194 セレモニー
そしてついに武道大会が開催された。
「よくぞ集まった! 人類種の強者たちよ!!」
大会主催者として聖鎚院長が開会の辞を述べる。
「本大会の趣旨は、我がドワーフ族一押しの新商品、魔武具のデモンストレーションである! よって大会参加者たちは、当運営が貸し出す魔武具を使って戦うのがルールじゃ!」
聖鎚院長が登っている壇上に、多くの武具が物々しく並ぶ。
表面の重苦しい艶から、モンスター素材であることが一目でわかった。
「この魔武具はモンスターの体から作られ、モンスターの体を傷つけられる唯一の人造武具じゃ。本日は皆この魔武具の性能を大いに堪能し、気に入ったものがあれば買い求めてほしい!」
おおおおおおおッ。
と会場から歓声が沸き起こる。
結局大会の参加者は五百人を超え、近年稀に見る一大イベントへと発展した。
しかし参加者たちの反応は、聖鎚院長からしてみれば少々辛い。
「うるせえ! そんなことはどうでもいいんだよ!!」
「オレたちは、あの人にお目に掛かりたくて来たんだ!」
「あの人を出せ! 宣伝通りだって証明しろ!!」
参加者たちの要求は一つだった。
「「「「人間族の覇勇者エイジ様を出せ!!」」」」
現在のところ、注目されているのはエイジだけで魔武具への興味は希薄。
それは仕方ないと、聖鎚院長は自信を崩さない。
「わかったわかった。それでは先んじて登場してもらおうか」
促されて壇上に上がる……。
「彼こそ地上最強の人間族の覇勇者エイジじゃ」
「「「「うおおおおおおおおーーーーーーーーーーッッ!!」」」」
注目を浴びまくってエイジは気の遠くなる思いだった。
しかし約束でもあるので逃げるわけにはいかないし、苦手だとは言ってもリストロンド王国から度重なって衆目に晒され、そろそろ慣れてきた感もある。
「よいかー!? この大会には、覇勇者エイジ殿に挑戦できるという栄えある特典がついておる! しかし!!」
「しかし?」
「その栄冠を掴める者はたった一人じゃ! 大会優勝者! その者のみに覇勇者エイジに挑戦できる権利を与えよう!!」
それを聞いてエイジは当惑した。
まったくの初耳だったからだ。
「え? 一体いつからそういうことに?」
てっきり他の参加者と交じって大会に出るものと思っていたエイジなので、困惑するのは仕方がない。
参加者には聞こえない小声で聖鎚院長に抗議する。
「予定変更じゃ。参加者どもがここまでお前一人を目当てに殺到するなら、よほどお前を大事に扱っていかんと」
仮にエイジを一般参加者として戦わせ、万が一でも予選一回目で敗退などしようものなら一気に白けてしまう。
「それならば優勝賞品として扱い最後まで温存しておいた方が安全策じゃ。ガタガタ言わんと話を合わせろ」
「本当に小賢しいな。利に聡くて」
しかしここで反対しても特に何かあるわけでもないので、同調しておく。
「皆、覇勇者エイジへの挑戦権が欲しければ奮戦し、優勝の栄冠を掴むがいい! そこで! 予選開始に先立て覇勇者エイジにパフォーマンスを見せてもらうとしよう!」
「はい?」
エイジが状況を飲み込むより早く、ステージに新たな物体が上った。
それは巨大で、既に物言わぬ物体でしかなかったが、元は生物であったことが窺えた。
「これは勇者級モンスター。ヘクトカブトの死骸じゃ。安心せよ、我が聖鎚院の勇者に倒され、既にこと切れておる」
それは超巨大な甲虫型モンスターであり、丸々と巨大な体躯はたしかに角をへし折られ頭部がひしゃげ、生命力も消え去っている。
恐らく外でドワーフ勇者が激闘の末に倒したものを、魔武具の材料にするために都へ持ち帰ってきたものだろう。
ドワーフの兵士数人がステージに上がり、その手にはらしくもなく槍が握られていた。
その槍がモンスターの死骸に突き立てられたが、例外なく槍の穂先は砕け、柄は折れた。
通常素材の武器ではけっして傷つけられませんという実演であった。
「覇勇者エイジには、これからこのヘクトカブトの死骸を魔剣で両断してもらう! モンスターを斬り裂く魔武具の力、まずはその眼で確認してもらおうというわけじゃ!!」
聖鎚院長の発表に、会場が「おお……」と沸き立つ。
魔武具については、その性能へ半信半疑。エイジ目当てで、そっちには興味すらない者も多数いる。
そうした層へ、まずは掴みの一発を叩き込みたいところなのだろう。
そんな聖鎚院長へ、再び小声で囁きかける。
「あまり無茶振りしてくるなよ? ヘクトカブトは甲虫型で頑丈さが売りのモンスターだ。甲殻の防御力だけなら覇王級に匹敵するとか言われてるんだぞ?」
「え? マジで?」
知らなかったらしい。
「これで失敗したらかっこ悪いなあ。んぎぎぎぎぎぎ……!」
また精一杯力を込めて魔剣キリムスビを引き抜く。
覇王級ハルコーンの角を材料に、神の祝福がかかった絶剣。
振り上げられ、陽光が反射して煌めくさまを参加者観客全員が注目した。
そして放たれる……。
「ソードスキル『五月雨切り』」
一瞬のうちに数百と振り下ろされる斬撃。
あまりの速さに太刀筋が残像となって分れ、無数の刃の虚像が視界を惑わす。
その様相は、まるで夕暮れの驟雨が地面を削るかのようだった。
「「「「おおおーーーッ!?」」」
驚く観客たちの見守る中、勇者級において最硬を誇るはずの甲虫の甲殻が、青菜のごとく微塵切りにされて形を失っていった。
あっという間に原形も消え去る。
「モンスターが……、モンスターが斬り刻まれちまった……!?」
「しかも跡形もないぐらいに細かく……、コレが覇勇者の力?」
「でも、あの剣。普通の剣だよな? 聖剣じゃないよな?」
「本当にただの剣でモンスターを倒せるのかよ?」
「魔剣? あれさえ持てればオレも……!?」
エイジの所業は、充分に人々に衝撃を与えた。
「これで魔剣……、いや魔武具の方にも興味を持ってもらえるかな?」
魔剣を鞘に収め、もう用はないとステージから下りていく。
「ぱ、パフォーマンスはこれにて終了! これより試合開始じゃあ! 各員リングに向かってくれ!!」
おおおおおおおッ。
と興奮の熱を帯びた歓声が上がる。
自分をあの剣を握れば、あの武器を持てば。
覇勇者エイジのようになれる。
そんな期待が集う強者たちの中で膨らんだ。
その一事だけとっても聖鎚院長が仕掛けたパフォーマンスは成功と言っていいだろう。
* * *
その一方でエイジは、ギャリコから怒られた。
「なんで微塵切りにしちゃうかな?」
「すみません…………!」
「ドワーフ勇者どもが集めた素材の中じゃ勇者級は貴重なのよ? そりゃ、まだ学生たちの手には負えないけど、アタシの手でなんか拵えようと思っていた矢先に! あそこまでグズグズにされたら、さすがに利用不可能よ!!」
「すみません……!!」
皆の見ている前なので派手なことがしたくなった。
などと浮かれた本音はとても言えない雰囲気だった。





