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201 剣を映す剣

 セルンの剣士としてのスタートは遅い。


 通常の場合、聖剣院に加入して剣士の修行を始めるのはどんなに遅くとも十歳未満から。

 なのにセルンはそのラインを大幅に超えた十三歳から修行を始めた。


 当然、修行場では常に落ちこぼれ。

 年下の修行者からも見下される毎日。


 その上に彼女は生来の不器用で、教官から教えられたことをものにするまでに他の修行者の倍かかった。


 誰もが才能がないと烙印を押した。


 できることは、全ソードスキル中最低難易度と言われる『一刀両断』だけ。

 一番簡単な技しかできないのかと周囲に笑われた。


 才能なし。

 落ちこぼれ。

 修行の邪魔だからもう来るな。


 散々に罵倒されて、修行場の裏手で密かに泣くことしかできなかったセルンに、彼が現れた。


「いい技を使うじゃないか」


 セルンとエイジとの初めての出会いだった。


 その頃エイジは既に青の勇者として立場も名声も確立していた。

 セルンが修行を始めた十三歳の時には、エイジは既に青の聖剣を取得していたという。


 落ちこぼれセルンからは想像もできない天才。

 それがエイジだった。


 その天才が言った。


「『一刀両断』とはいい技を使うじゃないか」

「え……?」


 落ちこぼれが初めて耳にする賞賛のセリフ。


 この頃、頑なに社交に出ようとしないエイジの名も顔も知れ渡っていないため、セルンもわからなかった。

 目の前にいる人が、どれほどの強者であるのか。


「『一刀両断』は基本技であるがゆえに、すべてに通じる技だ。一にして全。中心にいながらすべてを覆い尽くす。極端な話『一刀両断』だけでどんな戦いにも対応できる」

「え……? え……?」

「その『一刀両断』だけを突き詰めて修行するのも一つの手かもしれないぞ。実を言うと、僕の尊敬している人も『一刀両断』が一番得意なんだ」


 戸惑うセルンにもかまわず、エイジは語る。


「実直な人でね。融通が利かないし冗談も通じない。僕がちょっと作戦にアレンジを加えるだけで火が出るように怒る。『若者は褒めるな』って格言を守っているのか、新しいスキルをどんなに覚えても『よくやった』も言わずに『調子に乗るな』だもん。実直というより愚直だね、あの人は……」

「あ、あの……? 何を……?」

「ただ、そんな人の放つ『一刀両断』だからこそ何処までも真っ直ぐに伸びていく。その真っ直ぐさが美しいんだ。あの人の真面目さを表しているようで」


 人ならば誰もが思い願う。


 真っ直ぐに生きていきたいと。

 曲がらず歪まず、自分の信じる理念の通りに生きること。それを望みながら、叶えられる者のなんと少ないことか。


「まったくいないと言っていいぐらいさ」

「……」

「でもあの人は、その不可能を信じて前に進もうとする。その決意の固さが剣にも表れている。真っ直ぐに進み、壁にぶち当たろうとそれを両断して進む意志の固さ」


 その固さが、『一刀両断』の剣筋に現れている。


「まさに剣そのものだ。剣を持って剣のように生きる。あの人の剣には剣が映っている」


『剣』の理合を映した剣。


「剣士を志す者ならば、誰もがあの人のようになりたいものだ。僕には無理だがね」

「……」

「でも、キミならなれるんじゃないか?」


 年端もいかぬ駆け出し剣士だったセルンへ、既に勇者として大成したエイジが言った。


「あの人と同じぐらい不器用で真面目なキミなら。あの人と同じぐらい真っ直ぐで美しい『一刀両断』を放てることだろう。この際他のソードスキルはどうでもいい」

「え?」

「僕が教えてやるから、究極の『一刀両断』を実現させてみようじゃないか」

「え? え? えぇ~!?」


 その日から、勇者エイジつきっきりの指導を受けたセルンの修行が始まった。

 勇者直々の稽古を得るなど稀有のこと、しかもそれが聖剣院きっての反抗児エイジによるものなど前代未聞。


 セルンは、その当時まだこの押しかけコーチの正体を知り得なかったが、地獄のシゴキで『一刀両断』の威力だけが上がり、実力そのものも上がった。


 教官が出題する様々な試練もすべて『一刀両断』だけでパスし――、本来は様々なソードスキルによって合格することを想定されていたのに――、多くの人々を驚かせた。


 結果セルンは一、二年のうちに急成長して練習生の中では敵なしの強さに至った。

 使う剣は『一刀両断』のみ。

 多くのライバルたちが、バカの一つ覚えの『一刀両断』に対策を立てたが、基本中の基本に弱点などなく、すべて徒労と化して競り負けた。


 そして結局、エイジが手放したあとの青の聖剣はセルンに渡ったのである。


              *    *    *


 そして武闘大会の決勝リング。

 セルンは絶体絶命の窮地に追い込まれている。


「先人はよく言ったものです。……行き詰ったら原点に立ち返れと」


 襲い掛かる赤の凶剣。


「終わりよ! ソードスキル『胡蝶の舞い』! その顔を醜く斬り刻んであげる!!」


 無数の残像に分れて、セルンへ襲い掛かる赤の刀身。


「アンタのそのナマクラ剣じゃ聖剣は防げないわよ! それとも現実を受け入れて、青の聖剣を出す!?」


 ガキィンと。

 金属のぶつかり合う音が鳴った。


 セルンの剣がスラーシャの剣と正面からぶつかり合って阻んだのだ。


「なッ!?」


 しかしセルンは決して青の聖剣に持ち替えたわけではない。

 兵士級魔剣がそのまま、青の聖剣を食い止めた。

 その刀身にはヒビ一つ入っていない。


「バカな! そのナマクラ剣で赤の聖剣を受け止めたというの!?」


 予選では、スラーシャに対して同じ行動をとった魔剣も魔槍も魔鎚も、すべてへし折られたというのに。


「不調とは恐ろしいものです。当たり前のことすら思い出せなくしてしまう」

「……!?」

「我が奥義『一刀両断』は、刀身にオーラを通してあらゆる威力を増強する強化技。剣自身の強度とて例外じゃない」


 セルンは自身のオーラで守ることにより、兵士級魔剣を聖剣と互角の強度にまで引き上げた。


「当たり前の話ですよね。これまで相手を傷つけまいと容易に使えなかった『一刀両断』。しかし聖剣の勇者であるアナタになら全力で使える」


 噴き出す剣気が、スラーシャを押し返した。

 流麗優雅を旨とするスラーシャの剣だからこそ、その剣筋は軽い。


「我が奥義……? ふざけるな、ふざけるな!!」


 後退しながらスラーシャは、改めて剣をかまえ直した。


「それしか使えない無能者のくせに! 知った風な口を利かないでよ! バカの一つ覚え! ワンパターン女! アンタごとき程度の低い女……!」


 立ち上がる真紅の剣気。


「私の百花繚乱の剣技で削り殺してあげるわ!!」

「その通り、私にできることは一つしかない」


 つまりそれは……。


「一つですべて事足りる!」

「ソードスキル『胡蝶の舞い』!!」


 再び襲い来る、蝶の群れを模した無数の残像。

 飲み込まれれば斬り刻まれる。


「ソードスキル『一刀両断』!」

「きゃあああああッッ!?」


 蝶の群れは、一陣の烈風によって苦もなく吹き飛ばされた。

 速度を優先した軽い剣筋では、激突の衝撃で必ず競り負ける。


「ならばこれよ! ソードスキル『雀蜂』!」

「ソードスキル『一刀両断』!」


 二つの剣閃は中空でぶつかり合って相殺された。


「そんなッ! 蜂の一刺しのごとき速度と正確さを誇る『雀蜂』が……!」

「たしかに速くて正確でしたが、『一刀両断』で充分に再現可能な域です」

「おのれえええええッ!」


 スラーシャは勇者として、数多くのソードスキルを修得してきた。

 それ自体は間違いではない。

 数多くの状況に備えてできる限りの選択肢を蓄えておくことは重要なことだ。


 しかしスラーシャは、選択肢の多さに胡坐をかき、一つ一つを磨き上げることを怠った。

 極限に至らなかったナマクラをいくら揃えようと、鬼気迫る一振りには対抗しえない。


「ソードスキル『絡新婦』!」

「ソードスキル『一刀両断』!」

「ソードスキル『花蟷螂』!」

「ソードスキル『一刀両断』!」

「ソードスキル『紅蜥蜴』!」

「ソードスキル『一刀両断』!」

「きいいいいいッッ!?」


 スラーシャは、頭の髪を掻きむしる。


「なんで!? なんで私の百花繚乱の剣が通じないの!? あんな代わり映えのないダサくてイモい初歩技に!?」


 しかも武器は、聖剣よりも強度の劣る兵士級魔剣。これが聖剣か、勇者級以上の魔剣であればとっくに勝負がついていただろう。


「……いいわ、胸糞悪いけど使ってあげる。私のもっとも得意とするソードスキル『蠍赤星』で!」


 赤の聖剣に、尋常ならざる剣気がこもる。


「必殺技だけどかまわないわよね? お前のようなエセ勇者は、ここで醜く死ぬべきなのよ!」

「なるほど、それがアナタの必殺剣というわけですか? しかし惜しい」


 魔剣に、青き剣気が宿り始める。


「その凄まじき剣気も軽い。その軽さで必殺剣にはなれませんよ?」

「煩い死ねええええッ!!」


 赤い尾針と直線の青。

 二つは真正面からぶつかり合って、すべてを吹き飛ばした。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 『兵士級魔剣がそのまま、青の聖剣を食い止めた。』の台詞の青の魔剣➡︎赤の魔剣の誤字ですね。
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