229 対立
「あー、レシュティアさん、レシュティアさん」
エイジが、こめかみを抑えながら言う。
「言わなくていい、言わなくていい。大体わかっている」
「いいえ! エイジ様はご承知でもセルンさんやギャリコさんはまだ事情をご存じない様子! エイジ様に説明の労を取らせるわけにはまいりませんんわ! 不肖、このわたくしが舌を振るわせていただきます!」
と鼻息荒い。
「……何このテンション? レシュティアさんにしては珍しい」
「ゴブリンが関わる時のエルフ族共通テンションだよ」
そのままのテンションで、レシュティアは語り出すのだった。
「ゴブリンは、わたくしたちの森を荒らす邪悪な種族なのですわ!」
「ほう」
「森に入り、木を切り倒し、草を根こそぎ掘り返して、大地からすべての生命を消し去ってしまうのですわ! なんて非情! 何て罪深きことなのでしょう! わたくしたちはヤツらを絶対に許しません!!」
されにレシュティアが語るには、時おりゴブリンはエルフ族が縄張りとしている森にも入り込み、勝手に木を切り倒してしまうのだという。
そうなったら戦争だ。
どちらかが逃げ出すまで、土地の奪い合いが続く。
「……ここも、そうだと?」
「はいです! この土地はわたくしたちエルフが入植し、やっと木々も定着していたというのに! ゴブリンどもが襲ってきて滅茶苦茶にしてしまったのです!」
「それで戦争?」
「そうです! エイジ様セルンさん! どうか協力してゴブリンたちを追い払ってくださいませ!」
レシュティアからの力のこもった懇願。
これまでも何度か協力し、モンスターを倒してきた彼女だけに、助けられることがあれば迷わず助けるべきだろう。
そこでエイジは……。
「No」
即答で拒否した。
「モンスターとの戦いなら快諾できるけど、人類種同士の諍いに他種族まで関わったら面倒になるのは必至でしょう? 人間族のはしくれとしてケンカに混ざるということはできないよ」
端くれどころか、本人がどんなに認めまいとしてもエイジは、もっとも有名な人間族で、人間族を代表する存在と言っていい。
そのエイジがエルフと協力してゴブリン族と敵対すれば明確な外交問題となり、行動に踏み出すには覚悟がいる。
「うう……、そうですね。エイジ様に甘えすぎた発言でした。お許しください」
「逆に、調停役なら引き受けてもいいけど」
「えッ?」
思わぬ申し出だったのか、レシュティアが顔を上げる。
「エルフ族とゴブリン族の諍いは歴史が長くて有名だ。僕だって多少のことは聞きかじっている。争いの事情が、今キミが言ったエルフ側の主張だけではないってことも」
「どういうことなのエイジ?」
レシュティアは、特に何も言わず口をモゴモゴさせるだけだった。
今度はエイジが語る番となる。
「元々ゴブリンというのはね、農耕を生業とする種族なんだ」
「農耕?」
「食べ物を作りだす仕事だ。土を耕し、種を蒔き、水をやって雑草を抜き、虫を追い払い、苦労して育てて実った作物を収穫する。そうやって生きている種族だ」
「えー?」
「レシュティアが今言った、木々を切り倒し草を引き抜くというのは開墾作業だろう。新しい畑を作り出そうとしているんだ」
農地を広げ、生産量を増やす。
ゴブリン族は、自分たちの食べる分だけでなく人間族の商人と提携し、多くの他種族に農作物を出荷している。
「ここ最近収穫期だったけど、それが終わって早速開墾作業に入ったってところかな?」
開墾作業は常態的に行われる彼らのライフワークなのだった。
「そのおかげでエルフ族とは終始揉めている。エルフ族は『自然と共に生きる』ことを真理にしていて、森は彼らの聖域だから。その森を切り拓き畑に変えてしまうゴブリン族とは不倶戴天の敵同士だ」
今日のようなイザコザは毎年のように起きていて、一触即発が恒例となっている。
どちらにも言い分があるため、安易な取り決めはできない。
そこで大抵の場合、エルフ族でもゴブリン族でもない第三者的他種族の実力者が介入に出張るのだ。
「一番多く駆り出されるのが、我らがグランゼルド殿」
「えッ!?」
唐突に出てきたその名に、セルンが反応する。
「あの人歴代ゴブリン族の覇勇者と親交が深いからね。人間族全体としても、ゴブリンが収穫する農作物はドワーフの鍛冶製品と並んで大事な商品だから放置するわけにもいかないんだ」
しかし周囲を見渡すに、今回グランゼルドはまだ調停に訪れていないらしい。
「そこで不肖この僕が、エルフ、ゴブリン両種族の意見を取りまとめる調停役を買って出よう。戦いには加われないが、平和の使者としてなら骨折りは一切惜しまないよ、僕は」
どちらにしろ、このまま自然の成り行きに任せていては必ずどちらかが暴発し、血を見る結果となるだろう。
ただでさえモンスター害で混迷しているこの世界。人類種同士での諍いなどあまりにも愚かである。
「で、ですが……、エイジ様はゴブリン族に何らかのパイプがおありで?」
レシュティアの声に悔し紛れの色が窺えた。
「失礼ながら……。現覇勇者のグランゼルドさんにならエルフ、ゴブリンの両方に顔が効き、信頼されると思いますわ。しかし今のエイジ様は在野の御方。ゴブリン側と既知があるわけでもなく、どうやって交渉などを?」
「そう言われると立つ瀬がない」
エイジは素直に認めた。
「レシュティアの言うことはもっともだ。僕は聖剣院と縁を切り、権力などないも同じ。ゴブリン族にコネクションがあるかと言われればハッキリ『はい』とも言えない。グランゼルド殿と違ってね」
「では……」
「僕が知っているゴブリン族と言えば、たった一人だけだ」
「え?」
「その人がこの戦場に居合わせてくれれば助かるんだが……」
その時であった。
ゴブリン側の陣営から一つの影が出て、エイジたちのいる位置へと向かってくる。
ゆっくり、ゆっくり歩きながら。
それは当然のことながらゴブリン族だった。
しかし他のゴブリンと比べてまったく別物だとわかる。
発する気配が玄妙に過ぎる。
面貌に深い皺を多く刻み、年経た渋さを漆のように顔中へばりつけた壮年。
体つきはゴブリンらしく小さく細い。
他種族から倭人などと蔑まれる特徴ながら、小兵なればこその硬さと弾力を兼ね備えた古強者の体。
明らかにただ者でないゴブリンが、エイジたちの下へ歩んでくる。
「……よかった、いた」
エイジが言った。
「僕の顔見知りのゴブリンだよ。唯一のね。立場上居合わせている可能性もあると思ったが、本当にいてくれて助かった。これで交渉役を務めることができる」
「エイジ様……! あの、あのいかにも屈強そうなゴブリンは……!?」
「ゴブリン族の覇勇者、ディンゴ殿だよ」
覇聖斧をもつゴブリン族の覇勇者ディンゴ。
戦場に現る。





