217 覇者共闘
聖鎚の覇勇者ドレスキファ参戦。
誰にも邪魔できないと思われた超越者たちの争いに、現れる乱入者。
視線が彼女に集中した。
『ブルァワッハッハッハッハッハッハ!!』
豪快なる朗笑を上げたのは、マグマの化身ウォルカヌスだった。
『いかにも、聖鎚の覇勇者こそドワーフ族が選んだ最強者。いかなる戦いであろうと首を突っ込む権利はあるのう……!』
「一対一の勝負だなんて取り決めはなかったよなあ? だったらオレとコイツの二人がかりでも問題ないわけだ」
『よかろう。覇勇者の誇りにかけて、存分に鎚を振るうがいい!』
「言われずとも!!」
駆け出すドレスキファ。
元々敏捷性が乏しいドワーフ族で、強固な全身鎧までまとっている彼女であったが驚くほどに機敏だった。
マグマの中に潜らせても表面すら溶けない覇聖鎚を掲げ、必殺のハンマースキルを繰り出す。
「ハンマースキル『ギガント・フット』!」
たった一振り下ろしで巨象をも潰しそうな鎚撃が、雨霰のように連続して振ってくる。
空気ごと潰される衝撃に地表を覆うマグマが弾けて消える。
戦場となっている山頂が押し潰されて標高が低くなりそうだった。
「おい!? 飛ばし過ぎだろ!?」
ドレスキファのがむしゃらな進撃にエイジは戸惑い気味。
彼自身、まだ共闘を承諾したわけではないのに。
「…………!?」
エイジは視線を巡らせる。後方で距離を取っているセルンと目が合うが、彼女は無言で首を振った。
あまりにも壮絶なウォルカヌスの能力からギャリコやサンニガを守らなければいけない。そしてより率直に、マグマ渦巻く戦場にセルンといえど近づくことができない。
ドレスキファが超危険地帯でもかまわず飛び込んでいけるのは、覇勇者としての面目躍如なのである。
『ふーむ?』
ウォルカヌスの声に楽しさが交じってきた。
マグマフィールドは覇聖鎚によって叩き潰されて無惨な虫食い状態となっていたが、それでも『生きた溶岩』は猛烈な勢いで失地を回復しようとする。
眼前に意識が向かっているドレスキファの背後から、溶岩の津波が襲い掛かる。
「危ないッ!!」
いち早く動いたエイジがソードスキル『水破斬』でマグマを斬り裂く。
「あんまり考えなしに動くなッ!! 僕が助けなかったら死んでたぞッ!!」
「オレが考えなしだと……ッ!? ちッ!!」
ドレスキファは、額の汗を拭おうとしたのかフルフェイス兜の表面を撫でた。
周囲はマグマの熱で常識的な高温をとっくに上回っており、全身鎧の中は蒸風呂状態であろう。
エイジも顔中に玉の汗を浮かべている。
「とやかく言う前に乱入してきやがったが、無理に関わる必要はないんだぞ。これは僕たちの戦いだ。お前には直接関係ない」
「…………」
「聖鎚の覇勇者だって言うのなら、ドワーフ族を守ることこそ本分だろう。危険な戦いに投じてその本分をまっとうできなくなればそれこそ覇勇者として申し開きが……」
「うるせえ」
ついに暑さに耐えかねたのか、ドレスキファは頭部を守るフルフェイスの兜を脱いだ。
汗みずくの顔が露わとなり、髪の毛まで汗水の滴った表情には色香すら感じられた。
「世界の命運が懸かった戦いなんだろ?」
「何故それを……?」
「お前やギャリコの会話を途切れ途切れ聞いてりゃ嫌でもな、理解できる。……いいじゃねえか、世界からモンスターを一掃する戦い。覇勇者のオレ様に相応しい設定だぜ?」
ドレスキファは言う。
「オレ様は覇勇者だ。これ以上ない頂点の格付けにいい気になって、自分が一番強いと思ってる女だぜ? 鼻っ柱の伸びた傲慢女だ。そんなオレがこんなでっかい戦い傍観してると思ったか?」
「そこまで自分を容赦なく」
「オレはあの頃から変わってねえ。傲慢は傲慢のままだ。貫き通してやる!」
両手を添えたハンマーのグリップから、オーラが伝わる。
黄金色の覇聖鎚から、黄金の機が迸る。
「これでもかってハンマー叩きつけて、マグマも随分散らした。足場も整ってきたぜ。今こそ反撃の準備整えり、じゃねえか!?」
「お前、そのために辺りを叩きまくって……!?」
「覇聖鎚ゴルディオン! お前の力をここに開放しろ!!」
唱えられる覇聖鎚の真名。
それが示すのは、ドワーフ族最強の武器が真の力を解放すること。
「先に行くぜ! お前は常にオレのあとだ!!」
「ちょッ!?」
再びウォルカヌスの本体へ突貫するドレスキファ。
覇聖鎚から昇る黄金オーラはますます輝きを増す。
『元気なのはよいことじゃが、勝算はあるのか?』
「うるせえよ! どいつもこいつもオレをアホ扱いしやがって!!」
極限まで輝く黄金鎚はまさに太陽。
太陽がそのまま、怪物の頭上に叩き落とされる。
「ハンマースキル『イレイズ・オールエイジ』ッッ!!」
それはドワーフの勇者が誇る究極ハンマースキル。
ソードスキルにとっての『一剣倚天』に比肩する究極抹消鎚撃だった。
ハンマーの頭部に触れたものは何であろうと、堅かろうと無形であろうと、固体でも液体でも気体でも、性質を問わず何でも分解して無に還す。
他の戦闘スキルにも類を見ない、物質を完膚なきまでに消滅させる絶技。
天命を断つ『一剣倚天』とはまた別の意味で、恐怖の奥義だった。
『ハンマースキルの究極奥義を会得しているとは……! やはり覇勇者の名は伊達ではないの』
その究極ハンマースキルをまともに受けながらウォルカヌスは愉快気だった。
「クソ……!? デスコールを消滅させたオレの必殺技だってのに……!」
『物質を構成する原子そのものを崩壊、消滅させる。こんな秘奥義をまともに受けたら邪眷族程度一たまりもあるまい。しかしこちらとて超越者のメンツがある』
ドレスキファの黄金鎚の前では、溶岩と言えども潰され消滅する以外にない。
それなのにウォルカヌスは、体積を消され縮んでいくどころか、逆に肥大化していく。
「何故だ!? 小さくなるんじゃなくて何故大きくなる!?」
『簡単なことよ。岩脈から新たなマグマを補充しているのだ。この火山に血流のごとく満ちるマグマすべてが我が体。ワレを消滅させたければ、そのすべてを消し去るしかないぞ?』
世界指折りの峻険に満ちるマグマをすべて消し去るなど、人間一人にできる所業ではない。
まさに通常のモンスターとは規格外。
覇勇者必殺の奥義を受けて力で押し返せる。
「……だがな、これくらいは想定内よ」
『ほう』
「エイジ!!」
ドレスキファがエイジの名を呼ぶ。
「今だ! テメエも必殺技を叩きこんでやれ!!」
「し、しかし僕の『一剣倚天』もウォルカヌスには……!?」
「だから同時にやるんだろう!? 究極ハンマースキルと究極ソードスキルの同時攻撃だ! 必ず効果がある!!」
「……ッ!?」
エイジは心の中で「そうか」と気づいた。
ウォルカヌスとて、究極ハンマースキルで消滅させられる体を再生させるため、火山から次々マグマを補充している。
それには大きなエネルギーがいるはず。
一見効かないようでも、ドワーフ族が誇る究極スキルは神の力を確実に削いでいる。
「今なら、『一剣倚天』の天命を斬る力も通じる……!」
運命と物質。
双方からの消滅に晒されてはさすがの神とて防ぎきれない。
「いいだろう、この好機にウォルカヌス。アナタの天命を斬る!」





