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192 沸騰する都市

 魔武具作りの特別工房にギャリコを残し、帰途に就いたエイジとセルンだったが、そのまま帰る気にもなれなかった。


「どこかでメシでも食っていくか……」

「そうですね。何でもいいので気分を変えないと、胸やけが続きそうです……」


 そこで適当に大衆食堂に入って酒と料理を注文する。


「しかし、こんなにのんびりしていてもいいのですかね……?」

「武闘大会開催にはまだ時間があるからなあ」


 ギャリコたち準備に携わる者たちにとっては逼迫していても、ただ待つだけの者にとって武道大会当日は先の話。


 充分な参加者と観客が集まり、企画の成功が確信できるようになるには、まだ日数が必要だ。


「でも参加者自体は既に充分集まっているのだそうですが」

「マジか」


 出てきた料理に匙をつけながら話が進む。


「想定している参加者数をもう上回っていて。大々的な予選を行うことで対応するらしいです。貸し出される魔武具は当然数が足りず、一試合ずつの持ち回りになるそうですが、それでも一定数は確保しておかないと……」

「ギャリコたちも大変そうだな」


 元々魔武具の宣伝を目的とした大会なので、そこは外せない。


 しかしあまりに規模が大きくなりすぎて、意図せぬ事態も起き始めているのもたしかである。


「この食堂も混んでるしなあ……」

「明らかに地元じゃない人ばかりですものね」


 自分たちが入った食堂を、興味本位で見渡してみるエイジたち。


 元からドワーフの都は大都会で人の出入りが激しいが、今現在輪をかけて人口密度が増している。

 しかもこの食堂で席を埋めているほとんどがガラの悪そうな手合いであった。


 旅の傭兵であるのだろう。


「とにかくよ! オレはやるぜ!!」


 その中で、エイジたちの隣のテーブルで酒盛りしている若者が、いかにも若者らしいことを言っていた。

 エイジが横目で確認するに、人間族と思われる。

 何をやるのか具体性のないところが特に若者らしい。


「武闘大会に出場して、優勝とは言わないまでもいいところまで勝ち上って、オレの実力を知らしめてやるんだ! そして出世街道まっしぐらだぜ!」

「はいはい。そういうのはせめて予選突破してから言いなー」


 相席で話につき合っている連れは、若者の鼻息荒さを適当にいなしている風情だった。

 さらに相席の誰かが茶化すように言う。


「大体よ、この大会で優勝してどう出世するっていうんだよ? この大会って優勝しても、それほどドデカい得はないだろう?」


 それを盗み聞きして、エイジもふと気になった。


「そういえば、この大会優勝賞品とか出るの?」

「一応一定の賞金が出るはずですが」


 なるほどとは思ったが、それで出世できるかと考えると首を捻らざるをえない。

 しかし隣の若者は活気だっていた。


「バカだなお前ら、賞品賞金なんかどうでもいいんだよ! この大会にはもっと大きな目玉があるだろう!!」

「「何?」」


 促されて若者が誇らしげに言った。


「聖剣の覇勇者エイジ様が出場してることだよ!」


 エイジは、飲みかけていたビールを思い切り咽た。


「ゴブッフッ!? ゲホゲホゲホ……!?」

「大丈夫ですかエイ……、むぐッ!?」


 名を呼ぼうとしたセルンの口を慌てて塞ぐ。


 相手は既にエイジの名を知っているらしい。

 リストロンドなどでの大活躍が知れ渡った影響か。しかし下手に聞かれて騒ぎになっては堪らない。


「いいか? この大会にはエイジ様も出場する! そこで勝ち上がれば自然とエイジ様の目に留まる!」


 当人が隣にいるとも知らず、若者はまだ得意げに語り続ける。


「エイジ様に存在を知られて、実力を認められたら、従者に召し抱えられるって可能性もあるじゃないか! エイジ様は覇勇者であるだけでなく、人間族の各王国とも懇意らしいんだぜ! 色んな栄職に就き放題じゃないか!!」


 あられもない野望を語る若者。

 その野望が、すっかり当人の耳に入っているのも知らず。


「セルン……、もう出ようか?」

「そうですねエイ……、もごッ!?」


 一度ならず二度までも失言しようとするセルンの口を塞ぐ。


 そうして席を立とうとした、その寸前。


「甘っちょろい夢物語はそこまでにしときな。人間族の兄ちゃん」


 まるでケンカを売るような物言い。


 見ると別の席から竜人族と思しき青年が、件の若者に絡んでいた。


「まったく人間族は志が低くていけねえ。ハナッから手下狙いとは。どれだけ卑屈になればそんな発想になるんだよ?」

「ど、どういうことだ……?」

「参考までにオレの野望を教えてやる。オレは、聖剣の覇勇者エイジを、……この手で倒す!!」


 さすがに今度は咽なかったエイジ。


「そうすることでこのオレが世界最強だと示してやる! 聖槍院の脳なしどももオレを無視できなくなるだろうよ! わかったかいお坊ちゃん! これが正真正銘の野望ってやつだぜ!」

「エイジ様を倒すだと……! 不遜な……!」


 最初の若者がいきり立つ。


「テメエのそれは野望じゃねえ! 身の程知らずっていうんだ! テメエなんかエイジ様が手を下すまでもなく、オレがブッ倒してやらあ!」

「未来の下僕様が、早速やられ役を買って出るってか? いいぜ前座を務めさせてやろうじゃねえか」


 俄かにケンカ沙汰となって、店内に緊張が走る。

 これは面倒でも止めるしかないかなあ……、とエイジが席から立とうとしたが……。


「お待ちなさい」


 何者かが先に止めた。

 なんと珍しいことにエルフの女性だった。


「お見苦しいことね。戦いは大会でと決まっているのに、それまで我慢できないなんて飢えたイノシシのようだわ」

「ああぁ?」

「何だと?」


 挑発的な物言いに、人間族の若者も竜人族の青年も色を成す。


「そんな粗忽ぶりではエイジ様に家臣となることも、まして倒すことも不可能でしょうね。余計な恥を晒さないうちに田舎へ帰ってしまわれたらどうかしら?」

「何だとエルフ!?」


 食堂の緊張感は、収まることなくさらに張り詰める。


「それだけ自信たっぷりに言うからには、アンタも大会出場者か? 他種族嫌いのエルフが珍しいな?」

「私としても、美しい森を離れてこんなごみごみしたところ来たくなかったけれど、しょうがないわ。ここで得られるものの大きさを思えば」

「得られるもの?」

「そうよ、せっかくだから私も教えておいてあげる。人間族の坊やはエイジ様に召し抱えられたい。そっちの竜人族はエイシ様を愛したい」


 そして彼女は……。


「エイジ様のハートを射止めたい!!」

「ぶぉっふぉッッ!?」


 今度はさすがにエイジも咽た。


「空前絶後の強者エイジ様! そんな人に愛されることこそ女の最高の望み! 私は大会に勝ち上がってエイジ様と対峙し、見事あの方の愛を勝ち取るの!!」

「ほほう、じゃあオレたち……!」

「目指すところは結局一緒なわけだ」


 人間族、竜人族、エルフ。

 三人はバチバチと火花を散らし合う。


「いいだろう。オレたち全員エイジ様の下を目指すライバル同士として!」

「一歩も引くことはできねえな」

「正々堂々戦いましょう!」


 謎の連帯感が出てきたところを……。


「いい加減にしろ!」


 ついに我慢できなくなったエイジによってまとめて吹っ飛ばされた。

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