178 任務完了
エイジが、魔剣キリムスビを抜刀してモルギアと並びたった。
決闘場より遥か遠くに控えていたはずのエイジ。
用心深いキマイラが老婆心を起こさぬほどの距離を保っていたはずだが、ソードスキルの高速移動技『木の葉渡り』などを修めたエイジにとっては簡単に詰められる距離だった。
加勢が現れ、狡猾さだけが残ったキマイラは当然のように怯む。
「え、エイジ……! 手出し無用……!」
モルギアが振るえる体を必死に支える。
「こ、この戦いは、四年前からのけじめをつける、お、オレの戦い……! オレが倒さなければ意味がない……!」
「あの日しくじりを犯したのが、お前だけだと思っているのか?」
感情の揺らぎを一切見せない声でエイジは言った。
既に戦闘モードに入っている。
「あの日……。僕は役目をもってあの場にいた。モルギア殿と一緒にモンスターを討伐せよ、と。れっきとした役割を負わされていながら、それを果たすことができなかった」
その結果、四年前に死ぬはずだった凶悪が今なお目の前で生きている。
「モルギア……、お前がこの戦いで果たすべきことの一つは、先代モルギア殿の望みを果たすことだろう?」
『自分に代わって、「方円随器」を完成させてくれ』と。
「先ほどの逆流『方円随器』。見事だった。先代の技から一歩先に進んだな。モルギア殿もさぞ喜ばれることだろう……!」
それを果たさせてやりたいからこそ、エイジは一騎打ちを許容し、みずからは下がった。
その成功を見届けた今……。
「もう一つの目的には、是非とも僕を噛ませてもらう。モルギア殿の仇討ち。……悔しかったのがお前ひとりだと思ったのか?」
四年前のあの日、半人前のエイジにグランゼルドはこう命じた。
『モルギアを援けろ』と。
なのにエイジは、彼一人を戦わせ、討ち死にさせてしまった。
「僕はもう勇者じゃないが、四年前に賜った使命を今こそ果たす。モルギア! 僕が援けてやるから、存分にキマイラを倒せ!!」
あの日の失態を償おうとするのは、一人だけではなかった。
同じ目的を持った二人が、一丸となる。
「……ふ、二人がかりとなれば、キマイラは間違いなく逃げを打つ。め、面倒な状況……!」
「どうせあのまま一対一を続けてもジリ貧になる状況だったろうが。勝機は唯一、この一合にしかない!」
キマイラも、自身の不利を充分以上に悟り、完全に逃げる気に傾いていた。
一攻防。
それをいなして全力で逃走するつもりだろう。
その一撃で致命傷を与えられなければ、二人はまた任務達成の機会を逃してしまう。
「……に、逃げると決めたキマイラは、もう必殺の一撃を放ってこない」
それでは『方円随器』で返すことができない。
「と、とどめはエイジに任せる? お、オレがサポートに回る?」
「いいや」
エイジは即否定した。
「言っただろう。僕の役目はお前を援けることだ。最後までお前に華を持たせてやる」
長々話し合う時間はなかった。
蛇の尾だけになったキマイラが飛びかかってきた。
攻撃のためではない。
強襲で二人の体勢を崩し、その隙に突っ切って逃げおおせるためだ。
エイジもモルギアも即座に動いた。
言葉を経ず、阿吽の呼吸だけをもって。
「ソードスキル……」
まず仕掛けたのはエイジだった。
「……『一刀両断』!」
魔剣から放たれるオーラの斬撃。
しかし二つの頭を失っても、キマイラにはまだそれを回避する反応速度をもっていた。
直撃の寸前に……。
「ソードスキル『方円随器』」
両者の間にモルギアが割って入った。
キマイラを襲う寸前だった『一刀両断』の斬撃を、左手の盾で受け、その勢いのままに体をぐるりと回す。
まるで水の流れに押されて水車が回るように。
覇勇者レベルの『一刀両断』は、威力をそのまま黒の聖剣に乗って走る。
間にモルギアが挟まれることで、距離感とタイミングを狂わされたキマイラは、回避に反応することもできずに……。
キマイラの蛇の尾を、胴体から斬り放された。
『ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?』
今度こそ上がる断末魔の悲鳴。
三つの頭すべてをなくして、ようやくキマイラの胴体は生命力を失って、その場に沈んだ。
『ジャッ!? ジャッ!? ジャジャジャジャジャジャジャッッ!?』
斬り落とされた蛇は、しばらく苦しげにのたうっていたが……。
「……」
モルギアの振り下ろす黒の聖剣に、さらに細かく斬り刻まれて、やっと絶命した。
これにて四年に渡る黒の勇者と三頭獣との因縁にピリオドが打たれた。
「やったな……」
エイジが、モルギアの背に呼びかけた。
どんな感情を伴ってよいかエイジにもわからなかった。
素直に勝利を喜べばいいのか。先代モルギアへの哀悼を改めて表せばよいのか。
しかしモルギアの返答は、そのどちらとも違った。
「ほ、『方円随器』によるタイミングずらし。あ、案外上手く行った」
「ああ……」
事前の打ち合わせすらしなかったのに。
「『方円随器』で打ち返すのは何も敵からの攻撃に限らなくてもいい。それもまた水の自由を制するものだ。すべての固定観念から解放されてこそ『方円随器』は完成に至る」
「う、うん……!」
「また一歩、先代の向こうへ踏み出せたな」
それこそ、彼にすべてを譲り渡した先代モルギアの望むところだったから。
彼が新たなモルギアになったのは、けっしてモルギアの代わりになるためではない。
先人が目指してたどり着けなかった目標に、バトンを受け取りさらに先へ進むためだった。
それは、彼らだけに留まらない、すべての人類種が世代を超えて行うべきものだった。
「え、エイジ。あ、ありがとう……!」
モルギアは言った。
「お、お前のおかげで、助かった」
「仮にも僕はお前の兄弟子だからな。弟を援けるのは当然だ」
魔剣と黒剣が、互いの刀身を交差させた。
それは剣士同士で行われる、断ち切れぬ友情の表現だった。





