21 敵手交代
そして現在。
ハルコーンと遭遇したエイジたちは、ありえぬ事態に混乱するしかない。
「は、ハルコーン……!?」
「覇王級モンスターがどうしてここに……!?」
ギャリコもセルンも、初めて出会う最上級モンスター。その覇気に、勇者も一般人も関係なく怖じけて後退する。
そして当の怪馬は、新たに現れた人間などかまわず、横たわるクィーンアイアントへ馬蹄を食らわせる。
もはや女王アリはどう見ても息絶えているのに、何故そこまで執拗に攻撃するのか?
「…………ッ!?」
エイジすらも今は、最強モンスターの出方を窺い迂闊に動くこともできない。
その間もハルコーンは、執拗に女王アリの死骸を損壊し続け、ついに胴体まで蹴り破って破裂させた。
破れた腹から転がり出てくる金属的な煌めき。
「あれは……ッ!?」
「何ッ? 剣……ッ!? いや角!?」
クィーンアイアントの体内から出てきた、余りに異質な金属のきらめき。
その金属の角を、ハルコーンがジッと見詰めた。
まるで数年来離れ離れになっていた恋人を見詰めるように。
するとさらに不可解なことが起った。
角がひとりでに浮いて、磁石と磁石が引き合うかのようにハルコーンの額に吸い付いた。
ウマの額から伸びる一角が完成した。
「ハルコーンの本来のスタイルは、一本角の生えたウマの形態だという……。あれが完成体ハルコーンと言うわけか」
クィーンアイアントは、鉄を主体に金属を摂食するモンスター。
材質は金属に近いとされているハルコーンの角を、ご馳走と認識したのか。
群れの長として真っ先にご馳走にありついたのが運の尽き。
その角の本来の持ち主が、再び一つとなるためにはクィーンアイアントを蹴り殺し、腹を裂いて中から取り出すしかなかった。
「食い意地が張ったおかげで死ぬことになったわけか。やはり意地汚いのはその種族でもいい結果にならんな……!」
しかもハルコーンは、大事な角を取り戻しながらそれでも満足する様子はない。むしろその角で、クィーンアイアントの死骸へさらに鞭打った。
いななきと共に振り回される頭部、その頭部から伸びる角が刃のように、クィーンアイアントの死骸をいとも容易く斬り刻んでいく。
「クィーンアイアントの殻は、通常のアイアントよりさらに硬いと言われているのに……!?」
「それが……、ケーキを切り分けるみたいに……!?」
ギャリコもセルンも、今にも腰を抜かさんばかりになっていた。
ハルコーンがアリの死骸を執拗に斬り刻むのは、取り戻したばかりの角の切れ味を思い出すための試し斬りか。
あるいはこれまで角なしの生活で溜まってきた鬱憤をただ八つ当たりで晴らしているのか。
ともかくまだ最強モンスターの注意はエイジたちに向けられていない。
「エイジ様……!」
セルンが、今にも泣き出しそうな震える声でエイジに言う。
「これは緊急事態です……! どういう偶然かはわかりませんが、アイアントの群れにハルコーンが襲来した。私たちは不幸にもそれに鉢合わせしてしまったということでしょう……!!」
「偶然……?」
「そうとしか考えられません……! とにかく、ここは向こうに気づかれぬよう静かに撤退しましょう。覇王級モンスターは覇聖剣を持った覇勇者にしか倒せません……!」
それが覇王級の名を冠せられるモンスターの条件。
勇者でも倒せる程度のモンスターならすべて勇者級以下だ。
ここには覇勇者たるエイジがいるが、覇聖剣が揃わなくては真の実力は発揮できない。
つまりここにいてはハルコーンに殺される以外の選択肢はないのだ。
ハルコーンがクィーンアイアントの死体刻みに飽きる前に逃げ出さなくては。
「ふざけるな……!」
「えッ!?」
エイジの怒気を孕んだ声に、セルンはまったく予想外で虚を突かれた。
「僕が聖剣院を辞めたことで、引退を撤回し今なお覇勇者の座に就かれているグランゼルド殿……! あの人の数十年に及ぶ勇者人生には様々な逸話がある」
その中でも一際輝く、覇王級ハルコーンとの死闘。
「あの方は究極ソードスキル『一剣倚天』にて世界最硬と名高いハルコーンの角をへし折り、勝利の証として持ち帰った。一方、角を折られた痛みと恐れで逃げ去ったハルコーン本体は、角を取り戻そうと復讐の機会を窺っているという……」
「そんなことが……!?」
「ハルコーンの襲来を恐れた聖剣院は、不思議な効力を持った布を作らせ、それで包むことで角の発する気配を遮断した。結果ハルコーンは、自分の角の居場所がわからなくなった」
今でも封印の布に包まれた角は聖剣院のどこかに保存してあり、角を探してハルコーンは世界中を彷徨っているという。
「聖剣院上層部でまことしやかに囁かれる噂話。それをかつて聖剣院で勇者を務めていた、僕が知らないとでも思ったか!?」
「エイジ様……!?」
「あのハルコーンは、折られた角を取り戻すためにここへ来た。世界最硬度を誇るハルコーンの角、それを折られた個体が二頭以上いるって言うのか? ありえるかッ!?」
エイジは即座に、聖剣院のたくらみを看破した。
おおかた最強クラスのモンスターをぶつけて、覇聖剣を持たないエイジに無力感を思い知らせる、といったところだろう。
「そのために覇王級モンスターを呼び寄せるとは……! 聖剣院、一体どこまで腐っていやがる……!?」
「あ、あの……、私は……!?」
一方でセルンにはまったく身に覚えのないことで、混乱する以外になかった。
彼女にとっては知る由もない、兵士たちの勝手な行動。
その兵士たちもハルコーン襲来の余波で塵も残さず消滅した今、エイジが推測した聖剣院の暴力を証明づけるものは何一つない。
だからこそ聖剣院の勇者であるセルンが陰謀と無関係であることを証明できるものもなかった。
セルンはただ、普通の少女のようにオロオロすることしかできなかった。
「エイジ!」
それはともかく、ギャリコも危機感に焦燥する。
「そういうことならここはかまわず逃げましょう! 問題のアイアントの群れも、あのウマが勝手に潰したんだから、ここにはもう用はない!」
「ダメだ」
もっともまっとうに思えるギャリコの意見を、それでもエイジは退けた。
「二人とも、やはり覇王級を甘く見ている」
「「ええッ!?」」
「逃げれば何とかなるのか? 視界から消えるだけで見逃してくれるのか? そんな生易しい相手じゃない、覇王級は!!」
クィーンアイアントの死骸は、もう原形を留めぬほどバラバラに斬り刻まれていた。
それでも執拗に斬り刻む、怪馬の妖しく輝く瞳。
「アイツがグランゼルド殿に角を折られて、どれくらい経ってた? 僕が聖剣院に入った頃には噂話があったから少なくとも五年以上前だろう。その間、最大の武器を失い、思うままに暴れられないまま溜まりに溜まった鬱憤が、今日を境に噴出しようとしている……!」
なにせ念願の角を取り戻したのだから。
今日から思う存分に暴れられる。
「覇王級の鬱憤晴らし……! ここら一帯の地形が変わるぞ、親方たちのいる鉱山集落まで……!!」
「ええッ!?」
その言葉にギャリコは絶望に包まれた。
ここアイアントの集合地から鉱山集落までかなりの距離があるというのに、その空間的な隔たりすら、覇王級の暴威には何の意味も持たない。
「元々鉱山集落を守るためにアイアントを潰しにきた。ならばここでハルコーンを止めなければ意味はない!!」
討伐対象がクィーンアイアントからハルコーンに替わっただけでやるべきことは変わらない。
絶望の度合いが格段に跳ね上がっただけで。
「セルン! キミはギャリコを連れてできるだけ離れろ!!」
「えッ!? でも……!?」
エイジはアントナイフを握る。
一角獣は、ついに女王アリを斬り刻み飽きて、前方にいる人間族へ注意を向けてきた。
「コイツは僕がここで仕留める。覇勇者となることは拒否しても、モンスターから人々を守る戦いまで降りた覚えはないからな!!」





