえ。テメエの采配は、いい塩梅だったぜ」

「いやあ……」

「だからこそシメが肝心だよなあ?」


 意味ありげな発言。

 ディンゴは上を向いた。


 つられて全員も空を見た。


「…………!」

「おいおいおいおい……!」


 空に無数の影が浮かんでいた。

 凶悪な鳥の影。


「あれ全部、キョウゲンボウなの?」

「兵士級は群れで行動することが多いからな。あれがエルフゴブリン両陣営に襲い掛かったらとんでもないことだぞ」


 壊滅は免れない。


「さあ、幸か不幸かこれだけの勇者が一堂に会しているんだ。ここは協力してモンスターを大掃除しようじゃねえか」

「マジかよ……!」


 エイジが魔剣キリムスビの柄に手を掛けた。


 二人のエルフ勇者から、赤と青に輝く聖弓が現れた。

 セルンも青の聖剣を握る。


 そして……、ゴブリンの古強者から立ち上る黄金色の聖気。


 現れる覇聖斧。

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