182 技術の伝播
「ガブル。アナタ、アタシと分れてからどれくらい魔剣を作ってきたの?」
「一四七振りですわ!」
割と細かい数字を正確にガブルは言い放った。
「少しでもギャリコお姉さまに近づきたくて! 寝食を忘れてハンマーを振りましたの! この記録ちょっとやそっとじゃ破られないと思いますわ!!」
「アタシはリストロンド王国で五二一振り打ったわ」
「あれッ!?」
ギャリコの口から出る数字に、ガブルの誇らしい表情が一撃粉砕。
格の違いを思い知らされる。
「でもアタシが、あの国で打ったのは規格一遍の量産品だから。ガブルが工夫を重ねて打った一四七振りには遥かに及ばないわよ。頑張ったわね」
「そ、そう言っていただけると報われますわ……!」
ガブルは、前にギャリコが滞在していた期間、ウォルカヌス調査の片手間に行っていた魔鎧作りの助手をして、そのノウハウを吸収した。
「その応用ってことだろうか? でもそれだけでここまで魔剣を作れるようになるなんて大したものだな……!」
「当然です! ワタクシは、ギャリコお姉さまに続くスミスアカデミーの天才美少女なのですわ!」
元々自信家でもある彼女だが、天才だけでなく美少女まで自称するようになった。
「しかし、なんだか不思議な気分だな。ギャリコ以外の人まで魔剣を作るようになってきたとは……!」
「別に魔剣作りはアタシだけの独占物じゃないわ。発想の産物だから、その発想さえ共有されれば誰でも生み出せるわよ」
ともすれば専売特許を奪われた体となるはずなのに、ギャリコの態度は穏やかだった。
魔剣作りのアイデア自体には、それほど固執していないということだろう。
「でもガブル。別にアナタまで剣に拘らなくてもいいでしょうに。材質にモンスターを使いさえすれば、あとは何を作るかはアナタの自由でいいのよ?」
「いいえ! ギャリコお姉さまの技を盗むためにも、まずはお姉さまのテーマである剣から修していきたいと考えました! つまり剣が基本形なのですわ!」
「言うことが大仰なわりに、やること堅実なのよね……!」
とにかく、この世界にギャリコの他にも魔剣作りを使える者が現れたということになる。
「しかしまあたくさん拵えたわね。肝心の材料調達はどうやって?」
「聖鎚の勇者さんたちが職務のついでに」
「アイツらちゃんと仕事してるのね」
前にエイジたちが訪問した際には、堕落して勇者としての使命を少しも果たそうとしていなかった連中だが、少しは改心したらしい。
「材料の供給も安定しておりますし……。ここスミスアカデミーには優秀な鍛冶職人たちが多数揃っていますわ。それで……! あの、何ですが……!」
「? どうしたの? いきなり歯切れが悪くなって?」
「申し訳ありませんですわ!!」
唐突にガブルが土下座しだした。
「ッ!? 何? 一体どうしたの!?」
「ギャリコお姉さまが編み出した魔剣製造法! ワタクシはそれを引き継いだ弟子として技を大事にしていかなければいけないのに、それができなかったのですわ!」
「?」
「魔剣の作り方を、他のドワーフにも教えてしまいました!!」
と、ガブルは告白する。
「ギャリコお姉さまからお教えいただいた秘伝の技を! まだワタクシ自身も極めていないのに他人に享受するなど不敬の極み! どうかお許しくださいですわ!」
「えぇー? 何なのいきなり……!?」
謝る側と謝られる側の温度差が大きかった。
「ガブルちゃんは、魔剣の作り方を他の人にも教えちゃったってこと?」
「そうなのですわ! 万死に値しますわ!」
普通であれば、職人の技は一子相伝。
商売敵の知らない秘伝の奥義こそ、競争を勝ち抜く切り札となりえるのだから、それをうっかり漏らしてしまうことこそプロ職人にありえないことである。
場合によっては弟子入りの際『学んだ技を絶対口外しない』と血の誓いを立てさせられることもある。
そうした事情から見れば、たしかにガブルが平謝りしたくなる理由もわからないでもない。
「別に気にしなくてもいいのに……。アタシは気にしないわよ?」
ギャリコは実に鷹揚なものだった。
「さっきも言ったけど魔剣作りは発想勝負なんだから。存在が広く知れ渡れば自然と秘密に気づかれていたわよ」
「す、すみませんですぅ~……!」
それよりもわからないのは、このガブルの態度だった。
ここまで恐々と平謝りするぐらいなら、何故禁忌であることを充分に自覚している秘伝口外を犯したのであろうか。
「謝る必要はないぞマイドーター」
「おっ? 聖鎚院長?」
新たに入室してきたのは、聖鎚院で謁見したばかりの聖鎚院長だった。
ガブルの父親でもある。
「ガブルちゃんは、ワシの命令で秘伝の作り方をレクチャーしたのだ。いかに天才秀才美人といえど、一介の学生に聖鎚院長からの勅命を拒否することはできん」
「さりげなく親バカ発揮するな」
物のついでの執拗な褒めちぎり。
「じゃあ、魔剣の作り方を言い触らした真犯人はアンタってこと? ガブル相手になら笑って許せることでも、アンタの仕業ならムカつくんだけど」
とギャリコも態度を改め、凄む。
「アンタは謁見の時、アタシたちの間に貸し借りはないって言ってたけど、これじゃあ大きな負債があるじゃない。坑道への再入許可を貰ってもまだ納得できないぐらいのね」
「まあ、そう言うな。これは大きなチャンスなのだ」
「チャンス?」
「そう、大きな利益のチャンスだ」
聖鎚院長は、小狡い笑みを浮かべた。
「考えてもみよ! これまで人類種がモンスターに対抗する手段は、非常に限られてきた。そこへ新たな手段が登場し、選択肢が広まれば、それは革命的なことであろう」
「それはそうだが……!?」
「大きな変革には、大きな儲け話が発生しうる。しかもその儲け話はワシらドワーフ族にとって大いに有利なもの! ワシはそれに引かれたのよ!」
段々と、聖鎚院長の言いたいことがわかってきた。
「まさかアンタは……!?」
「そう、魔剣……、いやモンスターを使ったあらゆる武器を商品にして全人類種に売り捌くのよ! これを我らドワーブ族の新たな目玉商品とするのだ!!」
ドワーフ族は、鉱山から掘り出される様々な鉱物を、様々な道具に加工して利益に変えてきた。
そういう意味でドワーフ族は、人類種の中でも商業的な種族と言える。
「魔剣を、ドワーフ族を潤す新商品にしようと言うのか?」
「おうとも。金銀細工もいい利益になるが、一つの商品だけに頼っていてはいざという時困るかもしれん。その点魔剣はそれ以上の利益が見込める金の卵よ」
聖鎚院長は、商売人の顔で笑った。
「待ってください!」
そこへセルンが怒鳴る。
「それはつまり、ギャリコが思いつき、ここまで大事に育ててきた魔剣作りの技を勝手に利益にしようということですか!? そんなバカな! 他者の苦労を掠め取るようなマネを……!」
「別にいいわよ」
今にも聖鎚院長に掴みかかりそうなセルンを、ギャリコの冷静な声が止めた。
「いいわよ。魔剣を商品化するぐらい」
「ギャリコ!? 本当にいいのですか!?」
「いいの。どうせアタシ一人じゃ魔剣を売って金にするなんてできないし。向こうが勝手に流通網を作って魔剣を世に広めてくれるって言うなら、それはそれでいいことだわ」
こともなげに言う。
「アタシの目的はあくまで最高の魔剣を作り上げること。アタシの技で誰がどう儲けようと興味ない。世間に迷惑をかけるのはさすがに困るけど。その辺は大丈夫でしょう、聖鎚院長さん?」
「職人は、そういうことを言うからのう。損得より自分の技を極めることが大事なのじゃ。……もちろん、世間にも損はないと請け負おう」
両腕を広げる聖鎚院長。
「むしろこれは、世界全体に果てしないプラスと言えるじゃろう! 我がドワーフ族、種族全体をもって魔の武器を量産し、多くの手に行き渡れば人類種全体でモンスターに対抗できる! 夢のような話! そしてワシは大儲け!!」
「なるほど、それでアンタはギャリコの愛弟子であるガブルに迫り、魔剣の作り方をまずスミスアカデミーにて広めた?」
「ここの学生は卒業と共に魔の武器を量産していくであろう。未来への投資じゃな」
聖鎚院長の頭の中では、既に巨万を富を掴む青写真が出来上がっているのだろう。
そして最初の話に戻る。
「さて、人間族の覇勇者にギャリコよ。ここまで説明した以上は既に察しがついているじゃろう? ワシはお前たちに要求することは……」
「……」
「この事業に協力してほしい。魔の武具が広く流通すれば世界のためにもなる。皆にとって悪い話ではないじはずじゃ」





