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22 乱戦

 現場は、もはや想像を超える修羅場へと突入していた。

 混乱の大半は、いたるところを無秩序に駆け回る通常アイアントによるものだった。

 元々は巣を見つけるまでの仮のキャンプ地であったこの場所には数十……、下手をすれば数百のアイアントがいたが、そこへハルコーンが乱入し、群れの長であるクィーンアイアントを殺した。


 司令塔を失ったアイアントたちは、自己を律することもできなくなりただ狂って駆け回るしかできなくなった。

 目の前にいるエイジたち人間を襲うこともしないし、ハルコーンに恐怖して逃げることもできない。

 群れの中で思考のネットワークというべきものを形成するアイアントは、その中心にある女王を失えばネットワークそのものも失い、判断力自体も失う。

 右往左往するだけのアイアント数十匹がもたらすのはただ混乱。


 その中心で、最強のモンスターと最強の人間族が対峙する。

 最強でないものはただ一つ、覇勇者たる資格ある者が手にしている武器のみ。


「ブルルルル……!」


 一角獣がいなないた。

 もはや興味を失った女王アリの残骸を蹴り飛ばして、その視線はエイジを捉えるのみ。


「さすがに知能が高いな……、ここにいる中でもっとも強いヤツを即座に見抜いたか」


 後ろ足でガリガリを削る。ウマ特有の突進の予備動作だった。

 そして次の瞬間……。


「ふおっ!?」


 雷光よりも鋭い突進が、エイジを襲った。

 これが普通の人間ならば、この一突きで串刺しになっていたろう。それどころか突進に伴い発生する衝撃波や雷光で、肉片も残さず粉々になっていたかもしれない。


 しかしエイジも、間違いなく最強の人類種の一人だった。

 激突の瞬間、アントナイフの刀身でハルコーンの角を受け、巧みにいなす。

 ハルコーンは標的に傷もつけられないまま、その脇を駆け抜けていくのみだった。

 しかし……。


「今ので刃が欠けた……!?」


 数十本もの鉄の刃をものともしなかったアイアントの殻。その殻で作り出したアントナイフも、ハルコーンの前では脆く頼りなかった。

 刃毀れで済んだのは、あくまで使い手であるエイジの技量によるもの。

 エイジ以外が使い手であったら、その一合でアントナイフは原形も残さず粉々になっていただろう。

 元からハルコーンはアイアントより硬いクィーンアイアントをいともたやすくグチャグチャにしたのだから、アントナイフでは歯が立たないことは明らか。


「エイジッ!?」

「やはり覇聖剣がなくては、覇勇者と言えど覇王級モンスターに対抗できない……!?」


 ギャリコもセルンも、そこら中を駆け回るアイアントたちに揉みくちゃにされながら、必死に踏みとどまる。


「こうなったらエイジ様! 助太刀いたします! 上位モンスターに立ち向かってこそ勇者の本懐!!」


 青の聖剣を顕現させ、ハルコーンに斬りかかろうとするセルンだったが。


「来るなッ!!」


 厳しい拒絶の言葉に、セルンは硬直する。


「キミはギャリコを守れと言ったはずだ。与えられた指示を守れ」

「しかし! いくらエイジ様でも覇聖剣なしでハルコーンを倒すことは不可能です! 私にも勇者の戦いをさせてください!!」

「たしかに……、この戦いは僕にとってもかなりハードだ。……だからこそなんだ」

「!?」


 その言葉の意味を、セルンは最初飲み込めなかった。


「背中にまで気を配る余裕はないんだよ」

「ッッ!?」


 その言葉がハルコーンの角以上に鋭くセルンの胸を串刺しにした。

 セルンはエイジからの信用を失ったのだ。


 聖剣院の陰謀であること疑いない、ハルコーン襲来。


 その陰謀に、同じ聖剣院の一員であるセルンが関わっていないか。「いない」と言い切ることは誰にもできなかった。

 だからエイジは、セルンを共に戦線に立たせることは出来なかった。

 いつ背中から斬りかかってくるかわからぬ味方を持つことは、ハルコーンのような強敵を前にして致命的なハンデとなるから。


「私は……、私はエイジ様からの信頼を失った……!?」


 セルンにしてみれば心外極まりない話だった。

 彼女の与り知らぬところで進んでいた聖剣院の姦計。それをセルンまで一まとめにされて糾弾を受けるとは……。

 しかしセルンもまた聖剣院の名を背負う勇者である以上、まったく無関係とは反論できない。

 自分にとって都合が悪い時でも、組織と切り離すことができないから権限が発生する。

 セルンは、勇者。

 聖剣院に選ばれた勇者。

 その肩書きが今日ほど疎ましく思うことがないセルンだった。


「くッ!?」


 そして一方、エイジの苦境は続く。

 ハルコーンは相変わらずエイジのみを集中攻撃。最上位モンスターとしてアイアントなどより遥かに賢い一角獣は、強敵を強敵だとしっかり認識し、しかもその勝負を楽しんですらいるかのようだった。


 実力的に覇勇者の資格を取ったエイジと覇王級ハルコーンは同格。

 その戦いは互角になるのがもっとも妥当だったが一点、致命的に劣っている部分がエイジにはある。


 彼の使う剣はアントナイフ。

 兵士級モンスターのアイアントを材料に作った魔剣。通常の鉄を素材にした剣より遥かにマシとは言え、モンスターの中でも最強格の覇王級を相手にするには頼りない。


 烈風のごとく襲い来るハルコーンの突進に、絶技にていなすエイジ。だが既にアントナイフは刃毀れが重なりノコギリのようになっていた。

 このままでは遠からず刀身そのものがなくなるだろう。

 丸腰になってしまえば、エイジは一角獣の名刀のごとき角からどうやって身を守るのか。


「ジリ貧だな……!」


 着実に追い詰められている自分に、冷静な危機感を覚えるエイジ。

 それでも容赦なく、ハルコーンの突進が再び襲い悔いる。

 ところへ……。


「ソードスキル『一刀両断』!!」


 炸裂する青き剣閃が、ハルコーンの頭部に命中した。

 というよりは、寸前で攻撃に気づいたハルコーンが頭部の角で剣閃を受けたのだろう。

 その勢いに押され、馬体を大きく吹っ飛ばされる。


「セルンッ!?」


 エイジには、剣閃を放った者がすぐにわかった。

 あの青い聖気は、剣神アテナから下賜された青の聖剣が発するもの。

 そして現在、青の聖剣の所有者はセルンであるからだ。


「何をやっている!? キミは下がっていろと言っただろう!?」

「その御命令には……、従えません!」


 セルンはほとんど涙声だった。


「エイジ様から信用してもらえなくなる。これ以上の苦しみはありませんから!」


 セルン渾身の一撃を受けたハルコーンは、軽く目を回した程度だった。

 聖剣の一撃を受けた角がぐらついている。

 十数年離れ離れになっていた剣角。まだ完全に接合しきれていないのだろう。

 怪馬はいななき、それと共に周囲に凄まじい雷光が発生する。


「なんだ……!?」


 ハルコーンの周囲は激しい稲妻に包まれ、まったく近づけなくなってしまった。


「あの状態で、角が完全に接合するのを待つつもりか……」

「ならば、こちらにも余裕ができたということです。今のうちに……!」


 セルンは、いそいそとエイジの下に駆け寄る。

 そして手にした聖剣を、エイジへ向かい差し出した。


「……何のつもりだ?」

「エイジ様。この青の聖剣をお受け取りください。今こそ、この聖剣を使って戦ってください!!」

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