226 ドワーフの女たち
エイジが狩ってきた覇王級モンスター、ディノテートルは巨大な甲虫型モンスターである。
外見はいわば角のないカブトムシのようなもので、とにかく強固で分厚い甲殻に覆われながら、人一人容易に丸呑みにできるほどの巨躯を持つ。
人類種に限らず、木や土、果ては岩まで区別なく食い荒らし、食べない場合は戯れに薙ぎ倒してしまうので、やはり危険で迷惑なモンスターである。
早急に討伐しなくてはならない。
強力な生命力が売りな昆虫型の中でも、ディノテートルはそれを究極まで極めたモンスターと言っていい。
巨大で分厚い甲殻で身を守りながら、首を斬られてなお数日動き続ける。
エイジは、甲殻の節目に沿って首を斬り落としたはいいものの、ドレスキファの新鎧の素材として殻を持ち帰らなければいけなかったから、不必要に傷つけるわけにもいかず、自然に力尽きるのを随分待たなければならなかった。
そうして持ち帰られた甲殻が、ギャリコの手で鎧に加工された。
* * *
「カッコいいーーーーーッッ!!」
新、魔鎧完成。
以前作られた魔鎧は勇者級の大ムカデの甲殻を素材に作られたものなので、覇王級素材を使用した今回は純粋にランクが上がっている。
甲虫のくすんだ艶なし黒をそのままにした魔鎧は、当初聖鎚の勇者たちが追い求めていた華美さとは真逆。
落ち着いた、詫びさびすら感じられた。
ギャリコは職人としての意地で余計な飾りも入れず、機能性重視の極めてシンプルなデザインにしたため余計に簡素な印象が拭えない。
かつてのドレスキファなら不満噴出必至な出来栄えであったが……。
「モチベーションが漲ってきたぜえええッッ!! コイツならモンスターとぶつかり合っても一歩も下がらずカウンターハンマーをドゴン!! だぜええええッ!」
溌剌さが漲っていた。
「はいはい、喜んでくれたなら幸いね。アンタの好みにおもねる気は一切なかったのに、いつからそんな聞き分けのいい客になったのかしら?」
「で、この鎧にはどんな隠し機能があるんだ!?」
「アタシそんなビックリドッキリ機能をつけるタイプの職人じゃないから」
工房には、珍しくギャリコとドレスキファの二人しかいなかった。
エイジは聖鎚院長と会談中。セルンはサンニガと共に稽古に勤しんでいる。
「フッ、オレはなあ、昔のオレとは違うんだぜ? 見た目の派手さに惑わされることなく、実用性を重視するようになったんだよ!!」
「最初からそうならよかったのにね。エイジから影響を受けたってことかしら?」
「まあ、そうだな」
即答が、ギャリコにとっては意外だった。
かつて覇勇者の称号に酔いきって、傲岸不遜の塊となっていたドレスキファが、他種族から受けた影響を素直に認めるとは。
「オレだって反省したり修正したりするさ。……まあな、あれだけ非の打ちどころのない勇者を見せつけられたら、誰だって見習いたくなるだろう」
「はあ……」
無論、勇者であるどころか戦闘職ですらないギャリコにとって、その心境は想像しづらかった。
一瞬会話が途切れた。
二人きりの時によくある気まずい沈黙のあと、意を決したように切り出したのはドレスキファの方だった。
「なあ、ギャリコ。お前これからどうするんだ?」
「これから?」
「エイジのヤツの魔剣は、これでもう完全に完成したんだろ? 鍛冶氏としてのお前の仕事は終わりだ」
「アタシ、アンタ嫌い」
「いきなりなんで!?」
当人にとって何より痛いところを突いてくるからだった。
それはウォルカヌスとの戦いが終わってより、ずっとギャリコの心の中で蟠っていた不安。
魔剣が鞘まで完成し、終局を得た今、鍛冶師であるギャリコはもうエイジには必要ないのではないか。
それはかつて魔剣キリムスビを打ち終えた時にも抱いた不安であったが、その際はまだ鞘を作成しなければならないという役割から、何とか自分を納得させることができた。
その鞘ももはや完成した。
果たしてこの先もギャリコは、エイジの旅路に必要なのか。
「ギャリコ。やっぱりお前、オレの専属鍛冶師にならねえか?」
「オレのためじゃない。お前のためだ。覇勇者の専属は、ドワーフ鍛冶師にとって最高のステータスだ。その立場からあらゆる便宜を図り、お前の持つ技術を最大限に活かすことができる」
今や魔武具製造という唯一最高のノウハウを所有するに至ったギャリコ。
その技を広めるのに、ドワーフ族最強の覇勇者のお抱えという肩書は、必ず有益に働くだろう。
「オレとお前で、魔武具を世界中に広める。それをお前の新しい仕事にしないか? お前がオレのものになるんじゃねえ。オレがお前に協力してやる」
かつてのドレスキファとは違う。私欲ではなく世を思う心から出た提案。
「アタシの仕事は、次の段階に移るのね……」
「お前の意思とは関わりなくな」
エイジは、明確に次の標的を見据えている。
人類種を、悪しき神の束縛から解放する大目的。
その目的は、ギャリコと重なるのか。
ギャリコもまた、新しい目的を見定める段階に入っている。
* * *
「ギャリコ、行こう」
出発の日、エイジはこともなげに言った。
「えー?」
ギャリコは今なお悩んでいた。
エイジと共に行くべきか、行かざるべきか。
彼女が共にいても、もはや魔剣キリムスビが今以上に強化されることはない。
自分自身の新しい価値を求めて、違う道を行く時が来たのではないか。
「エイジ。でもアタシ、これ以上アナタといても……」
「何言ってるんだ。魔剣の完成を、その眼で見届けないつもりか?」
「え?」
その言葉に目を丸くするギャリコ。
魔剣はとっくの昔に完成しているのではないのか。
「剣は道具だ。きっちり使われてこその道具だろう」
魔剣に、果たされるべき用途があるとしたら、それはラストモンスターを斬り伏せること。
まして諸悪の根源が明るみになり始めている今、その元凶に人たち浴びせることこそ魔剣キリムスビにしかできない用途だった。
「その瞬間を、僕がキミに見せよう。キミが全身全霊かけて作ってくれた魔剣が、役目を果たす瞬間を。それこそ頑張ってくれたギャリコに僕が贈れる礼だ」
旅はまだ終わっていない。
魔剣は、真の完成を得ていない。
実は、旅の支度をしっかり終えていたギャリコは笑顔で隊列に加わった。
その様子をドレスキファが苦笑交じりに眺めていた。
「多分こうなるんじゃないかと思ったよ……」
「お前は留守番かドレスキファ?」
「ああ、一時は聖剣院に行く聖鎚院長の護衛に……、って話もあったんだけど、やっぱり都の方を守らなきゃな」
新しい魔鎧をまとうドレスキファの姿は壮健として、覇勇者の名に恥じぬものだった。
「今のお前ならドワーフの都も任せて大丈夫そうだ」
「いつもながら偉そうに……。なあ、一つ提案があるんだけど」
「ん?」
「オレにお前の子ども生ませてみねえ?」
「ん!?」
唐突にして爆弾級の提案に、周囲も大揺れ。
「ドレスキファ!? 何言ってるの!?」
「プロポーズ!? プロポーズってヤツか!?」
「軽はずみではないですかドレスキファ殿!?」
と皆騒ぎ立てるが……。
「あー、ドワーフ族ってそういうところあるから……」
同族のギャリコだけが冷静だった。
「ドワーフって、ゴブリン族に次ぐ多産種族でしょう? なんか気軽に子ども生もうとするのよね」
「オレは生涯勇者としてガキなんか作るつもりはなかったが。エイジぐらい強いヤツと、ドワーフ最強のオレ様との間にできた子どもなら、どれだけ強くなるか興味あるだろ? なあセルン?」
「なんで私に振るんですか!?」
「お前だって自分とエイジの血を混ぜた子どもに興味あるだろう?」
「同意を求めないでくれませんか!?」
意外なところで女を主張するドレスキファ。
エイジは困惑混じりに答えを保留し、いつも通りのメンバーを連れて旅だった。
聖剣院本部のある都市。剣都ポセイドンへ。
そこは始まりと終わりのある都だった。





