20 愚者の愚行
それは、ほんの少しだけ時間を遡った出来事。
「覇勇者様には、お仕置きが必要なのデス……」
聖剣院の兵士の一人が言った。
セルンと共に鉱山集落に乗り込み、ドワーフを威圧した軍隊の中にいた一人。
エイジたちを遥かに超える年配で、痩せ筋張った顔つきがネズミを連想させる。
「才能豊かゆえに、多くの段階をすっ飛ばして覇勇者にまで上り詰めたお人デス。それゆえ大事なことを学び損なったデス」
「大事なこととは?」
「聖剣院への忠誠心」
嫌々同行させられた年若い兵士に、年配兵士はニヤニヤ語る。
「ああいう天才がよく陥る間違いデス。自分一人だけで強くなったと思っている。聖剣院あってこその勇者、覇勇者であるのに」
聖剣院に所属する兵士は、聖剣を振るう勇者候補にして組織の手足。
聖なる武器を持たないためにモンスター戦では何の役にも立たないが、むしろ自族や他種族を集団によって威圧し、勇者がモンスターから救った村落で『神礼』と称して金品から作物まで何でも奪い去ってしまう。
そういう集団が、聖剣院の軍隊だった。
年配兵士の方は、聖剣院に入って数十年。勇者になるなどとっくに諦め、兵士のポジションからありつける小利に満足しきっている輩だった。
片やまだ若く、夢をまだ夢として追い続け、いつか勇者になった自分を脳裏に思い描く若年兵士。
「だからエイジ様には、一度しっかり思い知っていただかねばなりませんデス。自分が一人では何もできないことを。聖剣院の助けあって、おこがましくも勇者と名乗ってきたのだと」
そうすればおのずと聖剣院に帰るつもりになろう。
高く伸びた鼻っ柱をへし折れば、以後は聖剣院に従順な覇勇者となってくれるということでもあった。
「でもどうやって……? 覇聖剣がなくてもエイジ様がムチャクチャ強いですよ? オレたちなんかでどうこうできるわけないですよ」
「心配ないのデス。聖剣院の中でも古株のワタシは、聖剣院長様より策を預かってきたのデス」
そういって年配兵士は、背負ってきたリュックの中から、何かしら布に包まれたものを引っ張り出す。
「? 何ですそれは?」
「ハルコーンの角デス」
若年兵士は経験不足のために、そう言われてもサッパリわからなかった。
「エイジ様が出奔したために今も現役に居座る覇勇者グランゼルド様は、その無駄に長い経歴ゆえに多くの逸話をお持ちデス。その一つが覇王級モンスター、ハルコーンの角折り」
「ええッ!? 覇王級!?」
最上位モンスターに冠される称号なら、さすがに新米と言えども思い当たる。
覇聖剣を持った覇勇者でなければ倒すことができないという極悪。
それが覇王級モンスター。
「覇聖剣を用い、最高ソードスキル『一剣倚天』によってへし折ったのデス。ハルコーンは恐れをなして逃げ、グランゼルド様はへし折った角を戦利品として持ち帰ったのだとか……」
「そんなものを何故アンタが持ってるんですか!?」
「言ったでしょう? 聖剣院長様よりお預かりしたのデス。シシシシ……」
年配兵士は、古参ゆえに兵士の立場でも聖剣院長に直接お言葉を賜れる自分を自慢したがっている。
「とにかく、この角の持ち主は、今も生きて世界のどこかを彷徨っているデス」
「持ち主って……、覇王級モンスター……!?」
「ハルコーンは今でも、失った角を取り戻そうと世界中を探し回っているのデス。自分を負かしたグランゼルド様に雪辱しようとしているかもしれませんね」
そう言って年配兵士は、大仰に包む布を若年兵士に見せつける。
「これは、天人が魔法で編んだ封印の衣デス。コイツで包んであるおかげで角は気配を遮断され、本体に探知されなくなっているデス」
「じゃあ、もしその衣から角を出したら……!?」
「気配を探知して、ハルコーンはやって来るでしょう。この世界でもっとも恐ろしい覇王級モンスターの一匹が」
ところでこの二人の兵士は今どこにいるのだろうか。
エイジたちが求め捜索しているアイアントの群れ。その中心を眼下に望める崖の上に陣取っていた。
聖剣のない兵士たちはモンスターとの戦いに直接参加できないが、矢面に立つ勇者のサポートは極力行う職務があり、モンスターの居場所を探し出すことも職域に入る。
ずば抜けた才能ゆえに兵士期間などないに等しく勇者になったエイジに比べ、その地位で数十年燻っていた年配兵士が先に見つけ出せるのも当然のことだった。
「エイジ様は、いずれここへやって来るデス」
年配兵士は、躊躇なく封印の衣に刃を入れて、ビリビリ引き裂いた。
「ヒィィッ!?」
その行為に若年兵士は即座に縮み上がる。
「何をッ!? そんなこと、そんなことしたら……ッ!?」
封印の衣から出てきた角は、剣ほどの長さをもち、鋭さもまた剣を連想させた。
あらゆる鉱物にない不思議な輝きを発する。妖刀のごとき角。
「これを……」
年配兵士は、崖下のアイアントの群れへと角を放り込んだ。
「こうすればいずれこの場所にハルコーンの本体が現れるのデス。そしてアイアント退治にやってきたエイジ様と鉢合わせ……! 覇聖剣のない覇勇者では、覇王級モンスターを相手にどうにもなりません。まあ、さすがに覇勇者ですので死ぬことはないでしょうが。シシシシ……!」
そうしてエイジに自分の無力さを徹底的に叩き込み、聖剣院への反抗の意思をへし折ってしまおう。
それが年配兵士にハルコーンの角を託した聖剣院長の策略であった。
「いいんですか!? そんなこと、セルン様に相談もせず勝手に……!」
「あの小娘は勇者になれるだけの腕っぷしはありますが、策略を立てるにはオボコ過ぎます。彼女は可愛いだけの顔で看板を華やかにすればそれだけでいいのデスよ」
たしかにセルンがこの悪巧みを知れば、必ずや制止したことだろう。
兵士たちがエイジの出した条件に従って素直に撤退したのも、セルンらと別行動をとって自由に動き回るのが真の狙いだった。
「エイジ様はこれより、自分の無力さをしっかり自覚してもらうのデス。覇聖剣がなければ何もできないザコだとね。ついでにハルコーンのもたらす被害は、広範囲に呼ぶでしょう。あのドワーフどもの集落も巻き込まれるのは必至デス」
そうなればエイジは、今住む場所を失いますます聖剣院に戻るしかなくなる。
「そ、そんな!? 覇王級がそんなにメチャクチャな被害をもたらすなら、オレたちだって危ないじゃないですか!?」
若年兵士が泣きながら叫ぶ。
本隊から引き離され、無理やり年配兵士に連れ添わされたが、それに一体何の意味があったのか。
単に自慢話を聞かせる相手が欲しかったぐらいのもの。
「そうデスね。では任務も完了したことデス。ハルコーンが来る前にとっとと退散しましょう」
「そうしましょう! 今すぐ逃げましょう! モンスターのことは勇者に任せておけばいいんです!」
そうして二人、現場からスタコラと逃げ去ろうとした、その瞬間だった。
閃く雷光が、二人の愚者をまとめて飲み込み、消し去った。
そのあとに現れたのは、強靭な四肢を持ったウマ型モンスター。
覇王級ハルコーンが、即座に到着した。
聖剣院長に利用された兵士たちは、ハルコーンの高速移動によって生じる雷光に巻き込まれただけで、跡形も残さず消滅してしまった。





