185 勇者集合
勇者とは、人類種の中で唯一モンスターに対抗できる戦士の通称である。
敬称であるとも言っていい。
正確にはモンスターを打ち倒せるのは女神より下賜された聖なる武器のみなので、各種族が所有する聖なる武器を扱うものを勇者と呼ぶ、という方が真っ当かもしれない。
女神の与えた聖なる武器は、各種族によって異なる。
人間族ならば剣。ドワーフ族ならばハンマー。竜人族は槍。エルフ族は弓。ゴブリン族は斧……といった風に。
そして各種族が与えられた聖なる武器は大体五つでワンセットであり。東西南北を守る象徴として青白赤黒の四色で色分けされ、その中心に黄金の覇聖具が座す。
たとえば人間族に与えられた聖剣であれば青の聖剣、白の聖剣、赤の聖剣、黒の聖剣。そしてそれらの頂点に君臨する覇聖剣、という風に。
他の種族にも聖槍、聖鎚、聖弓などがあり、他種族の勇者と区別のために聖剣の勇者、聖槍の勇者などと呼び分けられる。
そうした細かい呼び分けの果てに呼称される竜人族ライガーは、青の聖槍の勇者。
エルフ族のレシュティアは、青の聖弓の勇者。
どちらもエイジ、セルンとは面識があり、過去に協力してモンスターを討伐した実績もある。
「久しぶりだなあ、どうした? こんなところに?」
さすがにエイジも予期せぬ再会に心踊らないわけもなく、二人と固い握手を交わした。
「アンタさんがここにいるって噂を聞いたからだろ! ガセかと思ったが本当にいやがった! また会えて嬉しいぜ!」
ライガーは心底嬉しそうな表情だった。
身体能力においては全人類種最強の呼び声高い竜人族。
その勇者というのだからライガーの実力は全人類種トップクラスと言っていい。
事実、竜人族特有の全身漲る筋肉と、太く逞しい竜の尾。それらが繰り出す瞬発力は常人の目で追えないほどである。
「レシュティア殿も! ご無沙汰しております!」
「セルンさんアナタだって。またお強くなられましたわね、一目見ただけでわかりますわ」
エルフ族のレシュティアは、エルフ族のセオリーに漏れず絶世の美女。
金色の髪が、黄金の小川のせせらぎのように流れ落ち、見る者を呆然とさせる魅惑を持つ。
しかし勇者であるからには恐るべき弓術の腕前を持ち、遥か遠方の小虫をも百発百中で射抜けるとも言う。
勇者の名に恥じぬ二人の能力は、過去遭遇した覇王級モンスター、レイニーレイザーとの戦いで実証された。
二人とも、屈強の勇者であった。
「ライガー殿、レシュティア殿。噂を聞いて来たというのは、やはり……?」
「ああ。ここで開かれるっていう武道大会。お師匠が出るって話題で持ちきりじゃねえか。こりゃいかないわけにはいかねえと思ってよ」
「エイジ様の名前だけでは真相が疑わしいところでしたが、ギャリコさんの魔剣の話まで出てきたからには真実確定と、聖弓院を説き伏せて森から出てきましたの」
という勇者たちの話を聞いて、エイジは一歩後退した。
「エー? ナンノコトカナ?」
「「「?」」」
「僕は聖剣の覇勇者なんて知らないけど?」
とエイジは惚け始めた。
「エイジ様。まだシラを切るおつもりですか?」
「オイラたち、とっくにあんたの正体なんて気づいてるっつうの」
その告白に「マジか!?」と本気で驚くエイジ。
「完璧に隠し通せたと思っていたのに……! 何故だ!?」
「あれだけ実力を見せつけておいて何故そう思えるのですか?」
普通、自分の種族しか助けることをしない勇者が他種族にまで渡って救いの手を差し伸べてきたことから、エイジの異称『青鈍の勇者』は全種族に畏敬をもって知れ渡っている。
ライガー、レシュティアも、勇者エイジに憧れを抱いて、彼が普通の勇者だった時代に持っていた聖剣と同じ色の青の聖槍、青の聖弓を握った。
いわば生粋のエイジファン。
「お師匠に再びお目見えできるだけでなく! 手合わせまで叶うとありゃあ出向かないわけにはいかないだろうがよ!!」
「待ってください? 手合わせ? ということはアナタ方も……!?」
あることに気づいてセルンは戸惑う。
「ご想像通りです。わたくしたちも、このドワーフの都で開催される武闘大会に参加いたしますわ!」
レシュティアの宣言に、益々混迷する展開が想像された。
「……まさか、勇者が三人も大会に出場するっていうのか?」
セルン、ライガー、レシュティアの三人。
これだけの勇者が参戦する大会はどれほど豪華なものになるのだろう。
「っていうかキミら三人の独壇場にならない?」
勇者などが参戦したら、他の一般参加者など抵抗しようがないだろう。
それ以前にエイジが出場する時点で誰が優勝か決まったようなものだが。
「師匠は最強だからそういう発想になるんだろうが、安直な考えかも知れないぜ?」
「え?」
「世の中、聖槍や聖剣を持っているヤツだけが強いわけじゃねえ。中には高い実力を持ちながら、様々な理由で聖なる武器と距離を置き、自分の道を突き進んでいるヤツもいる」
やけに実感のこもったライガーの口調。
「そしてそういうヤツらほど、どれだけスキル値を上げようとモンスターを倒すことができない現実に悶々としている」
「ギャリコさんの武器は、そんな人たちにとって大きな意味を持つものですわ。魔武具……、と名付けられたものを使用して戦う武闘大会。それはもしかしたら、これまで何千年と閉じられてきた何かを開け放つきっかけとなるかもしれません」
若い勇者であるライガー、レシュティアにとって、聖なる武器を持たない一般戦士だった時代はエイジなどより近いはずだ。
それこそ、つい昨日のように。
そんな彼らの記憶に、聖なる武器を持たない数多の戦士たちの悲哀は、より実感を伴わせるものかもしれない。
「この武闘大会。荒れると?」
「オイラたち自身、師匠に会いたいだけでここまで来たんじゃねえ。オイラは聖槍院、レシュティアは聖弓院から正式な指令を得ている」
ライガーの発言に、レシュティアも追随する。
「魔武具とやらを見極め、有害なものであるかどうかを判断せよと。聖なる武器を奉じる人たちにとって、やはり自分たち以外の切り札が誕生するのには無関心ではいられないようです」
「では、レシュティア殿たちは場合によっては武闘大会を中止させようよ?」
心配げにセルンが尋ねるが、杞憂だった。
「まさか」
「オイラたちの本当の目的は、大会に出て師匠に挑むことだぜ。他は皆口実よ!」
その歯切れのよい返答に、セルンも満足したようだ。
「では我ら三人!」
「試合でぶつかった時は!」
「正々堂々、全力で!」
互いに拳を合わせあう、各種族の青の勇者たち。
それを傍から眺めてエイジは。
「燃えてるなー」
と思った。
「そういやライガーとレシュティアは、タイミングよく一緒に登場したもんだねえ。どこで一緒になったの?」
勇者とはいえ、種族の違う二人である。
普段は別行動をしているものとばかり思ったが。
「いや、オイラたち普段から一緒に行動してるんで」
「え?」
「ちょっとライガー! そのことはもう少し秘密にしようと言ったはずですわ!」
竜人のライガーとエルフのレシュティア。
実はこう見えて仲がいい。





