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17 直向きの剣

 クィーンアイアントは、率直にアイアントの上位種と言っていいモンスター。

 外見はアイアントに酷似しているが、アイアントの倍以上の体躯。やはり鉄鉱石を主食にして、外角は鋼鉄を圧縮したかのように硬い。


 テレパシー的な繋がりによって兵士アイアントを統率する。

 そのせいか、女王を倒すとその群れのアイアントは完全に統率を失い、エサを摂取することすら忘れて全滅してしまう。

 群れの長が群れの急所となっているというセオリーどおりのモンスターだった。


「今の僕には、ギャリコが作ってくれたアントナイフがある。こないだの斥侯アイアントより簡単に倒せるはずだ」


 そこは、あらゆるソードスキルを極め尽くしたソードマスター。

 修羅場へと向かう態度は落ち着いていた。


「集落を放棄するかどうかは、僕の帰りを待って決めてください。でも安心してほしい。必ずクィーンアイアントの死骸を土産に帰って来ますから」


 出発に当たって、もう一つの懸念事項だった聖剣院の軍隊は、エイジが半ば無理やり退散させた。

 彼らとしても、もうすぐモンスターの群れが襲ってくるかもしれない集落に留まるのは得策でないと考えたのだろう。

 むしろエイジが拍子抜けするほどアッサリと、人間族は退散していった。


 ただ一つの条件と引き換えに。


              *    *    *


「キミが付いてくることはないのに……!?」


 既にドワーフの鉱山集落を出て、アイアントの群れを探して山中を歩き回るエイジ。

 その背後に、影のごとくピッタリと寄り添う鎧装束の乙女がいた。


「いいえ、長い探索を経てやっとエイジ様を見つけ出したのです。聖剣院に帰ると仰ってくださるまで片時も離れません!」

「別に逃げたりしないよー」


 聖剣院の軍隊が撤退するのに出した唯一の交換条件。

 それは一軍を代表する聖剣の勇者セルンの同行を許可することだった。


「いかに覇勇者たるエイジ様と言えども聖剣なしで兵士長級に挑むなど自殺行為。いざとなれば私が青の聖剣をもってエイジ様をお助けいたします!」

「いや、だから僕にはこのアントナイフがあるので大丈夫だと……」


 やはりどう転ぼうとエイジを聖剣院に連れ戻すことを諦めないセルンだった。

 それに加えてさらにもう一人……。


「ギャリコー、大丈夫?」

「は、はひ……!」


 二人から随分遅れて、ギャリコが大荷物を担いで歩いていた。

 山中は道なき道を分け進むため、体力の消費は激しい。

 ただエイジ、セルンの人間コンビは息切れ一つしていなかったが。


「無様ですね。ドワーフは種族的に耐久スキルが高いと聞きましたが、それで何故人間族の私たちより先にバテているのです?」

「煩いわよ! 手ぶらで歩いてるくせに! アタシの背負ってる大荷物見て少しは察しなさいよ!」


 魔剣の材料とするために兵士長級モンスターを狩る。

 その目的のためギャリコは、倒したその場で獲物を解体できるようにと、必要な道具一式を揃えて強行軍していた。


「別に、集落で待っててくれてもいいのに。僕がモンスターを倒して、集落に知らせに行って、それからドワーフの皆で取りに行けばいいじゃないですか」

「それだと時間がかかるし! それに山中だとどんなトラブルが起こるかわからないわ! せっかくエイジが狩ってくれたモンスターを、ちょっとした手違いで失ったりしたら嫌だもの!」


 と強硬に主張して、結局同行してしまったギャリコ。

 本当のところは一時もエイジから離れるのが嫌というだけのようだが。


「……やっぱり僕が半分持とうか、荷物?」

「だ、ダメよ! エイジにはクィーンアイアントを討伐する大事なお役目があるんだもん! 肝心の時にエイジが疲れてしまってたら、それこそバカみたいだわ!」

「わかっているではないですか。だったら頑張って一人で荷物運びしていなさいドワーフ娘」

「アンタは少しぐらい担げ!!」


 ギャリコとセルンの関係も少しずつ打ち解けてきた。

 以上三人がチームとなってモンスター討伐に向かう。能力も思惑もバラバラでまとまりがなさそうではあるが。

 結局戦いとなったら、エイジが一人で頑張るしかないかと考えられる。


「ん……」


 山道を歩いていると、ふと気配に気づいた。

 モンスター特有の禍々しい気配。


「どうしたのエイジ……!?」

「しッ!」


 セルンも現役の聖剣勇者だけあって同様に気配を察し、唯一の一般人ギャリコを無理やり静める。


「アイアントだ……!」


 声を潜めて話し合う。


「えッ……!? じゃあ、とうとう群れに……!?」

「違うでしょう。群れに当たったにしては感じる気配が小さすぎます。これでは精々一匹程度」

「また斥侯だな」


 巣に適した場所を探すために群れを離れた単独アリ。

 残念ながら群れを見つけ出す手掛かりにはならない。


「戦って倒しても何の得にもならない相手だ。ここは体力の消耗を避けるためにもやり過ごそう」


 アイアントの習性上、女王さえ倒してしまえば群れのアリは自然と全滅する。だからなおさら、ここで無理をして戦う必要はなかった。


「いいえ」


 なのに、ここであえて無駄な戦いをしようとする者がいる。


「勇者たる私がモンスターを見過ごすのも異なること。ここは私が、ちゃんと意味ある存在であることを、そこのドワーフ娘に示す機会としましょう」

「何よぅッ!?」


 ギャリコの抗議を無視し、セルンは既に顕現させた聖剣を上段にかまえた。

 アイアントの姿は木や草に隠れて目視では確認不可能。

 完全に気配だけで相手の位置を探る。

 そして……。


「ソードスキル『一刀両断』ッ!!」


 真ッ下しに振り下ろされる聖剣。

 その剣の軌跡から放たれる、オーラと衝撃波の混じったものが一直線に飛ぶ。


『蟻蟻ッ!?』


 無数の木の葉や小枝を撒き散らしながら、その向こうにいた一匹のアイアントが真っ二つに両断されながら吹き飛んだ。


「おおッ!?」


 一瞬にして一匹撃破。

 エイジが、鉄の剣数十を使ってあれほど苦労した相手を。


「冴え渡っているな、ソードスキル『一刀両断』」


 エイジは既に前へ進み出て、アイアントの二つに割れた死骸を吟味していた。

 特にその断面を。


「美しい断面だ。ここまで綺麗に斬り裂けるなら勇者の資格は充分にありだな」

「え、エイジ様……!?」

「前の時は殻ごと粉々にしたが、場合によっての使い分けもできるようになったか。キミは僕が勇者だった頃から『一刀両断』をもっとも得意なスキルにしてきた。得意技を突き詰めるのは、強くなる筋道としてけっして間違いじゃない」

「いえ、あの、そんなお褒めの言葉を頂くとは夢にも……!」


 本当に予測していなかったのか、セルンの顔は耳まで真っ赤に茹で上がっていた。

 照れと嬉しさで頭の熱が急上昇している。


「キミがいれば、僕が戻らなくても聖剣院は安泰だね」

「エイジ様! そんなふうに話を着地なさるのですか!? それとこれとは話が別です! どうか訴えをお聞きください!!」


 かまわずエイジはスイスイ山道を登っていく。


 目的地はまだ遠い。

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