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181 注目の人

 ドワーフの少女ガブルは、ドワーフの都の鍛冶学校に通う天才女生徒である。


「お姉さま! お姉さま! お会いできて嬉しいですわ!!」


 ドワーフ族最高峰の鍛冶学校、スミスアカデミーを訪ねた途端、彼女からの全力歓待をギャリコは受けた。


「お姉さまが旅立たれてからワクタシの日々は空虚でしたわ! お姉さまの指導を受けなくては、ワクタシの飛躍的な成長はありえませんの! どうかこのままずっと留まってワクタシを教えてくださいませ!!」

「ダメよ」


 縋りつくギャリコを引きはがしつつギャリコは言った。


「アタシだって自分の目標のために全力なんだから、まだまだ他人に教えられる身分じゃないわ。それよりも……!」


 ギャリコとガブルが再会場所としたスミスアカデミー正面玄関前は、早くも異変に勘付き始めて人が集まりつつあった。


「見ろよアレ……?」

「マイスター・ギャリコ?」

「マイスター・ギャリコだわ……!」

「スミスアカデミー始まって以来の天才!」

「また学校に戻ってきたのか!? これを機会にサインを! いやオレの作品を見てもらって何らかのアドバイスを!!」


 ドンドンガヤガヤ騒がしくなる。


「やっぱりギャリコの、ここでの人気は凄まじいなあ……」

「何しろ伝説の人ですからね……」


 同行するエイジもセルンも、その名声の高さに改めて感嘆する。


「……これ以上ここにいると面倒くさくなりそうだから、場所を移すわよ」

「はい! お姉さまどうかワタクシのアトリエにお越しになって!」


 緊急避難も含めて、落ち着ける場所へと移動した。


              *    *    *


 ギャリコもまたドワーフ族の女性。


 しかも鍛冶師を目指していたため若き日にはスミスアカデミーで修業を積むためドワーフの都に滞在していた。


 その当時、豊かな才能を遺憾なく発揮して注目を集めた彼女は『マイスター・ギャリコ』の異名を奉られて伝説と化した。


 特に、その名声の由来は鍛冶の成績だけに留まらない。

 それだけの腕前を持っていながら聖鎚院からのスカウトを蹴って生まれ故郷に引き込んでしまうなど反骨精神を示す。

 そうした態度が職人としての気骨を表し、ますます同業者からの畏敬を集めた。


 それがドワーフの都におけるギャリコの存在。

 なので彼女は、この第二の故郷とも言える都市で、おちおち買い物に出ることすらできないのだった。

 下手に正体がばれたら取り囲まれてグチャグチャにされ、どこぞの有力商人の夕食に招待されて帰ることすらできなくなる。


「はー、ホンット疲れるわこの街……」


 スミスアカデミー学舎内の廊下を進みながら、ギャリコはげんなりしていた。


 その後ろをガブルとエイジとセルンと、あと特に関係のないスミスアカデミーの生徒たちがゾロゾロついていく。


「仕方ないよ。有名税と思って割り切らないと」

「ギャリコは本当に、この街での名声はエイジ様をも上回りますね」


 エイジ、セルンは他人事とばかりに関心が低い。


「人間族の勢力圏にいた時も『魔剣の制作者』ってことで注目度が上がったし。この中で一番有名なのってもうギャリコなんじゃないの?」

「やめてよ! これからもずっとエイジが一番めんどくさいのに巻き込まれる人でいてよ!」


 面倒事の擦り付け合いが凄かった。


「いや、もうお二人でワンセットの注目の的でしょう」


 人間族最強の覇勇者。

 ドワーフ族最高峰の技術を持った鍛冶師。


「こんな二人がタッグを組んで何かしようとなれば、興味を引くのは当然です。二人とも、もう納得して受け入れてください」

「ぐぬぬ……! セルンだって勇者で有名なんだから少しは気持ちを分かち合ってよね!」


 今までともに旅してきたからこそギャリコはセルンに共感を求めるが、しかし返ってきた答えは捗々しくなかった。


「私は、二人に比べれば凡人です」

「えー?」

「勇者と覇勇者の間には、埋めがたい大きな隔たりがあります。持てる僅かな才能を振り絞れば凡人でも勇者にはなれるでしょう。しかし覇勇者となるには真の才能が必要です」


 誰もが持っている通り一遍の才能ではなく、本当に選ばれた存在だけが持ちえる宝石のように輝く才能が。


「なんだ、覇気のない物言いだな」


 隣で聞いているエイジが口を挟んだ。


「セルンは、僕と一緒に旅をするようになってからも一段と頑張ってきたじゃないか。今やキミのスキル値は充分覇勇者クラスにある。情けないことを言わないでもっと胸を張れ」

「エイジ様」

「実力に見合った傲慢は罪じゃない。謙遜ばかりしていたら必要な時力を振るえないぞ」


 エイジらしい強者の言動に、セルンも苦笑する他ないのだった。


「ところで、僕たちはどこに向かっているんだっけ?」

「さっき言いましたわ! ワタクシのアトリエですわ!」


 先導するガブルが喚く。


「大体まだ話の全体像が見えてこないんだよな。聖鎚院長はまた僕たちに何かをさせたいらしいんだけど、それでなんでガブルに僕らを会わせるの?」


 補足であるが、ガブルは聖鎚院長の愛娘である。

 父親は娘を溺愛しているらしく、ここスミスアカデミーで存在感を発揮しているガブルも、その要因が親の七光りであることは否めない。


 しかし、それがすべてでなく彼女自身の才能と努力が実力として練られ、鍛冶学校に優等生の地位を堅守していることもたしかだった。


「お父様は、きっとアレを皆様に見せたかったのでしょう。その方が、あとの説明がスムーズに進みますので」

「アレ?」


 一行は廊下に沿った移動を終えて、あるドアの前に立った。

 ここがガブルのアトリエということか。


「って言うか、まだ学生って身分なのに自分専用のアトリエを持てるなんてさすがというか……」

「ギャリコお姉さまだって在学中は持っていらしたんでしょう? 成績優秀者には自分の工房が与えられるのはスミスアカデミー伝統のシステムですわ!」

「そりゃそうだけど……!」


 そしてガブルは躊躇いもせずにドアを開けた。


 その向こうはガブル専属の創作空間として、彼女の仕事設備、さらには歴代の完成作品が所狭しと並んでいるはずだった。


 そして実際に見えたものは。


「魔剣!?」


 ガブルのアトリエには、何十という剣が並んで作のようになっていた。

 しかもそれらの剣すべて、鉱物性でないことが一目でわかった。


「これ全部魔剣か? ガブルちゃんが作ったのか?」

「もちろんですわ!!」


 魔物たるモンスターの体を材質に作り出した剣が魔剣。

 その発案者は他ならぬギャリコであったが、そのギャリコの押しかけ弟子となって様々にノウハウを吸収したガブルも、魔剣を作るようになっていった。


「ギャリコお姉さまが旅立たれてからワタクシも独自に魔剣を作っているのですわ。経験相応にスキルも上がったつもりでおります!」


 フンスと胸を張るガブル。


「お父様は、これを皆様にお見せしたかったのでしょう。今や魔剣作りはギャリコお姉さまの内から溢れ出し、多くの同業者に広がろうとしています。それはきっと大きなシノギとなるはずですわ!」

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