18 覇者の拒絶
「『一刀両断』は、もっとも初歩的なソードスキルだ」
山道を進む中、ずっと無言でも間がもたないため世間話も兼ねてソードスキルの講義に興じる。
「修得に必要なスキル値は1。誰もがまず最初に覚えるソードスキルだ。だからこそ奥が深い」
上段に振り上げた剣にオーラを込めて、斬撃とともに飛ばす。
あるいは刀身に纏わせたまま振り下ろせば、その直接攻撃力は全ソードスキルの中でもトップクラス。
「単純であるがゆえに明快で、弱点もなく、状況に応じた使い方ができる。威力はソードスキル値に比例するから、レベルが上がって色々なソードスキルを覚えても『一刀両断』を主体に戦う高位剣士はいる」
セルンもその一人というわけだった。
「セルンさんって、ソードスキル値はいくつなの?」
「なんですかいきなり? そんなこと、他人のアナタに教えられるわけがないでしょう!」
すげないセルン。
「僕も興味があるな」
「エイジ様!?」
「僕が聖剣院を離れてから、キミがどれくらい成長したのか知っておきたいし。まさかソードスキル値まったく上がってないとかはないよね?」
「んなッ!?」
エイジの挑発めいた言葉に、セルンは覿面に反応した。
「そうまで言われては隠しておくわけにはいきません! エイジ様どうかご覧ください! このセルンがいかに成長したか!!」
セルンは、虚空に指先で四角形を描く。するとそこにガラス板のようなものが現れ、複数の数字を列記させる。
セルン 種族:人間
ソードスキル:920
筋力スキル:990
敏捷スキル:890
耐久スキル:850
兵法スキル:470
料理スキル:560
「うっわ! いきなりスキルウィンドウ出しちゃうなんて!?」
「何か問題でも? 私は聖剣院でエイジ様からずっとお世話を受けてきました。手の内を晒すことなど何の不都合もありません」
とはいえギャリコからも見える位置にスキルウィンドウを展開させるのは、少し堂々としすぎるきらいもあった。
「ソードスキル値920か……」
一方でエイジは忌憚なくセルンのスキルウィンドウを見詰める。
「勇者のスキル値にしてはちょい低いな。勇者ならやっぱり1000は越えていないと」
「エイジ様!?」
エイジの苦言に、セルンは大赤面。
「そうね、エイジのソードスキル値3700に比べれば断然ショボい感じ」
「は!? 何故エイジ様のソードスキル値を知っているのです!?」
「知らないの!?」
「知りませんよ! エイジ様は何故だかどんなに人にも絶対スキルウィンドウを見せないことで有名なのです! どういうことですエイジ様!? 彼女にだけ特別にスキルウィンドウを見せたとでも言うんですか!?」
実際はギャリコが裏技的なスキル利用でソードスキル値だけ覗き見ただけなのだが。
説明が面倒くさそうだった。
「それよりセルン、『一刀両断』以外のソードスキルは何か覚えたのかい? 『水破斬』でも『五月雨切り』でも。勇者となったからには多少はスキルを賑やかにしないと」
「それが……!」
「覚えていないのか、相変わらずだな」
上手く話題をすり替えることに成功した。
それを見てギャリコが首を傾げる。
「えっと、どういうこと?」
「セルンが使えるソードスキルはたった一つなんだよ。『一刀両断』それ一つ」
「えぇ……!?」
ギャリコはセルンに憐れむような視線を向けた。
「それでいいの勇者として?」
「仕方ないでしょう! 私は不器用で、一つのソードスキルを究めるので精一杯なんですから!」
威張って言うことではない。
エイジの後継として青の聖剣を握ったセルンは、超不器用型女の子勇者だった。
「それも一つの方針としてありだよ」
励ましでもなく、冷静な分析という風のエイジの口調だった。
「実際『一刀両断』は、どんな状況でもそれ一つで対応できる万能ソードスキルだ。ヘタに別のソードスキルに浮気して、その修得にソースを割くよりいい選択かも知れない」
エイジが青の聖剣を握る勇者だった頃、勇者見習いの剣士だったセルンの面倒を見ていた。
その時分からエイジはほぼすべてのソードスキルを修得済みの超天才型であり、『一刀両断』のみを直向きに鍛え上げる不器用なセルンとはウマが合わないと周囲から言われていた。
「それでも僕は、ひたむきで真っ直ぐなセルンに姿勢が好きだったよ。一生懸命わき目もふらず頑張っているということがわかった」
「エイジ様……!」
セルンの表情が花やぐ。
「なんだか懐かしいです。エイジ様が聖剣院におられた頃、そうやって私のことを褒めてくださいました。他の人たちからは『不器用』とか『才能がない』と散々に言われましたが、エイジ様に褒めていただいたおかげでここまで来れたんです」
「聖剣院の連中はクズばかりだからな」
反面、エイジの冷たい言葉が飛んだ。
「聖剣院で好ましいと感じられる人物は、キミとグランゼルド殿を含めてごく僅かな人数しかいない。他は皆、間違った選民意識に凝り固まった愚物だ」
この発言にはセルンだけでなく、ギャリコまで面食らった。
ギャリコにとっては、エイジがここまで他人を悪しざまに言うのを初めて見て、恐れすら感じてしまう。
「アイツらは、自分たちが聖剣院に所属しているというだけで他人を見下せるんだ。聖剣に携わる人間で、『モンスターからお前たちを守ってやってるんだ』ってね」
聖剣が、覇聖剣を含めて五振りしか存在しないという事実。
「それもまた聖剣院に希少性という価値を与えている。事実上人間族がモンスターに対抗するには聖剣院に頼るしかない。だからどこそこの王様も、巨大商業都市の頭領も、聖剣院のご機嫌を窺って多量の便宜を図ってやらなくてはならない」
そうしなければいざという時、勇者が助けに来てくれず国も都市も滅亡する。
「まして聖剣院に捧げるもののない小さい村など無残なものさ。セルン、僕が聖剣院に入ってから一年足らずで聖剣を手にし、にも拘らず覇聖剣を得るのに五年以上もかかった理由は何だと思う?」
「あの……、その……!?」
「知っているだろう、僕が聖剣院の意向を無視して、モンスターが現れたらどこの誰でも助けたからだ」
聖剣院に反目する都市や、心付けを払えない貧村。それどころか本来聖剣の勇者には助ける義務のない他種族でのモンスター騒動にも積極的に介入した。
勇者が誰を助け、誰を見捨てるかは聖剣院の意向で厳密に管理されなくてはならない。
聖剣は聖剣院だけが保持しているのだから、その意向には誰も逆らえない。
ただエイジだけが意向を無視して、誰であろうと分け隔てなく戦い救った。
「それが聖剣院にとってはこの上なく目障りだったんだろうね。勝利して成果を上げるたびに僕は干されたよ。五年前、ギャリコを助けた時も」
「えッ!?」
「『薄汚いドワーフを助けるなど勇者にあるまじき軽率』って言われて二週間の謹慎だよ。聖剣院上層部にとって、僕は相当扱いづらい鼻つまみ者だったろうね」
それでも聖剣院がエイジを切り捨てられなかったのは、当初から飛びぬけた実力と才能をもっていたから。
青の聖剣を手にして勇者の拝命を受けた時から、さらに上の覇勇者となるのは既定路線。
以後五年の勇者期間は、覇勇者となるための修行期間というより聖剣院がエイジに言うことを聞かせるようにする躾期間というべきだっただろう。
「……セルン、それでも僕を聖剣院に戻したいと思うか? あんな腐った掃き溜めのような場所に」
「それは……!」
「モンスターを屠る手段が聖剣しかない限り、聖剣院の傲慢は続く。魔剣が完成して世界中に広まれば、人々はモンスターの害だけでなく聖剣院の害からも救われるだろう」
「エイジは、そこまで考えて魔剣を作ろうとしていたの?」
当然既得権益を奪われようとするなら、聖剣院の抵抗もこの上なく巨大となるだろう。
その荒波に対抗するためにもエイジは強くならなければいけなかった。
勇者の上に君臨する覇勇者にもなれるほどに。
「セルン、キミとグランゼルド殿だけは、聖剣院に残った中で唯一尊敬できる人柄を持っている。だからこそお願いだ」
一部の感情も紛れぬほどハッキリとエイジは言った。
「僕のことはもう放っておいてくれ」
* * *
ともかく今は、クィーンアイアント討伐に精力を注がねばならない。
魔剣完成へ近づけるだけでなく、ギャリコたちの住む鉱山集落を守るためにも絶対に失敗できないミッションだった。
だからこそ今は様々な因縁を一時忘れ、三人は倒すべき敵へと集中する。
しかしながら。
目的地であるアイアントの巣で待っていたモンスターは、アリや女王アリだけではなかった。





