202 憎悪の暴露
「ソードスキル『蠍赤星』!!」
「ソードスキル『一刀両断』!!」
ぶつかり合う二つのソードスキル。
その余波がリングの外まで噴出し、力ないものは堪えきれずに吹き飛ばされる。
「うわあああああッ!?」
「掴まれ、何かに掴まれええええ!?」
ギャリコも竜巻に煽り上げられるかのように宙に舞いそうになったが、エイジに抱きかかえられて無事を得る。
その他、リング袖で観戦するライガー、レシュティア、ドレスキファもビクともしなかった。
やがて目も開けていられないほどの烈風が収まり、リングの様子を知りえるようになって。
決着を確認することができた。
「ハァ……、ハァ……!」
まずセルン。
彼女の持つ魔剣は切っ先三寸からポッキリと折れ綺麗な断面を晒していた。
強度で劣る兵士級魔剣である。ここまでよく持ちこたえたというべきだろう。
そして相手、スラーシャの赤の聖剣は。
「あ、が。あががががががががッ!?」
根元から先がそっくりそのままなくなっていた。
こちらもまた激突によって破損したのであろう。
しかしまだ刀身の大部分を残したセルンの魔剣に対し、スラーシャのほぼ刀身のなくなった聖剣。
どちらがまだ戦闘続行可能であるかは明らかだった。
それだけではない。
「痛い、いだああああいいいーーーッ!?」
折られた聖剣は……、否、砕けた聖剣は無数の破片となって主であるスラーシャを襲っていた。
激突の衝撃で弾丸の速度度なって飛び散り、全身に細かい破片が食い込み、顔中も傷だらけ。
まるでズタズタに破れた雑巾のような顔になっていた。
セルンの方の折れた魔剣の切っ先まで、スラーシャの肩に深々と突き刺さっていた。
「痛い痛い痛い! いたあああああッ! 顔が! 私の美しい顔がああああッ!?」
全身に食い込む破片の痛みに耐えきれず、かろうじて残った聖剣の柄も落としてのたうち回る。
その姿を見て、判断は迅速に下された。
「試合終了! 勝者、人間族のセルン!!」
会場銃を包む歓声。
スラーシャの乱行には、多くの人が腹に据えかねていたらしく、誰もがセルンの勝利に熱狂した。
「完全に、技の威力で押し勝ったんだ。だから破壊された剣の破片がすべてスラーシャを襲った」
エイジが、リング袖で解説する。
「ソードスキル『蠍赤星』は、自動的に敵の急所を目指して突き刺さり、毒のこもった剣気を注入する文字通りの必殺技。しかし『一刀両断』と正面からぶつかり合うには威力が足りなかった。ましてセルンの極限まで鍛えられた『一刀両断』では」
必ず急所を目指すというなら、刃の入り筋で待ち受けるのも容易い。
それでも、必死の剣気を込めた『蠍赤星』ならば『一刀両断』に競り勝つこともできたかもしれない。
それができなかったのはひとえにスラーシャの『蠍赤星』が中途半端であったからだ。
「いたい……! いだああああい……!!」
スラーシャは顔を抑えて悶絶していた。
いくら全身傷だらけとはいえ、勇者にあるまじき失態だった。
「早く医者を。これだけの無様を晒せば、聖剣院の権威は地に堕ちただろう」
「そしたら……?」
「同族に対する発言権も消えたに等しい。聖剣院はもう魔武具の売り上げに対して何も言えなくなるだろうな」
セルンの勝利によって、状況が一気に上向いた。
セルン自身も憑き物が落ちたような晴れやかな顔つきとなり、スランプを脱したことが見て取れる。
「ま、まだよ……!」
しかし、諦めの悪い者がいた。
「セルン……! このイモ女。よくも私の顔にこんなたくさんの傷を……!」
聖剣の破片を受け、細かい無数の傷で血塗れとなったスラーシャの顔は、その称号通りに真紅だった。
その真っ赤な顔から、眼だけがギラギラとしている。
その異様さは、何かのバケモノであるかのようだった。
「スラーシャ殿、早く医務室で治療を受けるべきです」
「煩い! 傷をつけたのはお前じゃないの! 極悪非道! 凶悪犯! 同じ勇者に傷を負わせるなんて、なんて狂った女なの!!」
自身がセルンを殺すつもりでソードスキルを放ったことはとっくに棚上げされていた。
「許さない! 許さない! 聖剣院長に訴えて、お前から勇者の資格をはく奪させてやる! ……いいえ、それだけじゃないわ!!」
「え?」
「お前がここまでの不祥事を引き起こしたのなら関係者にだって責任が及ぶはず……! 連帯責任でソイツもクビにしてやる! あははははははッ!!」
その言葉に居合わせた誰もが首を捻った。
「関係者……?」
そう言われてすぐ思い浮かぶのは、セルンを指導した覇勇者エイジだった。
しかしエイジは随分前に聖剣院脱退を表明し、それを必死で呼び戻そうとしているのは聖剣院の方。
それを引責辞任させようなど意味があるのか。
「セルン……! 私はぁ! 知ってるのよぉ!! これが明るみになれば、アイツは、アイツは終わりだあ!!」
「スラーシャ殿! まさか……!!」
「そうだ! 私は知ってるんだ! セルン! お前が覇勇者グランゼルドの実の娘だってことを!!」
スラーシャの宣言に、会場中が困惑に包まれた。
まず水を打ったように静まり返り、ついで少しずつ、ざわざわと混乱の囁き声が聞こえる。
「青の勇者セルンが、覇勇者グランゼルドの娘……?」
「おい、知っていたか?」
「いや、でもグランゼルドは独身のはずだぞ!?」
「じゃあ隠し子!?」
「新覇勇者のエイジは、グランゼルド秘蔵の愛弟子だったはずだ。そのエイジが、訓練生の中からセルンを見出して勇者にまで育て上げたって話だが……!」
「どんな理由でセルンを選んだのかは長いこと謎だった。でも師匠の代わりにその娘を育英したっていうなら……!」
「筋が通る……!!」
噂話は怒涛となって、会場を押し流さんほどだった。
スキャンダルは今や公然となった。
「スラーシャ殿……、アナタその話をどこで?」
「知ってるに決まっているだろう!! 私は、アイツを覇勇者の座から引きずり下ろしたかったんだ! アイツのことも随分調べた! 汚い噂もあると思ったのに、出てきたのは隠し子のお前の存在だけだった!!」
その言葉でわかった。
スラーシャが何故ここまで執拗にセルンを憎むか。
スラーシャは過去、過失によって一般人を聖剣で傷つけたことがあった。
という噂をエイジも聞いたことがあった。
その騒ぎは聖剣院にまで届き、上層部によって裁可を仰がれたが、結局のところスラーシャには何の処分も下されなかった。
勇者の権威に傷をつけるぐらいなら、一般の人間族が何人再起不能になろうとかまわぬということだった。
それに対しグランゼルドが独断でスラーシャを罰した。
稽古と称して彼女の両腕をへし折り、全治数ヶ月に及ぶ大怪我を負わせた。
しかしその件についても聖剣院側は不問。
権威のために勇者の過失を見逃すくらいだから、覇勇者に対してなら何をかいわんやであった。
そのことをスラーシャは恨みに思っている。
グランゼルドだけでなく、その娘であるセルンにまで恨みを向けている。
「私の何が悪いのよ? ちょっと酔った末での悪ふざけじゃない。全人間族を守ってやっている勇者の私が、戯れで二、三人殺したところで何が悪いというのよ!!」
醜い憎悪の感情を吐き出す。
「それなのにグランゼルドは不当に私を罰した! 両腕の骨を折るなんてあまりにも過剰よ! やり過ぎよ! あの傷が治るまで、私がどれほど屈辱的な思いをしたか! 私の完璧な美しさが損なわれたか!!」
「そのために私を……!」
「私はグランゼルドを許さない! その娘であるお前も! 親子まとめて聖剣院から追い出して! 惨めな末路をたどらせてやる!」





