213 神vs人
「ちょっと、ちょっと……!? ホントに始めちゃったの!?」
セルンに遅れること数十分。
部類的に一般人に入るギャリコが息絶え絶えになりながら山頂に到達した。
やはり世界指折りの高峰であるウォルカヌス山を踏破するのは並大抵のことではない。
サンニガが背中を押してもらえなかったら、到着はもっと遅くなっていたか、到着自体できなかっただろう。
全身鎧を着こんで体重の重くなったドレスキファも、同じタイミングでの到着となった。
ゼエゼエと息切れする。
「戦ってやがるのか? 本当に……?」
「ええ」
戦闘開始からしばらくの時間が経ち、なおも戦況は様子見から移っていない。
「ウォルカヌスが無造作に広げる溶岩帯からエイジ様が逃れる。その繰り返しです」
「ここまで一方的な戦いがあるかよ……!? 溶岩バケモノの高熱は、オレが前に戦ったデスコールの何十倍だ。ヤツはその体でちょこっと触れるだけでエイジを丸焼きにできる」
しかし、それだけで倒せるほどエイジの方も甘くはない。
無制限に広がり続けるウォルカヌスの溶岩帯。
その気になれば山全土に広がって、麓のドワーフの都すら飲み込んでしまうだろうが。
* * *
「ソードスキル『水破斬』」
振り下ろす高速の剣が、溶岩を断って散らす。
そして剥き出しとなった岩肌を踏み、さらに刀身を踊らせる。
「ソードスキル『水破斬』!」
斬撃が作り出す真空断層が、液状のマグマを次々斬り裂き、進むべき道を形作っていく。
ソードスキル『水破斬』は、そういうスキルだ。
スピードに特化した太刀筋で液体など形ないものを斬り裂く。
スライムといった特定の形を持たないモンスターに有効なソードスキルとして、多くの剣士が頼りとする技だった。
「……さすが魔剣キリムスビ」
以前、同じように『水破斬』でウォルカヌスのマグマに挑んだことがあったエイジ。
しかしその時にはマグマの発する高熱に武器が耐えきれず、一振りで燃え尽きてしまった。
それは今、まったく違う結果を伴い、マグマの海を割って突き進める。
あの日とは違う得物が超高熱を弾き返し、燃え尽きることなく煌めいているから。
「やはりキリムスビは、他の魔剣とはまったく違う。この剣があるからこそ覇王級を超えるラストモンスターと戦える」
その剣を授けてくれたのは、目の前にいる巨大な敵。
「アナタの期待に応えるためにも、アナタを必ず倒す!!」
ウォルカヌスは、やはり必要以上の被害を出す気はないのだろう。
マグマの拡大範囲を一定のところで止めている。
その気になれば、すぐさま山一つを丸ごとマグマで覆い尽くすこともできるだろうに。
自然の脅威と人の絶技がぶつかり合う。
最悪の絶域は。
しかし、どことなく優しかった。
* * *
それでも、ある程度接近して戦いを見守る者たちには、その行為自体が地獄のようなものだった。
「ぎゃああああああッ!? 溶岩が! 溶岩がこっち来たああああああッ!?」
「くッ! ハンマースキル『シールド・プレーン』!!」
聖鎚の覇勇者ドレスキファの防御型ハンマースキルで何とかマグマの熱を遮断する。
「くっそ! それでも本気の攻撃がこっち来てないから何とか防げるって感じだぜ!」
「戦いのレベルが違い過ぎる……!」
女神たちが始めた狂気のゲーム。
人類を駒代わりにして進められる戦乱の、最後の敵として設定されたのは、かつて女神と共に人類を作り出したはずの男神だった。
「神を敵とする戦い……!」
その言葉に込められる意味に、一同は戦慄した。
「ねえセルン……!」
「はい?」
縋るようにギャリコがセルンに尋ねる。
「エイジ……、勝つよね? たとえ神様が相手だって勝つよね?」
「…………」
「だって、エイジは前にも神様と戦って勝っているし……。あの、イザナミって……!」
邪神化させられたイザナミの呪いを断ち、聖なる本性を取り戻させた。
エイジは過去、そんな奇跡をやってのけている。
だから今回も、あの人の究極は神をも退けてくれる。
そう誰もが願うところだが……。
「……無理です」
セルンは断言した。
「なッ、何をお前! おれの兄者を侮るのか!?」
「弱気な発言じゃねえか。勇者にあるまじきだぜ?」
サンニガもドレスキファも不快を露わにするが、迫りくるマグマの高熱にあまり顕著なリアクションは取れない。
「そうでしょうか? アナタたちも感じているのではないですか?」
「何を?」
「あのウォルカヌスから発せられる完成された強さを」
その指摘に全員が押し黙った。
「たしかにエイジ様は一度神に勝っている。しかしイザナミは、呪いによって理性を奪われた狂神でした……」
正しい方法で扱われない力ならば、制する方法はいくらでもある。
どんなに巨大だろうと対処のしようはある。
「しかしウォルカヌスは、たとえ呪われていようと理性を保っている。正しく力を扱う神なのです。その恐ろしさがわからないのであれば闘者失格です」
ゴクリと喉の鳴る音。
ドレスキファとサンニガが、戦慄を覚える音だった。
「ウォルカヌスはラストモンスターなのです。戦うために用意された存在なのです。やはり私は不安でなりません。あの巨大な存在と戦う前に、もっと準備すべきだったのではないでしょうか?」
「準備って……!?」
ギャリコが呟く横で、凄まじき気迫の衝突が起こった。
* * *
渦巻くマグマの濁流が、エイジの進軍を阻んだ。
「……これ以上の接近は無理か……!?」
『そう簡単に隙を見せてやるわけにはいかんぞ。おぬしだって与えられる勝利など欲しくあるまい』
「厳しいことだ」
一歩下がる。
『水破斬』でマグマを斬り裂き作った、ウォルカヌス直近の足場である。
マグマはすぐさま覆い直そうとし、一つ二つと数えるうちに足場はマグマに沈むだろう。
「やはり、小細工では勝たせてくれんか」
右手だけで握っていた柄に、左手を添える。
「もっと早くこうすべきだった」
究極の敵に放って然るべきは、究極の剣技。
今、放たれる。
「ソードスキル『一剣倚天』」





