228 調停者
「ソードスキル『一刀両断』!!」
魔剣から放たれる斬閃は、衝撃波となって天空へと駆け上る。
一般的な剣士の放つスキルであれば、多少の高度で勢いが衰え消失するところであろうが、覇勇者と魔剣が放つそれは竜巻のごとき激しさで、上空にある矢も投石も叩き落とした。
当然誰の肌も傷つけることもない。
「な、なんだあッ!?」
「何事だあッ!?」
当然ながら、今の長大一撃は戦場に集う全兵の注目を集めることになり、戦場のど真ん中にエイジの雄姿が聳え立つ。
「エイジ……! 無茶苦茶注目受けてるけど……?」
「こうなったからには仕方ないね」
エルフ族とゴブリン族。
突如闖入してきた人間族は、双方にとって不気味な未確認者だった。
少なくとも味方とは受け入れられまい。
「何者だ!? 何が目的だ!?」
「何故人間族がここにいる!?」
「我らの戦いに首を突っ込もうというのか!?」
「汚らわしいゴブリン族の味方をするというなら、誰であろうと容赦せぬ!」
「エルフ族に加勢するつもりか!? ならばまとめて鍬の錆にしてくれる」
それぞれの陣営から、血の気の多い数名が飛び出してきた。
この場違い者の首級を上げろと言わんばかりに。
「ひえええええええッ!? なんかエライことに!?」
「セルン! ギャリコを守れ! キミは決して手を出すなよ面倒なことになるから!」
エイジは魔剣キリムスビを抜き放ったまま、正反対の方から襲い来る兇族たちに視線を配る。
「向かってきたのはそっちの方からだ。多少のケガは甘んじろよ……!」
先に攻撃が到達したのはエルフ族だった。
飛び道具を得意とするのだから当然の向きはある。
「並べ! かまえ!」
号令のもとに数名のエルフが横隊で矢をつがえる。
確実に仕留めようと連携した射を行うらしい。
「アロースキル『矢衾』!!」
数多の矢が一斉に、逃げ場のない面攻撃でエイジたちに迫る。
何処に避けても矢が当たるように放たれ、回避のしようがない。
「ソードスキル『天唾』」
それに対し、エイジは魔剣を一振りしたのみだった。
その一振りで起こる刃風は凄まじく、旋風のようにエルフ族たちに向かって流れゆく。
飛び走る矢は、その風に流され勢いを失う。それどころか気流に乗って飛ぶ方向を真逆にし、エルフ族当人たちへ襲い掛かる。
「ぎゃあああああッ!?」
手足に矢が刺さり、途端に陣形を崩すエルフたち。
「ソードスキル『天唾』は、刀身が起こす突風で飛び道具を跳ね返し、さらに撃った本人へと送り返すスキルだ。どんな戦闘スキルにも、こうした対遠距離用スキルがある」
レベルの高いものほど不用意な遠当ては行わないものだった。
「残りはこっちか……」
エイジが踵を返すと、そこには既にゴブリンの群れが駆け迫ってきた。
手に持つのは鍬や鎌、木槌に棍棒などまちまちであった。
「ウシャアアアアーーーッ!! 殺せええええッッ!!」
「オラの畑さ荒らすんでねええーーーッ!」
ゴブリンたちの凶器が届くか否かの刹那、エイジはみずから倒れ込むように身を傾げる。
その動作がそのままゴブリンたちの懐に入るものとなり、至近に踏み込まれた相手は戸惑うばかり。
そこへ……。
「ソードスキル『活け分け』」
流麗に駆け回る魔剣の斬閃に、ある一人のゴブリンの片腕が落ちた。
「うけええええーーーーーーーーッ!?」
腕を切断され、悲鳴を上げるゴブリン。
他のゴブリンたちも、突如発生した凄惨な光景に怯えすくむ。
「落ちた腕を拾え」
エイジは、魔剣キリムスビの切っ先で、地面にある腕を差し示す。
刀身には一滴の血も付いていなかった。
「片手が斬られてももう一本の腕があるだろう。拾って断面をくっ付けろ」
「え? え?」
「そのまましばらく固定すれば、ちゃんとくっつく。ソードスキル『活き分け』は綺麗に斬ることで傷口を荒らさず、治りを早くする。たとえ切断されても傷口は生きているから、充分癒着可能だ」
相手に与えるダメージをできるだけ抑えながら無力化させるのに有効なソードスキルだった。
「魔剣の斬れ味が思った以上に凄まじかったから、他の剣でやるよりも綺麗に斬り分けられた。その分治りも早いだろうから、この剣の作り主に感謝しろ」
「ふひッ!? ふへぇ……!?」
もはやエルフゴブリンの区別なく、エイジの威気に気圧されて誰も動けなかった。
呼吸すらも、許可なしにはできないほどだった。
「エイジ様、戦場に渦巻いていた殺気がやみましたよ」
「おお、やっとみんな落ち着いてくれたか」
「全員エイジ様にビビッて肝を冷やしたのだと思います」
両陣営数百人に達するであろう大群が、エイジ一人に気圧され、動きを制せられている。
エイジの実力は単騎でそこまでに匹敵するということであり、実際に斬り合いになったとしても充分皆殺しにできるであろう。
「思いっきり場が凍りついちゃいましたけど、ここからどうするんです……?」
「もちろん丸く収めたいよ!」
「ここから可能なんですか……!?」
むしろ緊張感は、以前から段違いに上がっている。
ここから戦いを経ずに収束させるなど、可能なのだろうか。
「まあ見てなさいって。とにかくここで待ってみよう」
「待てばどうなるんです?」
「向こうから来るだろうさ」
何が来るというのか。
「代表者が」
エイジの予見通り、しばらく周囲を視線で圧して動きを止めていると、遠くから何者かが駆け寄ってきた。
「エイジ様! エイジ様!」
「お、キミは……?」
エルフ陣営の方から駆け寄ってきた、金髪煌めく美しい女性。
エルフ族の勇者、レシュティアだった。
「また会ったな。武闘大会のあとだから久しぶりという感じもしないけど」
「まさしくですわ! こんなところで再会できるなんて感激です! セルンさんやギャリコさんも!」
共に戦った経験が幾度もあるレシュティアとは、気心知れ合った仲。
セルンギャリコも思わぬタイミングでの再会に喜び合った。
「キミがここの代表だったのか? そういや去り際言ってたもんなあ」
「はいですわ! 我らエルフの領域を侵略する邪悪なゴブリンを駆逐するのです! それもまた聖弓を賜ったエルフの勇者の役目ですわ!!」
鼻息荒く敵意を燃やすレシュティア。
戦いの理由が、ここから紐解かれていく。





