186 揃う役者たち
竜人族の勇者ライガーとエルフ族の勇者レシュティアを迎え、エイジとセルンは二人を案内することになった。
「ここがドワーフの都に居を構える聖鎚院です。武闘大会参加の受け付けは、ここで行われています」
「はー」
「案内してもらえて助かりました」
みずからも武闘大会に参加せんとするライガー、レシュティアは、ここで正式に参加表明し、一闘士として戦いを勝ち抜く。
受付会場には、既に多くの人々で賑わっており、しかも大半が腕に覚えのあるものだと一目でわかった。
傭兵。
兵士。
その他、村の力自慢といった風体の者まで。
ただ参加希望者と思しき者たちは種族にまったく統一性がなく、地元のドワーフはもちろん、世界中どこにでもいると言われる人間族。
ライガーやレシュティアと同じ竜人、エルフまでいた。
「……コイツら全員、大会参加者なのか」
案内ついでに訪れたエイジも、人の多さと場に立ち込める熱気に圧倒される。
「なんか、思ったより大変な大会になりそうじゃない?」
「大変にならないとでも思っていたのですか?」
セルンの率直な指摘に、何も言えないエイジだった。
その横でライガーとレシュティアが、実際に大会参加手続きを進めていた。
受付らしい聖鎚院職員ドワーフが事務的に進める。
「それでは、この書類に必要事項を記入してください。あと、こちらの誓約書にサインを」
「誓約書? 何だいそりゃ?」
「試合中に不慮の事故を起こし負傷、もしくは死亡されたとしても、一切の責任は参加者自身にある、ということを明確にするためのものです」
「試合で怪我しようが死のうが、すべては自己責任ってわけかい?」
「当然ですが試合場には医務室を完備し、出場者の皆様には無料でご利用いただけるよう取り計らっております。ですが、最終的な責任の在り処はハッキリさせておかないといけませんので」
「わかったわかった。オイラの生き死にはオイラのもんよ。自分で責任持つぜ。……カキカキと」
その横でレシュティアも、別の事務員相手に受付を進める。
「……この『使用希望武器』、という欄は何ですの?」
「ここに記入された種類の魔武具が、試合当日貸し出されることになります。運営側の想定を上回る参加希望者となったため、魔武具は持ち回りとなりますのでご了承ください」
「つまり、ここに『弓矢』と書けば、わたくしに弓の魔武具を貸し出してくださるのね?」
「左様です。本大会では全種族の参加を想定しましてあらゆる種類の魔武具を取り揃えておりますので。希望の武器がない、ということはありえませんのでご安心ください!」
「でも量は、想定を超えたと?」
「はい……」
この大会は、ドワーフが新商品として売り出す魔武具のデモンストレーションが目的の大会。
それゆえ参加者の魔武具使用が絶対条件となるのだろう。
だからライガー、レシュティア、セルンも使えるからと言って聖槍聖弓聖剣を使うのはルール違反になるのだな、とエイジは推測した。
「セルン、キミは行かなくていいの?」
「私は先日受付を済ませましたから」
これだけの数が集まったのであれば、大会は成功と言っていいだろう。
種族を問わず多くの人々が魔武具の価値を知り、大挙して買い求める。
という未来に繋がるのかどうか。
「……おい」
「お?」
「邪魔だよ兄ちゃん。ボサッと突っ立ってないでどきやがれ」
乱雑な口調でエイジに声をかけてきたのは、中年に差し掛かった年配ドワーフ。
服装といい顔つきといい、堅気でないことが一目でわかる。
不景気なら山賊になることもある類の傭兵家業だろう。
「ああはい、失礼」
かなりケンカ腰の呼びかけではあったが、いちいち突っかかり返すエイジでもないので素直に道を開ける。
「腰抜けが……。よぉ兄ちゃん。アンタも大会に参加しに来たのかい? 弱っちい人間族のくせによぉ」
エイジの態度を見て勘違いしたのか、傭兵ドワーフはますます調子に乗ってエイジに絡んできた。
「いいえ、僕はただの見学ですよ。大会参加する友人の付き添いでね」
「ハッ、その方がいいぜ。テメエみてえなヒョロヒョロが出場したところで怪我して負けるのが目に見えてるからな。命が惜しけりゃ見物人でいることだ」
「そうですか」
「そうよ! この大会はな、相当な修羅場になるぜ! 並み居る強者の激しい激突! 死人も出ることだろうな!」
「さすがに人死には、大会側が許さないんでは?」
エイジがやんわり意見を言うと、傭兵ドワーフは露骨な侮蔑をその瞳に浮かべた。
「そう思うのは、テメエが本物の戦場を知らない弱虫だからさ。本物の戦いってのは、テメエが想像するより遥かに厳しい! 血も噴き出るし臓物も飛び散る。テメエみてえな臆病者は一瞬見ただけで卒倒するぜ」
「はあ」
「大会運営者も同じよ。どうせ立派な建物から出たこともない、紙に字を書く程度しかできねえカスどもだ。そんなヤツらにオレたちみてえな豪傑を制御することなんかできねえ! ……荒れるぜ、この大会」
傭兵ドワーフの決め顔を、エイジは無表情でやり過ごした。
「エイジ様ー。ライガー殿たち受け付け終ったそうですよー」
「わかった今行くー」
「おおっと、待ちな! まだ話の途中だぜ!!」
セルンに呼びかけられて上手く立ち去ろうとしたエイジを、傭兵ドワーフは乱暴に腕を掴んで引き止める。
かまって欲しがりらしい。
「肝心の話はここからだからもうちょっと聞いていきな。……いいか、この大会、血の雨が降るだろうが、優勝するのは誰だと思う?」
「さあ? 誰でしょうねえ?」
「このオレさ。このドワーフ族最強ゴゼンツ様が、身の程知らずのアホども全員の頭をカチ割って優勝してやる。オレ様の名前、よく覚えておきな」
傭兵ドワーフは、エイジだけでなくその場にいる全員に聞こえるような大声で言う。
「テメエらもよく覚えておけ! この大会には、人間族最強の勇者も出場するらしいが、それを倒すのもこのオレだ! オレこそが世界最強の戦士だ!」
とエイジの隣で言うのである。
「今までは聖鎚がないばかりに不当な扱いを受けてきたが、この大会が終わる頃には聖鎚院の方からオレに頭を下げに来るぜ! 『覇勇者になってください』ってなあ!! あはははははははッ!?」
なるほど、とエイジは思った。
この大会には魔武具も関係なく、こうした野心を持つ者たちまで引き寄せてしまったのだと。
エイジという最高のビッグネームに挑戦する機会を得て、ただ出世栄達を目指そうとする者たちの目に、魔武具の存在はどれほどの価値として映ろうか。
多少、思案が必要な事項かな、とエイジに感じさせた。
「わかったら弱虫の兄ちゃん! 行く先々でオレのことを言い触らしてくんな! 大会に優勝するのはこのゴゼンツ様だって……! うぎゃああッ!?」
その瞬間だった。
得意満面の傭兵ドワーフの口から悲鳴が上がり、背中から血煙が上がった。
背中を大きく斬りつけられて、大きな野望を抱いたドワーフはその場に崩れ落ちた。
「ッ!?」
エイジから見て、斬られたドワーフが障害となって見えなかった向こう側。
ドワーフ当人が斬られ倒れることによって開けた視界に、女が立っていた。
「……まったく、あさましいゴミクズ生物ねえ」
全身を華美な衣装で包んだ女性は、年齢が三十前後ほど。
ドワーフを斬ったらしい刀身には、血糊が赤々とこびりついていた。
しかしその刀身は、こびりついた血糊だけでなく……。
刀身自体が紅蓮の赤一色だった。
「誉れ高き人間族の勇者を。下等生物のドワーフごときが倒せるなどとはおこがましい。万死に値する暴言ですわ」
赤い剣を携えた女が、エイジに視線を向ける。
「聖剣の覇勇者への冒涜は、人間族全体への冒涜。私が代わって誅罰を加えておきました。お久しゅうございますエイジ様」
「……相変わらずのイカれっぷりだな」
エイジは、嫌悪感丸出しの表情で言った。
「スラーシャ。聖剣を惜しげもなく人を斬るのに使うとは……。いや、躊躇いもなく人を斬ること自体おぞましい」
「聖剣院の権威を守るためでございます。下等種族のドワーフごとき何匹斬り殺そうと、聖剣院に尽くすためならば正義の行いでございます」
赤い剣を持つ女は言った。
その女はスラーシャ。
聖剣院から赤の聖剣を賜った。赤の勇者スラーシャ。





