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174 魔盾

 その山羊髑髏を一目見た途端、ギャリコは魔剣鍛冶師としての本能が「ギュン」と来たという。

 元来モノ作りに見せられたものは四六時中、自分の作るべきもののヒントを求めて触覚を伸ばすもの。

 そんな彼女に、魔剣の素材そのものであるモンスターの一部を見せて、反応するなと言う方が無理だった。


 ギャリコは、キマイラの山羊髑髏を見せてほしいとモルギアに頼み込んだ。

 意外にもモルギアは、大して悩まずに快諾した。


 彼にとって、キマイラの山羊髑髏は、先代の偉業を証明するもので、かつ宿敵キマイラへの執念を忘れぬための象徴。

 なのでそれ自体に愛着などはないらしかった。


「……まさか、それで新たな魔剣を作ろうとでも?」

「ダメかしら?」

「ダメかどうかはともかく、無理なんじゃない? さすがにそんな複雑で丸っこいものを剣の形に変えられるとは……!?」


 まして金属でもない生物の骨を溶かして剣の形に鋳直すことも出来ぬだろう。

 キマイラは、魔剣の素材としては不適格だと素人のエイジでも判別できた。


「そう? アタシはちょっとアイデア思いついたわよ」

「マジで!?」

「と言うわけでアタシは作業に入るから、皆を起こさないように少し離れるわね」


 狡猾なキマイラが潜んでいるこの状況で、あまり遠くに行かれるのも困るが、とりあえずギャリコはエイジの目の届く範囲で、何かしら作業を始めた。


 こうなっては、彼女は誰が止めても止まらない。

 エイジはそれを知り尽くしていたので、何も口出しせず、夜の見張りを続けることにした。


              *    *    *


 翌朝。


「出来たーッ!!」


 ちょうど皆が起き弾める時刻に、ギャリコの作業は完了したらしい。


「なんですか朝っぱらから……?」

「いいから早く朝ご飯食べたいぞ……?」


 セルンもサンニガも、寝ぼけ眼を擦って、本格的に覚醒していない。

 逆にモルギアは、覚醒した瞬間から完全覚醒状態だった。


「寝ぼけてる場合じゃないのよ! ついに完成したのよ! あははは! あはははははは!!」


 そしてギャリコのこのテンションの高さは、徹夜明けであること疑いなかった。


「うん、徹夜だったよ」


 同じく寝ずの番をしていたエイジが請け合った。

 そして何が完成したのか。


「これよ!!」


 とギャリコが示したのは、例のキマイラの山羊髑髏だった。

 別段、昨晩から変わった風はない。


「変わったわよ! よく見てよ!!」


 そう言ってギャリコが髑髏を裏返すと、たしかに変化があることがわかった。

 髑髏の下顎の部分が取り去ってあり、しかも代わりにベルトのようなものを取り付けてあった。


「ベルト?」

「こういう風に……、腕を通して……!」


 とギャリコがとったのは、当然のようにモルギアの左腕だった。

 そうでなければ意味がないと言わんばかりに。


「ここが取っ手になってるから握ってね。そして手首と前腕の部分にベルトをしっかり絞めて……! 出来たッ!」


 モルギアの左腕に取り付けられた山羊髑髏。その状態を目撃した者は、いずれもこう言った。


「「「「……盾?」」」」


 山羊髑髏の盾。

 ベルトと取っ手によってモルギアの左前腕に装着されたものはまさに盾という風情だった。

 体に着るタイプとは違い、手先に持って率先して攻撃を防ぐための防具。


 通常、剣と一対で使われるものである。


 もっともモンスター相手には、いかなる素材の防具も意味はないため鎧同様無用の長物とされてきたが、今回素材に使われているのは、そのモンスターの頭蓋骨。

 しかも覇王級たるキマイラのものだった。


「いわば魔盾と言ったところかしらね!」

「魔盾……!?」


 そして、魔盾によるさらなる製作者の意図が、全員に読み取れた。


 黒の勇者モルギア奥義『方円随器』は、左手で敵の攻撃を受け取るために、そのダメージが蓄積する。


 しかし。


 その敵の攻撃と、捌く左手の間に、何かしらの緩衝材が入るとしたら。


「そのために山羊の髑髏で盾を作ったって言うのかギャリコ!?」

「モルギアさんが許してくれればだけど……。それにソードスキルに詳しくないアタシには、こういう補助具を着けて技が使えるかどうかも知らなかったけど……」


 勢いで突き進んだというのか。

 まさしくギャリコらしいと言えるが、肝心のモルギアの反応は。


「……………………」

「あ、あの?」


 しばらく無言で、みずからの左腕に装着された山羊髑髏を見詰めるばかり。

 もしや癇に障ったのかと全員が緊張する。


「……ほ」

「は?」

「ほ、『方円随器』の極意は、水のごとくあらゆる形に随うこと。あ、あらゆる攻撃を、あらゆる手段で受けきらねばならないのが本来。と、当然、何らかの器物を挟んでも、それを理由に無理とはいえない。言ってはならない」

「じゃ、じゃあ」


 モルギア、薪のために集めておいた木枝を一本拾う。


「え、エイジ。付き合ってほしい。た、盾を介した『方円随器』の感触を、体に覚え込ませたい」

「お、おう、わかった……!?」


 起床したらすぐにでもキマイラに挑むぐらいの勢いだったモルギアは、新たな装備の追加で仕切り直しを選択した。


「喜んでくれてよかったー。……じゃ、アタシはこれで」


 ギャリコはバタンと倒れた。

 徹夜の疲労が限界に達したのだろう。


「ギャリコーッ!? セルン、サンニガ! 彼女を介抱してやって! 夜通しで集中力MAXの作業してたらそりゃぶっ倒れるよ! ……あれちょっと待って? 僕も一応寝ずの番で徹夜明けなんだけど?」


 そもそもこれだけの人数がいながら、何故交代もせず一人で寝ずの番をしていたのか。


「この上で僕だけさらに起きてモルギアの稽古の相手しないといけないの? それこそセルンかサンニガでいいじゃん!? ……ダメ? まあ稽古なら最高の相手がいいもんね。……でも僕も疲れててさ。何? 自分は疲れてない? そりゃそうだろうグースカ寝てたんだから!!」


 結局一人だけ辛い立ち位置にあって、エイジはモルギアの稽古につき合うことになった。


 その中で実感したのは、モルギアの四年前とは比べ物にならないソードスキルの冴えだった。


 彼もまた、辺境での孤独な戦いの末に限りないレベルアップを重ねてきたのだろう。

 いつの間にかモルギアは『方円随器』だけでなく、多彩なソードスキルを打ち出し、エイジも百花繚乱のソードスキルをもって応えた。



 同じ悲しみを共有する男たちは、言葉ではなく剣での語り合いを繰り広げる。

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