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196 強者錚々

 波乱が巻き起こっているリングは他にもあった。


「もう一度言ってみていただけませんか?」


 ハープの音色のように美しい声が奏でられる。

 人類種一美しいと言われるエルフ族の声。


「弓矢は一定の距離を空けてこそ効果を発揮する武器。戦闘面積の限られた試合場では役に立たない……」

「…………ッ」

「そのセリフ、もう一度言ってみてくださりません? そうそう、こうも言っていましたわよね? 『接近戦でエルフなど恐れるに足りない』って」


 エルフ族の勇者レシュティアと当たった大会参加者は、既に満身創痍となっていた。

 そこまで酷いケガはないが、体中くまなく打撲やすり傷だらけでとにかく負傷個所が多く、息を乱している。


「……ゼェ、ゼェ」


 そして対するレシュティアはかすり傷一つなく、エルフ族特有の美しい肌を誇示していた。

 その手に持つのは、彼女の勇者たる証・聖弓ではなくドワーフから貸し出された魔弓。

 兵士級モンスター、グラスホッパーの後ろ足を原料に作った強弓だった。


「何故だ……、何故オレの攻撃が少しも当たらねえ……?」

「アナタが浅はかだからでは?」

「エルフなんて、弓矢を遠くから飛ばすだけが取り柄の種族じゃねえか! リングっていう限られた面積で、接近戦しかできない状況じゃ何もできねえ!! そうじゃなかったのか!?」

「そう勘違いしたのがアナタの敗因ですわ。浅はかな人は浅いところしか掴めない」


 レシュティアの対戦者は、いかにも歴戦を積んでいるとばかりのドワーフ兵だったが、戦況は圧倒的だった。

 圧倒的にレシュティアが有利だった。


「これは戦いではなく試合だそうなので、ご教授がてら教えて差し上げますわ。エルフ族においてアロースキル以上に重要な、感覚スキルの恐ろしさを」

「おごおおおおおおッッ!!」


 対戦相手のドワーフ戦士が、渾身を込めて魔鎚を振り下ろす。

 しかしレシュティアは一瞬先に、流れるような淀みなさで身をひるがえして回避する。


 最初からこんな調子で、相手の攻撃は一撃たりともレシュティアに掠りもしなかった。


「感覚スキルをもつエルフ族の知覚能力は、全人類種一です。その能力は弓矢による遠当てだけに利用されると思われているようですが、それも浅はか」


 踊るような華麗さで攻撃をかわす。


「眼だけではない、耳、鼻、そして全身の皮膚から、光や空気の流れを微細まで正確に感じ取る。その情報を把握すれば、アナタの動きなど数秒先から正確に予測できます」


 それがエルフ族の感覚派生スキル『ルサルカの惑わし』というフットワーク技に繋がる。


「ライガーのような超人的な瞬発力か、セルンさんやエイジ様のような兵法スキルの戦術組み立てを用いるかでアタクシの感覚力を上回らない限り、わたくしに攻撃を加えることはできません」


 彼女に対するドワーフ兵士は、いずれも持ち合わせてはいなかった。


「だから言ったのです。エルフに接近戦ができないなどいうのは浅はかな先入観でしかないと」


 魔弓をつがえ、弦を引く。


「ッ!! 今だ!!」


 それに反応し、対戦相手が突進する。


「いくらヒラヒラ逃れようと、攻撃の瞬間には隙ができる! その一瞬で当てさえすれば! 華奢なエルフ女など一撃粉砕よ!!」

「アロースキル『爪弾き』」


 狙う必要もない。

 中級アロースキル『爪弾き』は、弓の弦を揺らすことで空気を振動させ、一定範囲に衝撃波を巻き起こすスキル。

 その衝撃波をまともに浴びて、対戦相手は場外まで吹っ飛ばされた。


「んぐはああッッ!?」


 勝利確定。

 レシュティアも勇者としての貫禄を遺憾なく発揮することができた。


「実りのない戦いでした。早くセルンさんかライガーと手合わせしたいものですわ」


              *    *    *


 さらに別の場所でも……。


 その奇妙な大会参加者は、思ってもみない意外なセリフで運営者たちを困惑させた。


「武器の貸し出しは必要ない」


 と言ったのだ。

 魔武具を扱う大会の趣旨を無視するのかと色めき立ったが、少し違った。

 彼女は魔武具ではなく、武器自体を必要としなかったのだ。


 そんなことがあり得るだろうか。

 人間族なら剣。ドワーフ族ならハンマー。竜人族なら槍。エルフ族なら弓。


 人類種はそれぞれにもっとも得意とする武器を持って、それがなければ戦えないのではなかったのか。


 彼女は諸手に何も持たぬままリングに上がった。

 対戦相手の人間族は、貸し出しの魔剣を手にしたまま戸惑うばかり。


 いくら試合であっても丸腰の……、しかも年端のいかぬ少女に斬りかかるわけにもいかないではないか。


 審判までヤケクソ気味に「試合開始」と叫んで、その瞬間勝負は決した。


「空拳スキル『正拳突き』!」


 少女の拳が、対戦相手の胸板にクリーンヒット。

 相手はそのまま崩れ落ちて、そのまま呻き声も上げずに気絶してしまった。


「他愛ない。外の人類種の実力はこの程度か?」


 少女はつまらなそうに言った。


「ならばこのまま、おれが最後まで勝ち続けることになりそうだな。このオニ族の勇士にしてエイジ兄者の従姉妹であるこのサンニガ様が!!」


 徒手空拳にて魔武具と渡り合う。

 そんな予想だにできないダークホースの登場に、会場はまたしても沸き立った。


「何なんだ、あの小娘は!? 一体何族なんだ!?」

「しかも覇勇者エイジの従姉妹!? 何言ってやがる!?」

「よくわからないけど納得だ! よくわからないことに納得だ!!」


 女神イザナミの生み出したオニ族は、長く歴史の奥底に封じられてきた秘密の種族。

 それが今日初めて日の目を浴びた。


              *    *    *


「サンニガのヤツ、出場してたのか」


 みずからは優勝者対戦枠となって暇を持て余しているエイジが、久方ぶりの従姉妹の雄姿に呆れ返っていた。


「最近見ないと思ったら、そんなことになっていたとは……!」

「クリステナさんに付いて観光ばっかしてると思ったのに……!」


 共にいるギャリコも呆れ気味。


 他種族のいかなる常識にも当てはまらないサンニガの闘法は、台風の目にもなりかねなかった。


「ライガーもレシュティアも大活躍だし、主なカードは出揃ったかな?」

「あら、それならもう一人重要な面子がいるじゃない。何よりアタシたちに重要な……」


 その時だった。


 空からヒュルルル……、と何かが迫ってくる音が聞こえる。

 そしてエイジたちの足元でドガンッ、と激突音が鳴った。


「何だ?」

「エイジこれ……!?」


 二人の足元には人が転がっていた。

 先ほどの落下音と激突音は、人が空を飛んで落ちてきた音だったのだ。


「どこかのリングで戦ってたのか?」

「ちょっと待って……? 彼って!?」


 しかもさらに驚くべきことに、何処からともなく吹き飛ばされたのはドワーフ族。聖鎚の四勇者の一人、黒の聖鎚デグだった。


「勇者が負けた!?」

「一体誰よ対戦者は!? 誰が彼を負かしたの……!?」


 しかし、それは当然のことだった。


 ドワーフの黒の勇者デグを倒したのは……。

 それを上回る覇勇者。


「ドレスキファ!?」


 リングに屹立する覇勇者の雄姿に、目撃するエイジたちも驚くばかり。


「何でお前が!? お前は出場しないんじゃなかったのか!?」


 聖鎚院の権威を守るため。

 聖鎚の覇勇者は万が一にも負けてはならないと、武闘大会に関わるのを禁じられたのではなかったか。


「知るかよ……! そんなこと……!」


 同胞のデグを吹き飛ばし、貸し出された魔鎚を下げてドレスキファが言う。


「オレは覇勇者だぜ……! そのオレが、尻尾を巻いて危険から逃げて、守れるプライドがどこにある!!」


 覇聖鎚の代わりに、魔鎚を天高く掲げて覇勇者は吠える。


「待ってろエイジ! 優勝してお前への挑戦権を得るのはオレだ! 最終決戦は覇勇者と覇勇者の戦い。それ以上に相応しいものはねえ!!」


 あまりにもあられもない挑戦に、エイジは苦笑で応えるしかなかった。


「思ったより楽しい祭りになりそうだな」

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