200 強襲の赤
こうして第一回戦、波乱の対戦カード。
セルンvsスラーシャの人間勇者対決が始まった。
「試合開始!!」
しかし対戦は、始まりから有利不利の均衡が崩れ去っていた。
片や、勇者が使うべき聖剣をそのまま使い。
もう一方は、大会のルールに則って兵士級素材の魔剣を使用する。
魔剣がいかにモンスターに通じると評判の魔器でも、聖剣と互角にやりあえるのは勇者級素材を使用してから。
兵士級魔剣を振るうセルンは、武器の性能差で圧倒的不利を強いられていた。
「同じ勇者同士なら、武器の性能差は勝敗を定める決め手となる。ま、私はお前を勇者とは認めないけれど」
「…………」
「そのナマクラ剣で、私の美麗剣をいつまで受けきれるかしら? ソードスキル『胡蝶の舞い』!」
スラーシャの使う聖剣の、赤い刀身がゆらゆら揺れて残像を生む。
無数に増えた赤の刀身が、独特の曲線を描いてセルンに迫る。四方八方から迫りくる斬閃すべてに対すよする方法はない。
「ぐぬううううッッ!」
地面を転がりながら何とか回避したセルンだが、体表にいくつかの創傷は残った。
「ソードスキル『胡蝶の舞い』は、乱撃系『五月雨切り』の上級スキル。残像が起こるほどの素早い動きに不規則な軌道を加え、より敵を惑わす」
まさしく蝶の群れが舞い飛ぶかのように。
スラーシャを中心にして、真っ赤な羽の蝶の群れが飛び交う。
「『一刀両断』しか使えない不器用なお前にはできない芸当でしょう? 本物の勇者の実力を思い知りなさい!」
再び襲い来る蝶の群れ。
それに対してセルンは剣をかまえるが……。
「受けちゃダメ!!」
リング外からの呼びかけにセルンは反応する。
「兵士級の魔剣じゃ聖剣には敵わない! 受けた途端に折られるわよ!!」
「くッ!」
ギャリコからのアドバイスを受けて、バックステップでかわす。
不規則乱撃の『胡蝶の舞い』を回避するには、斬撃すべてを面と捉えて大きく回避するしかない。
「狭いリングで、そんなにピョンピョン飛び跳ねていたら、すぐに追い詰められてしまうわよ?」
「ぐ……!」
「場外負けなんてやめてよね? お前にはもっと無様に、醜い敗北を与えてやりたいのだから」
スラーシャの剣筋が変わった。
「ソードスキル『雀蜂』」
「ぐッ!?」
今度は突き技。
鋭い刺突が矢のように放たれ、セルンの頬を掠める。
「よけた? 醜い口裂け女にしてあげようと思ったのに。ならばこれよ。ソードスキル『絡新婦』」
「がっふ!?」
「ソードスキル『花蟷螂』」
「くぁッ!?」
「ソードスキル『紅蜥蜴』」
「あああああッ!!」
スラーシャは多彩なソードスキルの連発で、セルンに反撃の暇も与えない。
「おほほほほほほ……、美しいでしょう? 多彩なソードスキルによる極彩色の剣の舞い。お前のような芋剣士には絶対に真似できない」
「……!」
「それがお前の限界よ。『一刀両断』しか使えない? バカじゃないの、そんな誰でも使える最低難易度の素人剣。それしか使えないなんて才能がないこと証拠!」
「…………ッ!」
「つまりお前には剣の才能がないってことよ。そんなお前が勇者に選ばれる。なんて理不尽! 許しがたい間違い! その間違いを私自身の手で正す!」
再び赤い刀身が残像となって歪み、セルンに襲い掛かった。
* * *
「スラーシャは、その歪み切った性格に反して、勇者としては非常にオーソドックスだ」
リングのすぐそばで戦いを見守りながらエイジが言う。
「多彩なソードスキルを修め、状況に応じて使い分ける。現世代の聖剣の勇者はむしろ自身の得意技を徹底的に鍛え上げる傾向が多いが、本来スラーシャのやり方こそが基本のスタイル」
『幻惑剣』のフュネス。
『一刀両断』のセルン。
『方円随器』のモルギア。
それぞれがそれぞれの定めた不破の技を徹底的鍛え上げることでモンスター対抗への手段と昇華した。
それもまた一つの究道であろうが、多彩を極めるモンスターの性質に、それぞれ対応すべき数多くの技を取り揃えるのも勇者としての立派な正解。
事実エイジ自身もそのタイプの勇者だった。
「スラーシャもまた、多彩なソードスキルを自在に使いこなすことで認められ、赤の聖剣を手に入れた。基本に忠実なタイプだ」
そしてそういうタイプには隙がない。
格下がまぐれで勝つには難しい相手とも言える。
「武器の性能もそうだが、使い手自身の力量も……! セルンが青の勇者に就任した時には、スラーシャは既にベテラン勇者だった……!」
「おだまりなさい!!」
すぐ隣でギャリコから怒鳴られ、エイジがビビる。
「アナタ、セルンを信じられないの? 旅に出てからずっと、アナタが付きっきりで育ててきた剣士がセルンでしょう。時間の差なんて関係ない。セルンがアナタの下で過ごした日々は、一日が数年に匹敵したはずよ!」
数え切れないほどのモンスターと戦ってきたし、その中には勇者級もいれば覇王級もいた。
戦いに明け暮れた日々と、寝て過ごした日々は根本から違う。
「アタシね……、思うの。大会が始まってからのセルンの不調。それは武器が変わったからとか、ルールで得意を封じられたからとか、それだけが理由なのかしら?」
「え?」
「セルンは真面目だもん。考えたら、とことん考え込んじゃう。ここ最近セルンはずっと考え込んでいた」
「え? ウソ? いつから?」
「アナタまったく気づかなかったの!? 人間族の勢力圏でモルギアさんと出会ってからよ! ここに入ってからセルンはますます悩んでたみたい……!」
* * *
黒の聖剣モルギア。
勇者でありながらたった一人で覇王級モンスターと渡り合うことのできる。限りなく覇勇者に近い勇者。
人間族の勢力圏内、タグナック王国で出会った放浪勇者は、それ以外の勇者とは比べ物にならないほど深淵なる技と、清廉な精神を持ち合わせた勇者だった。
例外と思われたエイジ、グランゼルドに迫るほどに。
セルンにとって、その出会いは衝撃だった。
エイジやグランゼルドのような覇勇者だけが特別だと思われていたのに、その特別に踏み込む存在は他にもいた。
自分が特別だと決めつけ、到達不可能だと思われていた領域は、努力次第で踏み込むことができる領域だった。
それがセルンの世界を一変させた。
彼らの領域が特別だと思い込んだことは彼女の認識の低さであったことがまず衝撃で。
そこに踏み込もうと思いもよらなかった自分の志の低さになお衝撃を受けた。
それに続き、ドワーフの都に再来訪してからも当然を覆されるような衝撃がセルンを襲った。
魔剣を量産化することによって世界が改まる動き。
それを少しも思いつかず、自分たちだけで世界を変えられると思っていたエイジとギャリコの天才ぶりにも驚愕したが、道が開くと同時にそこへ突っ走る二人の行動力にも衝撃を受けた。
ずっと旅してきた三人なのに。
自分だけが凡人なのではないか。
人には、到達できる領域があらかじめ決まっていて。
自分が突き詰められるのは、あの人たちが進める領域の一歩手前までではないのか。
剣の極限を成し遂げたものは、己の振るう剣に真理を映し出す。
エイジは、真上からすべてを睥睨する『天』の理合を映し。
モルギアは、無形にていかなる形にも変わる『水』の理合を映した。
自分の剣には何が映せる。
何も映せない。
それが凡人の征きつけない限界であるといつしか納得するようになった。
それが自分の在り様なのだと。
長いこと修行して、ついに知った自分の凡庸。
あの言葉から始まった彼女の旅は、ここで執着なのか。
彼が言った。あの言葉……。
「あの人の剣には、『剣』が映っている」





