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16 魔蟻の女王

 魔剣。


『聖剣を超える剣を作りたい』というエイジとギャリコの目標にたしかな筋道が立った。


「じゃあ、これからするべきことって何?」

「また新たにモンスターを狩って、新たな魔剣の素材を手に入れることだろうな」


 もっとも手頃で理想的なのは、兵士級より一つ上の兵士長級モンスターだろう。

 群れで行動する兵士級には大抵集団統率するリーダーがいて、そうした個体は大抵大きかったり強かったりする。

 そうしたリーダーを他個体と分けるために設けられたのが兵士長級というカテゴリ。


 もっとも、その等級自体に意味があるのか、ということは昔から議論されてきた。


 聖なる武器を持つ勇者から見れば兵士級も兵士長級もザコという点同じだからだ。

 ただ、勇者にとってはひたすらザコの兵士級と、全力で戦うべき勇者級。

 この二階級に、あまりに実力の隔たりがあるのに隣り合わせなのはどうだろう、という意見からワンクッション挟まれたのが兵士長級。


 それゆえにモンスター等級、四階級の中で一番意味の希薄な兵士長級だったが、エイジたちが魔剣を求めることでやっと意味らしい意味が現れてきた。


 つまり。

 兵士長級を倒してその素材を手に入れれば、よりランクの高い魔剣が作れるのだ。


「普通だったらインポッシブルだが、今の僕たちにはアントナイフがある!」

「兵士級の魔剣にエイジの腕前が加われば、けっこう簡単に狩れそうよね!」


 二人の夢がグングン広がっていく隣で、一人面白くなさそうな表情のセルン。


「待ってくださいエイジ様。それでは聖剣院にお帰りいただく話はどうなるのですか!?」

「まだそんなことを言っているのかキミは?」


 エイジのすげなさは、いつでも一貫している。


「僕は聖剣院も辞めたし勇者も辞めた。今は別の立場からモンスターを倒す方法を模索しているんだ。セルンもいい加減、本来の勇者の仕事に戻りなよ」

「そうは行きません! 私は聖剣院から厳命を受けて……!」


 ここまで来てもまだ議論が平行線を行く。

 セルンを諦めてさせるには、まだ何か考えが必要そうだった。

 そこへ……。


「アニキ、お嬢! こちらにいらしたんですか!?」


 集落所属のドワーフが、何やら慌てた様子でやって来た。


「親方がお呼びです! 今すぐ来てくだせえ!」

「「え?」」


 鉱山集落を統治する親方ダルドルからの急な呼び出し。

 不穏な何かが忍び寄ろうとしていた。


              *    *    *


 集落の外で、聖剣院の軍隊を見張っていたはずの親方ダルドル。

 それが今は親方専用室に戻って、難しい顔で座っていた。


「お父さん、どうしたの? 人間族の監視は?」

「別のヤツに任せてきた。ちょっとそれどころじゃない事態になってな」


 何故か同室を許されたエイジも、雲行きに不安を覚えざるをえない。

 そして親方ダルドルの口から、衝撃的な言葉が吐き出された。


「ワシらは、この鉱山集落を放棄する」

「「ええッ!?」」

「今日から一週間以内に準備を済ませて全員退去する予定だ。ギャリコ、坑道エリアのとりまとめはお前に任せる。エイジも手伝ってやってくれ」

「ちょっと待ってください!」


 エイジが平静さを捨てて詰め寄る。


「いきなりそんなこと言われても納得できませんよ。理由を聞かせてください。……まさか今日やって来た聖剣院のせいですか?」

「…………」

「そうならば、アイツらには二度とこの集落に立ち入らないよう僕から言い聞かせます。たしかにあんなのに居座られたら集落も落ち着かないでしょうけど」

「そうじゃねえ、そういうことじゃねえんだ」


 エイジが必死に言い繕おうとするのを、親方は制した。


「勘違いしねえでくれ。ワシらはアンタのことを迷惑だと思ったりなんかしねえ。むしろ恩を受けっ放しだ。ワシが集落の放棄を決めたのは、まったく別の理由からなのさ」

「別の理由」

「アイアントだ」


 その名に、エイジはすぐさまハッと思い辺り、逆にギャリコはますます困惑した。


「何故そこでアイアントなのよ? アイツならエイジがしっかり倒してくれたじゃない!?」

「違うんだギャリコ。ワシが言っているのはたかだか一匹の個体のことじゃない。群れのことを言っているんだ」

「群れ?」


 兵士級モンスターは、群れをなして行動する。

 先ほどのエイジたちの説明にも出てきたように、アイアントはそうした兵士級の習性を代表するようなモンスターだ。


「アイアントは、女王アリを頂点とする群れで行動し、巣とするに適した鉱脈を探す。アイツらの主食は鉄鉱石だからな」

「その鉱脈探しのために放たれるのが単体の斥侯アイアントだ。先日、集落に入り込んだのはまさにその斥侯だった。斥侯がいるということは……!」

「本体である群れが、近くにいる?」


 親方ダルドルは重々しく頷いた。


「ここ数日、集落の外に物見を放ったが、多くのヤツが同じような斥侯アイアントを発見した。幸い皆無事帰ってきたが……!」

「斥侯なんていくら叩いても、群れ本体が無事な限りアイアントの害を除いたことにはならない……!」

「そうだ、巣にすべき鉱脈を探して、アイアントの群れが近辺に居座っているのは間違いない。別の斥侯がまたこの集落を発見するのは時間の問題だろう」


 そうすれば群れ本体が鉱山を狙って押し寄せ、集落を滅ぼすのは不可避。


「じゃあ結局アタシたちは、あのアリたちに鉱山を明け渡すしかないっていうの!?」

「よろしいですか?」


 行きがかり上同席する形になっていたセルンが口を挟んだ。


「人間族に聖剣の勇者がいるように、ドワーフ族にもドワーフを守ることを務めとする勇者がいるはずです。たしか……」

「聖鎚の勇者か」


 ドワーフの崇める神、鎚神ペレよりもたらされた聖なるハンマーを使うドワーフの勇者たち。


「アイツらはダメだ」

「何故です?」


 人間族の勇者は、人間を守るのが務めでそれ以外の種族を助ける義務はない。

 だからドワーフ族は、同族の勇者に助けを求めアイアントの群れを駆逐してもらえばいいではないか。

 ということだが……。


「ドワーフの勇者どもは、ここよりずっと大きな金鉱脈や銀鉱脈を守っているのさ。そこはドワーフ全体に大きな富をもたらす。それこそ宝の山だ」


 そんな重要地の守護を放り出して、こんな小さな鉄鉱山を救いに来るなど。聖鎚の勇者を管理する聖鎚院が許すまい。


「勇者不在の時、万が一にもモンスターが金鉱脈を襲えばどうなる。ドワーフの富の数割を賄う金銀の供給が断たれたら種族全体の存亡に関わる。そんな危険を冒してまで僻地の小集落を救うことなんざ、ドワーフの勇者はしねえのさ」

「セルン、キミにも心当たりがあるんじゃないのか?」


 すかさずエイジが、親方の話を引き継いだ。


「ドワーフの勇者や聖鎚院は唾棄すべき連中だが、人間族だってそう大した違いはない。青の聖剣を賜ったキミならそれがわかるはずだ」

「…………」


 セルンは何も言えなかった。


「じゃあ、アタシたちは結局何もできないっていうの……!?」


 ギャリコが悔しげに呻いた。


「何の抵抗もできずに、苦労して掘ってきた坑道を、築いてきた集落を、アリどもに明け渡すの!? そんなの嫌よ!」

「ワシだって同じ思いだギャリコ。しかしな、結局ワシらはモンスターに勝てんのだ」


 意地を張って集落に居座っても、結局集落と命の両方をモンスターに奪われるのがオチ。

 ならばせめて命だけは長らえようと、集落を捨てる決断は親方として苦渋のものだろう。


「でも今回は、両方を守りませんか?」


 エイジが進み出て言った。


「僕がアイアントの群れを潰してきます。そうすればアナタたちはもう集落を脅かされることはない」

「いや待ってくれエイジさん」


 さすがにエイジのことを、さん付けで呼んでしまう親方。


「アンタには、これまで何とも危ないところを助けてもらった。これ以上アンタの世話になるわけにはいかねえ」

「気にしないでください。今回は、僕らの欲求を満たすためにもアイアントの群れに出向きたい」

「「「?」」」


 その言葉に、エイジ以外の全員が首を傾げた。

 アイアントの群れ全体と直接対峙することで、エイジの一体どんな欲求が満たされるのか?


「アイアントは、群れで行動する。当然その群れには、兵士たちを統括する兵士長がいる」


 アイアントの群れを支配する女王アリ。

 クィーンアイアントは代表的な兵士長級モンスター。

 魔剣を強くするため兵士長級モンスターを素材として欲するエイジたちにとってはまたとない獲物だった。


「日頃お世話になっているドワーフさんたちを助け、欲しい素材が得られる。まさに一石二鳥のミッション!」


 エイジの次なる標的が決まった。

 兵士長級モンスター、クィーンアイアント。

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