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166 少年と少年

「モルギア殿」


 キマイラの縄張りで一夜明け、討伐任務はなおも続く。

 いつの間にかエイジの、モルギアへ対する態度が改まっていた。


「キマイラを倒すには、やはり別行動をとるしかないと思います」

「お互い囮になるか」


 モルギアは、エイジの言わんとするところをすぐさま看破した。


 彼らの標的である覇王級モンスター、キマイラは、獅子のように残忍で、山羊のように憶病で、蛇のごとく執念深い。


 だからこそ自分の縄張りに侵入したエイジたちを必ず殺そうとする。

 しかも力任せでなく、安全確実な方法で。


 だからこそエイジとモルギアが二人固まっている状態にあえて攻め込むことはしないはずだった。


 用心深いキマイラを誘い出すには、あえて一人になる状況を作り出すしかない。


「それぞれ一人でキマイラの縄張りを巡回しましょう。ヤツが襲ってきたら、もう一人が気づいて駆けつけてくるまで足止めする」

「それで首尾よく袋叩きにできればそれもよし。接近に気づいて逃げたとしても、そういうことを何度も繰り返せば消耗して隙ができるはずだ」

「こっちが二人だというアドバンテージが活かせますね」


 意見は合致し、エイジとモルギアはそれぞれ単独行動でキマイラを追うことになった。


「モルギア殿。あのガキは……?」


 エイジは、今朝から姿を見せない野生児の少年に言及した。

 周囲に気配はまったく窺えない。


「アイツもアイツで朝飯の調達中なんだろう。心配するな。モンスターから逃げ隠れることにかけて、アイツは超一流だ」


 モルギアはモルギアで、負債があると認識しているあの少年に対して一種の信頼感をも抱いていた。


 彼を助けてから、一時は孤児院などに託すことも考えたが、結局何をしようとモルギアのあとを付いて来て、同行を許容したという。


『そうまでしてオレに復讐したいんだそうだ。いずれは望みを叶えてやらなきゃなと思っている』


 とモルギアは昨晩のうち苦笑交じりに語っていた。


「それでも朝飯は上手く獲れたかわからんから。もし腹すかしてるのを見かけたら分けてやってくれ」


 そう言ってエイジに、携帯食の干し肉を投げ渡す。


「……モルギア殿、アナタにとって勇者の務めとは何ですか?」

「モンスターから人々を守ることだ。違うか?」

「違いません。違いませんが……!」


 若いエイジは、いまだ確信を持てずにいた。


 彼の正義感から見て、モンスターよりなお許せない相手は聖剣院だった。


 モンスターから人々を守るはずの聖剣を使って、利権を確立して私利を貪っている。

 それに強い反発を覚え、ことあるごとに衝突し、可能ならばいつか聖剣院そのものを滅ぼしたいとすら思っている。


 それこそ、勇者本来の使命である『モンスターから人々を守ること』をよりよく実行するための必要欠くべからざる工程だと信念すらあった。


 しかし。


 黒の勇者モルギアに出会って、その信念は脆くも揺らいでいた。

 そんなことをごちゃごちゃ考える以前に、目の前の務めを遅疑なく果たすことこそ勇者にとって本当に必要なことではないかと。


 モルギアの愚直なまでの誠実さを前にして、エイジは自分の志とも言うべきものが、実はそんなに価値のないものではないかと思い始めていた。


 エイジにとって、モルギアは恩師グランゼルドに続いて出会った貴重なる『まともな勇者』だった。


 若いがゆえに不安定な彼の感性を大いに揺さぶる出会いなのは間違いなかった。


              *    *    *


 作戦通りに二人は別行動することとなった。


「夕方には、またここに集合で」

「心得ました」

「キマイラと出くわしたら、例の方法で連絡を」

「わかっています」


 しかしエイジは、別行動をとってキマイラを見つけ出すのと他に、もう一つの目的があった。

 果たせるかどうか五分五分の可能性だったが、運がいいのか、エイジは見つけ出すことができた。


 あの野生児然とした少年を。


              *    *    *


 エイジが彼を見つけたのは、純粋に運だった。

 この場で遭遇しなければ別の機会でもいい、ぐらいの気持ちでいたため、発見した時は「運がいいな」と思ったぐらいだった。


 少年は、モルギアが想像していた通り、朝食の獲物を料理していた。


 捕まえた鳥を締めて、羽を毟ってナイフで腹を割く。下拵えの手際よさは、野生児という先入観を払しょくするほどに文明的だった。


「そのナイフは……」


 少年がナイフを使っていることに注目した。

 野生児のイメージに似合わぬ、人の道具。


「……モルギア殿がくれたのか」


 少年がギロリとエイジの方を向いた。

 とっくに気づいていたと言わんばかり。モルギアが太鼓判を押した直感は、やはりたしからしい。


「実際のところ、ナイフ一本もなしに人類種が森の中でサバイバルなど、困難を通り越して不可能だからな。やはりモルギア殿は、お前のことを相当大事にしている」


 彼を束縛しない範囲で最大限の保護を行っている。


「紛れもない事実として、お前はモルギア殿に助けられたんだ。命を救われ、今日までの生活を支えてもらっている。さらにモルギア殿はお前に対して、日々後悔と贖罪を……、心理的負債を支払っている」


 少年は、エイジの言っていることを理解しているのかどうか。その態度からは読み取ることができなかった。


「何故モルギア殿が、お前にそこまでしてやらなければならない?」


 それはエイジの純粋な正義感だった。

 彼もまた十代の少年に過ぎない今、感情に任せて正義感を振りかざすのは実に自然なことだった。


「モルギア殿に借りがあるのはお前の方だ。けっして、その逆じゃない。それなのにお前はモルギア殿の誠実さに甘えきって、あの人に依存している。それは、モルギア殿の勇者の行為を阻害することだ!」


 エイジの右手から、青炎が燃え盛り、その内から蒼天のごとく晴れ渡る刀身が現れる。


 それこそ青の聖剣。


「モルギア殿の前からさっさと消え失せろ。さもなくば、あの人に貰った命、ここで失うことになるぞ!」

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