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184 千里を走る勇名

 魔武具試用武闘祭、開催。


 その告知はドワーフ族の持つ鍛冶製品の流通網に沿って世界各地へと広がっていった。

 付随する、もう一つの大スクープと共に。


 あるところではこんな声が上がる。


「『人間族の覇勇者出場確定』!?」

「人間族の覇勇者って、グランゼルドのことかよ?」

「いいや、違うらしいぜ。人間族にはもう一人、覇勇者がいるらしい」


 聖剣院がひた隠しにしてきた内輪揉めも、今ではジワジワと知れ渡ってきている。


「聖剣院のやり方が気に入らずに喧嘩別れしたんだとか。聞いたことねえか? 『青鈍(あおにび)の勇者』?」

「知ってる!! そっちを先に言えよ! 人間族の覇勇者じゃわかんねえよ!!」

「『青鈍の勇者』のご尊顔を拝められるって言うのか!? ナマで!?」


 青の勇者だった時代、種族を問わずモンスターから救ってきたエイジの名声は『青鈍の勇者』という異名をとって轟き渡っている。


 しかし社交を嫌うエイジはその間、表舞台に出てきたことは一度もなく、自然顔もまったく知られていなかった。


「この大会に『青鈍の勇者』の勇者が出場してるのかよ!?」

「『青鈍の勇者』を見られる!? いや、この大会に出場すれば『青鈍の勇者』と手合わせできるって、ことか!?」

「こうしちゃいられねえ!」

「女房を質に入れてでも行かねば、ドワーフの都へ!」


 と世界中が沸騰してきているのだが、そういうことは案外当事者には伝わりづらいものである。


              *    *    *


 エイジは、武闘大会が開催されるまでの数日間をのんびりと過ごしていた。


「何と言う久々ののんびりした時間……!」


 ソファの上で午睡のまどろみを楽しんでいた。

 その横でセルンが、焦れたように剣の素振りを繰り返している。


「こんなにのんびりとしていていいのでしょうか? 一刻も早くウォルカヌスに再会し、ラストモンスターの秘密を聞き出さなければ……!?」

「話がたしかなら、ラストモンスターは生まれ出てから数千年。今さら急いで一日二日早く倒したところで変わりないさ」


 とエイジ、大あくび。


「ウォルカヌスもラストモンスターも逃げないんだ。このゆったりを楽しもうよ」

「いいえ! 私はエイジ様に比べればまだまだ未熟者! こうした手透きの時間もしっかり修練に当てねば!」

「真面目だねえ。……ところでギャリコは?」

「出かけていますよ。大会で使う魔武具の出来栄えをチェックするのだそうです」


 魔武具。


 武闘大会を開くに際して新たに創出された名称。


 これまではギャリコがエイジに使ってもらうためだけに作り上げてきた武器だが、それゆえ出来上がるのはすべてエイジが得意とする剣であり、それゆえずっと魔剣と呼ばれてきた。


 しかし、エイジ以外の多くのものが魔を元とする武器を握るなら、その形状は剣だけに留まり続けられるわけがない。


 槍、斧、ハンマー、弓矢……。


 それらもモンスターの体を素材に作られていくことだろう。


 そうした武器を総称し魔武具と呼ばれるようになった。

 魔剣は、魔武具の一種という風に受け取られていくことになる。

 それ以外にも魔槍、魔斧、魔鎚、魔弓など……。


 様々な魔の武具が、多くのドワーフ鍛冶師によって作り出されていくことになる。


「しかし元祖魔剣作り師のギャリコからすれば、ここの鍛冶師らの仕事には思うところがあるらしいようですね。『指導してやる!』と出がけに息巻いていました」

「鍛冶師さんたちにとってキツイ展開が待っていそうだな……!」


 他人事ながら身震いするエイジだった。


「サンニガは?」

「今日もクリステナ殿に付いて観光です。やはりあの田舎者にとって都は物珍しいようで……!」


 それで、エイジたちが滞在している宿舎にはエイジとセルンの二人しかいないわけだった。


「大会当日までやることのある人たちはいいねえ。僕とセルンは、やることがないんで暇を持て余すわけだ」

「私は訓練しておりますが」

「そんなに根詰めて訓練してどうするんだよ?」

「私も大会に参加します」

「え?」


 その言葉に、エイジ目をパチくる。


「私自身、武闘大会には大いに興味があります。世界中の強者が集い、魔剣……いえ魔武具を振るって戦う。そこに私の実力がどこまで通用するか。試さないわけにはいきません」

「えぇ~?」

「そこにエイジ様も参戦なされると言うなら、なおさら。公の場でエイジ様に挑戦いたしたく存じます」


 提案の際にはもっとも率先して反対していたセルンなのに。

 いざ始まるとなったら意外と前向きだった。


「別に僕との手合わせなら毎日のようにしてるじゃない?」

「それはあくまで訓練です。私はれっきとした試合でエイジ様の胸をお借りしたいのです」


 と真剣な眼差しのセルン。

 彼女の大会に対するモチベーションもかなりのものであると窺えた。


「やれやれ、しょうがないな……」


 エイジは後頭部をボリボリ掻いて、昼寝中のソファから下りる。


「武闘大会なんて通り一遍のものと思っていたけど、そういうことにもならなそうだ」

「無論です。エイジ様が出場すると全世界に向けて知れわたっているのです。この大会、絶対に通り一遍などでは終わりませんよ」

「えー?」

「エイジ様は実感できないようですが、今のうちにお覚悟を。エイジ様の武名に引き寄せられるのは、私だけではありません」

「どういうこと?」


 他にも誰か、エイジ目当てで大会に参加するというのか。


「想像を絶するほど多くの人が。そして量だけでなく質も……」


 その時であった。


 エイジとセルンの耳に、ドガーンとけたたましい轟音が鳴り響いた。

 二人の滞在している宿舎の壁が吹き飛んで粉々となったのだ。


「えええええええッッ!?」

「何事!?」


 驚く二人の眼前に、大穴の開いた部屋の壁。

 その向こうには無限に広がる外があった。


 瓦礫となった壁と共に、一本の長い棒状のものがあった。総身を真っ青に輝かせる長棒は、それは棒などではないことがすぐにわかった。

 エイジもセルンも、その青い槍身に見覚えがあったからだ。


「あれはまさか……!?」

「青の聖槍!?」


 壁の破壊を終えた聖槍がガッチリ掴まれ、引き抜かれる。

 ヒュンと空気を切って、槍の切っ先が宙を踊る。


「……いたいた、本当にいやがった。懐かしい、そしてこの世で一番心躍る人が」

「だから言ったじゃないですか。アナタはいちいち噂を疑いすぎるのですわ」


 侵入者は二人いた。


 一人は男で、一人は女。


 男の方は、他の人類種にはない大きな竜尾を背面からたらし、また女の方はピンと長い耳。


「アナタたちは……!?」


 二人の顔を見て、セルンも驚きおののいた。

 双方知っている顔だったから。


「おう、セルンも久しぶりだな」


 男の方が、いかにも無頼と言った切れ味鋭い笑みを浮かべる。


「竜人族の勇者。青の聖槍ライガー」

「エルフ族の勇者。青の聖弓レシュティア」


 エイジの噂を聞きつけて、駆けつけてきた。

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