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221 乱麻を断つ快刀

 ただの振り抜きのようにしか見えなかった。


 ドレスキファが右手と左手で挟むように包んだ刀身。

 それを引き抜く動作自体彼女にとって危険なものであり、無謀の行為であった。


 しかしドレスキファの手から離れた刀身にはたしかに、居合いの光が宿っていた。


『ぬうッ!?』


 ウォルカヌスの動きが止まる。


 溶岩の塊でしかない彼の総身が、氷のように固まった。


『何をした……!?』


 神なる者の身に異変が起きたことはたしかだった。

 赤熱の表面が潤いを失い、カサカサの岩盤になって剥がれ落ちていく。


 まるで急速に老化していくかのようだった。


『わかるぞ。今たしかに、ワレの中の何かが斬られた。何をした? 何を斬った?』


 乾き、固まり、岩石化した正面が割れて内部の溶岩が噴き出す様は、出血するかのようだった。


「アンタの天命の……」


 エイジが答える。


 何故か彼の鼻や目からも血が漏れ、赤い筋を描いていた。

 究極を超えた究極の反動が、自身にまで及んだのか。


「……さらに奥を斬った」

『天命の、奥だと……?』

「僕にもよくわからない。人は、神も、天命の奥底にさらなる何かを内包している。何と呼ぶかもわからない何かを」


 自分一人だけのことではない。

 自分と、様々な者とを結ぶ線。


 天と自分だけでなく。

 自分とあらゆるものを繋ぐ運命がある。


「わかるぞ。ウォルカヌス。アンタの命は歪められた。数多くの邪悪な意思によって。我が剣が……」


 エイジと多くの人々によって紡ぎ上げられた剣が。


「……アナタの乱された命を断って、真っ直ぐに整え直す」

『があああああああ……!? ごお……ッ!? ぐおおおおおおおおおッッ!?』


 もはやウォルカヌスは原形を留めなかった。

 あらゆる部分が乾き、崩れ、溶け落ちてまた乾き、次々と剥離していく。


 ウォルカヌスそのものであったマグマが。


 剥離して、剥離して、剥離して、剥離して……。


 そして最後に残った者は……。


              *    *    *


 男がいた。


 ただし、人類種ではないと一目でわかる。

 光り輝く男。


 英雄然と武装して、儀礼を重視した華美な軽装に、やはり儀礼用めいた小振りのハンマーを携えている。


 何より奇妙なのは、全身から目の眩むほどではないが、淡い光を放っていることだった。


 その男は溶岩の中から現れた。

 崩れ落ちたウォルカヌスの中から。


 溶岩はとっくに火口の中に戻り、周囲から灼熱は消え去っていた。


 むしろ森の中にいるような涼しさが漂う。


 危険が去ったとみなし、後方で見守っていたギャリコ、セルン、サンニガも駆け寄ってきた。


「な、何なのあの光る男……?」


 ギャリコたちも気になるのだろう。


「ウォルカヌスだろう」

「えッ!?」

「神々の呪いから解き放たれたウォルカヌスの本当の姿だ」


 光る男は頷いた。


『いかにも。ワレはもはや敵対者ではない。男神カマプアア。器用なる我が子らドワーフ族の父』


 エイジの剣は天命のさらに奥を斬り裂いて、神々の呪いを打ち消した。

 それによって『敵対者』ウォルカヌスは男神カマプアアへ在り直すことができた。


 かつて女神イザナミを呪いから解き放ったのと同じように。


『凄まじい絶技だ。人の身で神の摂理を完全に斬り消し去るとは。お前の剣は、もはや神の域に達したな』

「役に立ったならよかった。アナタには今までずっとお世話になってきたから」


 カマプアアはすべての拘束から解かれて自由の身になった。


 地下深くに封印されることも、醜い仮の姿も、愛する人類種との戦いを強制されることももはやない。


『ワレは神性を取り戻した。もはや誰からも阻まれることなくワレは人類種の支配者である。可愛い子らを傷つけることは誰であろうと許さぬ。この地に祝福あれ』


 一方、エイジに秘奥義を出させる協力をしたドレスキファも、疲労に大きく息を乱していた。


 目立った外傷はないが、その身に神を宿したこと、エイジの究極ソードスキルの母体になったことなど相当な負担になったはずだ。


「大丈夫? らしくない無茶してー」

「エイジ様を戦場で支えるのは私の役目だと自負していましたのに……!」


 ギャリコとセルンに支えられて、何とか立ち上がったドレスキファに、エイジも駆け寄る。


「お前があそこまで思い詰めていたとはな」

「……けっ」

「剣からお前の気持ちが伝わってきた。実に不思議な感覚だった。神の支配力すら跳ね返す剣閃が放てたのはお前のお陰だ」


 だが、何故あんなことが可能だったのか。


 覇聖鎚をその身に受け入れ、みずからが女神になるという奇手をどうやって見つけ出したのか。


 勝負が佳境に入ってからの彼女の行動は、あらゆる意味で謎に満ちすぎていた。


 一体何が彼女を動かしたのか……。


「お?」


 いまだにドレスキファを包んでいる黄金色の光が揺らめいた。

 感情の揺らめきのようでもあった。


『ああ……! アナタ! アナタ!』


 と声がする。


「何言ってんのドレスキファ?」

「いやオレが言ってんじゃねえよ?」


 しかし声は明らかにドレスキファの中からする。

 ドレスキファのずっとずっと内側から聞こえてくる。


『やっとお会いできた! やっと再会できた! ワタシの愛しい方、我が半身!』


 ドレスキファから何かが飛び出す。

 それと同時に彼女を覆っていた黄金光が消えた。


 光はすべて、飛び出した何かに伴われていった。


 ドレスキファに融合し、たった今分れたものとは……。


『アナタ! お会いしたかった! もう離れません! 離れませんーーッ!?』

『なッ!? お前はペレ!?』


 解放されたばかりの男神カマプアアに抱きついたのは、同じく光り輝く総身をもった美女だった。

 熱帯風の半裸の衣装に身を包み、肉づきは豊満。

 しかし、どこか肉感とは切り離された神聖な雰囲気を持っているのは男神カマプアアと同じだった。


 その光輝く女性は、女神ペレ。


 男神カマプアアと共にドワーフ族を創り出した夫婦神のもう一方であった。

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