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231 どちらが正しい

 しばらくのインターバルのあと、再びエルフ族とゴブリン族の代表者が集い、交渉が行われる。


 当事者のみでは絶対に開かれない会合の場。

 それほどにエルフ族とゴブリン族の対立は深い。


「えー、このたびは僕の顔を立ててくださってありがとうございます」


 エイジが司会進行を務める。

 会合の場は、相変わらずエルフゴブリンの両陣営が睨みあう中央部で、どちらに寄ってもそのまま均衡が崩れ、乱戦へと傾いていきそうな危うさがある。


「あくまで戦闘を避けて、全員が納得することを目指すための話し合いです。そのことを忘れずに、落ち着いて話し合っていきましょう」

「話すことなどない」


 斬り裂くように言い切るのは、エルフ族の女性。


「ゴブリン族はさっさとこの地から去れ。ここはエルフ族の聖地。美しい緑の森で覆われるべき場所なのだ」


 レシュティアと並んで立つ妙齢の女エルフは、切れ長の目の貴金属めいた魅力が特徴。

 さらにその視線は、ゴブリンへの敵意からか益々鋭さを増していた。


「えーと、この方は……?」

「エルフ族の勇者サラリスさんですわ。わたくし同様、聖弓院の指示で派遣されてきました。赤の聖弓を使う御方ですわ」


 レシュティアの紹介で判明する、エルフ族の赤の勇者。


「エルフ側は、勇者を二人も投入してきたのか……」

「覇勇者一人に対してなら釣り合いも取れるんじゃねえのかい?」


 ゴブリン側は、相変わらず覇勇者のディンゴ一人。

 しかし、柱石のごとくズッシリかまえるディンゴの前に、美しいエルフ族の勇者たちは悲しくも小娘にしか見えない。


「ゴブリン族はとっとと出て行け! 邪悪な種族め! 貴様らに好きにさせる大地は一片たりともない!!」

「サラネス様! まずは落ち着いて……!」


 同僚のレシュティアが止めるも、エルフ族の赤勇者は興奮冷めやらぬ。


「典型的なお高く留まったエルフだな。オレらゴブリンは邪悪と来たか」

「邪悪ではないか! 木々を殺し、草を殺し、大地を殺す! 貴様らのしていることは大量虐殺だ! エルフ族としておぞましさに耐えかねる!」

「開拓作業のことを言っているなら、切り拓いた土地には作物を植え、新しい命を育んでいる。切り倒した期は材木として再利用し、雑草の類も食える種類はしっかり調理し、食えないものも燃やして灰にしたあと肥料として再利用している」


 命の無駄遣いなどけしてしていないという主張であった。


「愚かな、貴様らの言う畑など、人の手で作り上げた自然の紛い物ではないか! 自分たちの役に立つ植物だけを育て、役に立たないものは殺し尽す。なんとおぞましい。人が自然を管理しようなど、これほど傲慢な行為があるか!」


 エルフ族の赤の勇者は、自分自身の語り口にますます興奮し口調を荒げる。


「エルフは、大いなる自然を守る種族! ゴブリンの非道、見過ごしてなるものか! 我々は、愚かなゴブリンを皆殺しにしてでも、聖なる森を守り通す!」

「立派な口ぶりだな」


 ディンゴは逆に、口振りが感情で揺れることはまったくなかった。

 それだけに動かしようのない重圧が伝わってくる。


「エルフが善で、ゴブリンは悪ってわけか。アンタらエルフさんはいつもそうだな。それしかオレらを排除する根拠を持たない」

「その通りじゃの。ヒッヒヒヒヒヒヒ!」


 横から割り込むいやらしい声は、聞き覚えのあるもの。

 ドワーフ族の聖鎚院長だった。

 ともに聖剣院本部を目指して同行中の。


「なんでアンタまで……?」

「隊列が止まっておるから何事かと思ったら、こんな面白いことをやっておるとはの。こういう時こそワシを呼ばんかい。この人類種指折りの交渉術を呼ぶ、このワシを!」


 むしろ話をややこしくしそうで絶対呼びたくなかったエイジだった。


 聖鎚院長は、あらゆる意味で存在が利益最追及の商売人である。

 そんな彼がそのイズムを持ち込み、様々な要素の繊細に絡むこの会合を無茶苦茶にしないかと……。


「……お前が今日の調停役か?」

「まあそんなところよ! ドワーフ族を牛耳るこのワシのトーク力で、見事この場を治めて見せよう!」


 いつの間にか取り残された感のあるエイジだった。


「まずエルフよ。お前らの主張は、いささか根拠が薄いのう」

「何ッ!?」


 いきなり公平性を欠く指摘。


「正しいとか、正しくないとか、交渉事ではどうでもいい要素よ。問題は、どうすれば互いにもっとも利があるか、じゃ!」


 聖鎚院長は得意げに語る。


「その点、ゴブリンどもの農作物は、当人どもの利だけに収まらぬ。ヤツらが作る野菜、開拓によって出る木材。それらは人間族どもの商業ルートに乗って地上全土も回る。我らドワーフも、ゴブリンどもの農作物に台所を支えられとる」

「人間族だって、商業ルートに乗せる大事な商品の供給が滞れば、経済的ダメージだろうよ」

「なので、ゴブリンどもの農作物生産量が落ちるのは、ゴブリンだけでなく多くの種族が困る! その根源はゴブリンどもの管理する農地! ということでその農地をゴブリンどもに明け渡さんかい!!」


 聖鎚院長の主張は、十割ゴブリンに肩入れしたものだった。


「バカな! 貴様調停役だろう! その調停役が一方に味方するなど不公平だ!」

「ワシは可能な限りみんなが幸せになれる道を選び取っただけじゃ。この地がゴブリン族の農地となれば、ゴブリンはもちろん、人間族もハッピー。我らドワーフ族もハッピー。お前らエルフが我慢するだけで八方丸く収まるんじゃ!」

「そんなバカな!? エルフの味方は一人もいないというのか!?」


 これには急先鋒のサラネアだけでなく、後ろに控えるレシュティアもショックを受けていた。


「日頃の行いってヤツよ」


 ディンゴが、冷徹に言った。


「テメエらエルフ族は、何かって言うと他種族を見下したがる。自分たちは美しい、清らかだと言って、自分ら以外はその逆だと蔑む」


 醜く、汚らわしく、自然を敬わないと言って。

 エルフ族は他種族のことを異種族と変わった呼び方をするが、そこにも僅かながらの蔑みの心がこもっていた。


「そう言われて、皆が心穏やかでいられると思うか? 溜まったツケは一番困った時に回ってくるもんよ。誰も味方してくれねえ」

「エルフは種族単位で孤立しておるからのう。持ちつ持たれつの結束に抗いようがないわ!」


 もはや聖鎚院長は公正をまったく欠いていた。


「おのれ異種族どもめ……! ならば力づくでも……!」

「やめときな。負けるのは確実にエルフ族だぜ」


 ディンゴがなおも言い突く。


「さっきも言ったがよ、エルフは長命な分、繁殖力がない。小さい単位で長く生きるんだ。だからこそ森の与える気まぐれな恵みだけで細々と生きていける。他種族と関わらずとも独立して生きていける」


 それが種として弱点にもなりえる。


「いざ種族間での戦争になれば、絶対数の少なさは致命的だ。特にオレらゴブリン族のように短い繁殖サイクルでガンガン数を増やしていく種族にはな」


 ディンゴは一度首を回し、周囲を見回す。

 自分たちを取り囲んでいるエルフ、ゴブリンの両陣営を。


「ここに動員してるエルフ族。全体の何分の一だい? 十分の一か?」

「うッ?」

「ウチらゴブリン族の方は、ざっと二千分の一ってところだぜ。総力戦になったら確実にお前らの負けだ」


 美しく貴重なエルフと、雑草のごとく旺盛なゴブリン族の種の差。


「それなのに、こうして話し合いで解決しようとしているところにオレッちの誠意を感じてほしいんだ。血は流したくないんだよ。どんな種族の血であろうとも」

「…………」


 勝負あったな、とエイジは見守りながら思った。

 エルフ側は種族の枠から踏み出せない善悪感以外でしか語れないのに対し、ディンゴは利害、人類種全体に対する貢献、果てには実力行使となった場合の彼我の戦力差をしっかりした根拠をもって語り、最後に情をもって相手に譲歩を促した。


「役者が違うな」


 やはり覇勇者相手では、勇者ごときが何人束になっても敵わない。

 論戦においても。


 覇勇者に至るために数多く潜った修羅場が、精神面でも彼を鍛え上げたのだ。


「オイコラ、エイジィ!!」

「はいッ!?」


 いきなり呼ばれて、エイジビクつく。


「いつまで黙ってボサッと突っ立ってるんだ!? 調停役だろ!? 何か口出ししたらどうだ!?」

「口出しですか!?」

「このままじゃ、エルフさんどもは丸損で収まっちまうだろうが! 旦那の真似してえってんなら、ここでテメエ舌先三寸でトントンまで引き戻しやがれ!!」


 無茶なことを言うディンゴ。

 このままならすべて自分たちの主張通りに収まるというのに、そうさせようとしない彼の意図とは。

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