197 人の明暗
こうして多くの強者が輝きを放つ中、反して輝ききれない者もいた。
「セルン、調子悪いな……!」
「そうね……!」
人間族の青の勇者セルン。
彼女もまた大会に参加していたが、他の勇者たちに比べて存在感はどうも薄い。
動きに精彩を欠いている。
「……ッ!」
「隙あり! ソードスキル『中梅花』!」
人間族の傭兵が放つソードスキルに、セルンは脇を固めて防御に徹する。
彼女が今持っているのは、馴染の青の聖剣ではなく貸し出された兵士級の魔剣。
それが武闘大会の趣旨ゆえ当然と言えなくもないが、その取扱いの差にセルンは戸惑っているかのようだった。
「元々不器用な子だからな。……あっ、また相手の隙見逃した」
リング脇で観戦するエイジも心配の風。
今日のセルンは明らかに動きが鈍く、モンスター相手であれば必ず逃さない隙も、連続して見逃している。
「思えばセルンは対モンスター戦ばかりで人類種との戦いはほとんど経験していないもんな。慣れていないのも仕方ないか」
「だからってあまりにも動きが悪すぎじゃない。いつものセルンの十分の一も力を出せていないわ」
ギャリコも一緒になって旅の仲間の苦戦をハラハラと見詰めていた。
そうこうしているうちにセルンはリング隅まで追いやられる。
「ハッ、勇者なんて言っても大したことないな! これじゃあ覇勇者のエイジも大したことなさそうだぜ!」
「……ッ!?」
優勢に驕り、対戦相手の傭兵は不用意な言葉を放つ。
「まずは平勇者を倒して金星だ! その上で覇勇者エイジを倒す!」
「ソードスキル……『一刀両断』!!」
魔剣から放たれる斬閃。
その圧をまともに浴びて、対戦者は吹き飛ばされた。
「ぐはあッ!?」
「試合終了! 勝者、人間族セルン!」
セルンの勝利で終わりはしたが、勇者の戦いとしておくにはあまりに不器量な顛末だった。
「……みっともない戦いだな」
エイジも一言で斬り捨てた。
「対戦相手が担架で運ばれていく。……やはり『一刀両断』をまともに受けて無傷では済まないか」
「魔剣の切れ味はガマ油で封じてあるのに……?」
「ソードスキル『一刀両断』の特性は、刀身にオーラを纏わせることで切断力を上げたり射程範囲を広めること。純粋な強化技で。だからこそどんな局面でも有効に使える」
そんな万能技『一刀両断』が唯一苦手とする状況が、『力をセーブする』ことだった。
純粋な強化技であるからこそ、真逆である手加減は不向き。
「セルンが苦労しているのも、そういう原因からだろう。彼女は『一刀両断』以外のソードスキルを持たないからな。その『一刀両断』の特性を封じるルール下で勝ち上がるのは難しい」
「それだけかしら?」
一緒に観戦しているギャリコが呟いた。
「たしかにセルンは今、絶不調だわ。でもそれは得意の手が封じられたからとか、そんな簡単な理由からとは思えない」
「思えない? とうして?」
「エイジはアタシを舐めてるの? アタシはもう、かなり長い間セルンと一緒に旅して、死ぬような目にも一緒に乗り越えてきたのよ。友だちの状態ぐらい多少は察することもできるわ」
「そうですか……!」
何故か怒られている流れになってしまいエイジは押し黙った。
セルンは次の試合も、その次の試合も、苦戦の末に何とか競り勝った。
* * *
そしてその一方で、破竹の勢いで勝ち続ける出場者もいた。
赤の勇者スラーシャである。
魔武具拡散を恐れる聖剣院から派遣された彼女は、抗議による大会中止が不可能とわかると、みずから大会に参加した。
そこで好成績を叩き出し、大会が巻き起こそうという風潮に掣肘を加えようという魂胆なのだろう。
人間族を守る聖剣院の代表として、リングに上がった対戦相手を片っ端から叩き潰す。
勝利までの時間がほぼ十秒を越えないのはセルンと対照的だった。
「ソードスキル『胡蝶の舞い』」
不規則に踊るスラーシャの運剣は、対戦者の視覚を惑わし思わぬ角度から斬りつけ、防御を容易としない。
「うぎゃあッ!?」
また一人、スラーシャの凶剣を身に受け血飛沫を上げる。
しかしスラーシャが圧倒的に勝ち進むのは、勇者に抜擢されるほどのソードスキルだけが理由ではなかった。
「あれは……!?」
駆け付けたエイジが、スラーシャが手にしている剣を確認する。
「あれは赤の聖剣じゃないか!?」
武闘大会では、ドワーフが作り出した魔武具をレンタルして利用するのが大前提のルール。
スラーシャはそれを無視して、聖剣院より賜った赤の聖剣で戦っているのだ。
先日エイジによって折られたのも、時間を置いて完全に修復されていた。
「聖鎚院長より許可は取ってありますわ」
戦いを終えて、スラーシャはリング外のエイジと対峙した。
「聖剣院からの抗議を取り下げる代わりに認めさせたのです。私が、聖剣を持って大会に出場することを」
「なんだと……!?」
「汚らわしい魔武具とやらは、聖剣と代わりになることができるのでしょう? だからそれを証明する機会を与えてやったということです」
実際本当に、魔剣で聖剣を打倒しうるのか。
「私からも、別のことを証明するつもりですがね。所詮魔武具など下等種族の作った下等なオモチャ。神が与えし聖剣の足元にも及ばないことを示して差し上げましょう」
スラーシャの足元には、いまだ受けた刀傷に動けずにいる対戦相手が呻き倒れていた。
その彼が持っていた魔剣を拾い上げ、それ目掛けて赤の聖剣を振り下ろす。
「フンッ!」
魔剣は即座に複数の破片に斬り刻まれた。
「本当に簡単に折れること! よくまあこれで聖剣の代わりになると言えたものだわ!!」
「…………」
「こんなオモチャを得物にしていては、私でもエイジ様に勝つ目がありそうですわね。お待ちくださいまし。アナタの持っているそのオモチャも折って差し上げれば、アナタが本来握るべき覇聖剣を持ちやすくなることでしょう」
結局スラーシャは、誰よりも早く決勝トーナメントへの進出を決めた。
対戦者は例外なく重傷を負い、持っていた魔武具を破壊されていた。





