01 鉱山集落
主人公エイジは、自分で剣を作るためにドワーフに鍛冶技術を教わろうと弟子入りします。
エイジは騒ぎになったり、聖剣院に見つかりたくないので正体を隠して働いています。
この広い広い世界には、多くの人類種が土地を分けて暮らしている。
人間族やドワーフ族、エルフ族、竜人族、他にも多数。
それぞれが、それぞれの神をもって暮らしている。
彼らには種族それぞれの得手不得手があり、大抵の場合その得手に合わせて住処を決める。
いわばテリトリー。
たとえばドワーフ族が得意なのは鍛冶。
ドワーフの神ペレから与えられたという太くて力強い腕、それに鍛冶スキル。
それらによって鉱物から様々なものを作り出せるのはドワーフだけに許された技だった。
それゆえドワーフは、鍛冶の材料となる鉱物を重要とした。
重要とするあまり、鉱物の産出される鉱山に住み着いた。
現在、大抵の鉱山はそのままドワーフの住処となり、その住処は他種族から『鉱山集落』などと呼ばれている。
鉱物を掘り出すための坑道。鉱石から鉄を精錬するためのたたら場。そして出来た鉄を製品に変える鍛冶場。
自然から掘り出したものを製品加工するまで必要なすべてが一つの集落に揃っていて、そのすべてをドワーフたちが取り仕切っていた。
鉱山集落は、この世界にある鉱山と同じ数だけあると言われている。
その中の一つ。
主に鉄を産出して加工するだけの小さな鉱山集落があった。
そこで働くのは当然ドワーフばかり。
しかし、ドワーフばかりの鉱山でただ一人、別の種族が働いていた。
それは人間族だった。
人間族の守護を担う新たなるソードマスターが忽然と姿を消して、半年が経過していた。
* * *
「おいエイジ! グズグズしてねえで鉱石運び出せ!!」
「はい! ただいま!!」
今日もエイジは、先輩ドワーフからどやしつけられる日々。
坑道の奥底で、ハンマーにて砕き割った鉱石は、外の製鉄炉で溶かし精錬して鉄に変わる。
そのためには鉱石を坑道の外に運び出さねばならないわけで。
鉱石いっぱい乗せた手押し車を、思い切り押し走っているのがエイジだった。
ドワーフばかりが働く坑道でたった一人の人間族。
太い矮躯のドワーフに囲まれて、人間の細身はより一層目立った。
「エイジ! ハンマーが折れちまった! 代わりもってこい!!」
「はい!!」
「エイジ! 喉渇いた! 水!」
「はい!」
「エイジ! 坑道掘り進んだら地下水出てきた!」
「退避ですよ!!」
「エイジ! 落盤した!」
「ちょッ!?」
数か月前に入ったばかりの新人ということもあって、エイジの集落での立場は最下級。
坑道での過酷な作業に従事し、同じ職場の先輩ドワーフからは顎で使われる。
そこにいるのは過去、清らかなる聖剣院のお偉方からソードマスターと讃えられた人物とはまったく別物のように思えた。
もしかしたら本当に別物なのかもしれない。
で、落盤の話である。
掘り進んだトンネルの天井もしくは側面が崩れてしまうことだ。
「逃げて! 逃げてぇぇーーーーーーッッ!!」
坑道で落盤事故など日常茶飯事であるが、これで生き埋めにされたら確実に死ぬということで、この時ばかりは身分も種族も関係なく一緒になって逃げる。
崩れ落ちる坑道から。
エイジなどは逃げるドサクサでケガを負った先輩ドワーフを二人も抱えて走るが、それでも普通に、安全圏まで逃げ去ることができた。
「ここまで来れば大丈夫……」
坑道での作業は怖い。
落盤はもちろん、地下を掘り進めば有毒なガスが噴出することもあるし、地下水だって湧き出る。
いずれもガスを吸って中毒死。地下水に飲まれて溺死など普通にありうる。
死と隣り合わせの魔界、それが坑道だった。
「えーと、皆さん無事ですかー?」
危険区から逃れた者の中で、最初に全員の安否を確認する余裕が生まれたのはエイジだった。
全力疾走で息切れしたのだろう、へたり込むドワーフたちの見知った顔を確認して、数を数える。
「……よし、ちゃんと全員いるな」
「お前のおかげで助かったぜ、エイジ」
と言ったのは、逃げる出だしで足を挫き、エイジに背負われることになった先輩ドワーフだ。
「お前が担いでくれなかったら、今頃オレは落盤から逃げられずに生き埋めになってただろうよ。お前は命の恩人だ」
「当然のことをしたまでですよ」
ドワーフは、他種族と比べて筋力、耐久スキルは高いが敏捷スキルが低い。
そんな中で、落盤から逃げるために限界以上の速力で走ったのだから、へたばりもする。
「こういう時、全部のスキルが平均的な人間は得だわなあ。どんな状況にも対応できる」
「器用貧乏なだけですよ。こういう場合だと、敏捷スキルの高いゴブリンかエルフの方がもっと楽に逃げられたでしょうに」
「バカだな。ゴブリンはともかく、お綺麗なエルフ様風情がこんな地下に降りてい来るかよ!」
ガッハッハ、と笑い声が細い坑道で反響する。
「笑いごとかお前たち!!」
そんなドワーフの一団に、檄が飛んだ。
しかもその檄は、やたらと高くて甘い響きの声だった。
それもそのはず、檄を飛ばしたのは見惚れるぐらいは美しい女性だったから。
女性というよりは、少女と言っていいぐらいの若さ。
「ギャリコお嬢……!?」
しかしむくつけきドワーフたちは、その少女へ一斉に身をすくませる。
少女はギャリコという名で、この鉱山集落全体を取り仕切る親方の娘。さらに坑道エリアの監督を任されていた。
要は責任者の登場というわけだから、緊張もするというわけである。
エイジも当然、両腕をピッタリ胴に張り付け直立した。
「落盤は大事故よ!! 死人が出なかったからって笑って済ましていい事態じゃない! 坑道の掘り手は誰!?」
「はいぃッ!?」
とへばっていたドワーフの一人が縮み上がった。
あのドワーフが、坑道を掘り進める先で地下水を掘り当て、落盤の原因を作ってしまったのだろう。
「こういう事故を起こさないために採掘スキルを日頃から上げておけって言ってるでしょう!」
採掘スキル値500以上で覚えられる『危険感知』があれば、地下に埋蔵されている地下水脈やガス溜まりを予知して避けることができる。
つまり今回先頭で掘削していたドワーフは、掘削スキルが500に達していなかったということだった。
「ま、まあお嬢……!」
見かねたエイジが、取りなしにかかる。
「仕方ないですよ、今は坑道エリアも人手不足なんですし。充分なスキル持ちで前衛を揃えるわけにはいきませんって」
「人間族のアンタなんかを雇っちゃうくらいだしね!」
ギャリコからの盛大な皮肉がエイジに叩きつけられた。
それでエイジも二の句が出ない。
「……まあ、いいわ」
溜め息と共に、ギャリコの鬼の形相が女の子らしい可愛げなものに戻った。
「とにかく死人が出なかったのは幸いね。落盤で坑道も埋まっちゃったし、ここのチームは分散して、他の掘削を手伝って。誰でもいいから掘削スキル値500を超えるまでね」
「は、はいぃ……」
「それから……!」
ギャリコの視線が、エイジの方を向いた。
「アンタも、ウチの鉱員たちを助けてくれてありがとう。助かったわ」
「うえー……?」
突然ねぎらわれて咄嗟の対応ができず、変な声を漏らしてしまうエイジだった。
「でも、いい気にならないでよね。そもそも落盤起こしたこと自体が落ち度なんだから。それを上手くしのいだからって評価しないんだから!!」
と声を怒らせ去っていくギャリコ。
彼女はエイジのことを目の敵にでもしているのだろうか。