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163 運命の集合

 黒の勇者モルギアは、四年前に会った者と、今日会った者では別人だった。


 今エイジたちの目お前にいるモルギアは、黒の聖剣を手にしていながらも、その年齢は歳若く、エイジとほぼ同年代。


 伸び放題にボサボサに伸びた髪は、顔を隠して表情も窺えないほどで、セルンのような初見の目には剣に憑かれた幽鬼のようにも映った。


「また野生児化したな。僕とグランゼルド殿の二人がかりで散髪してきた苦労は何だったんだ?」

「……ひ、独り立ちしてから辺境を回るようになったので。か、髪を切ってくれる相手がいない」

「先代のお役目をしっかり引き継いだか。……言葉はしっかりしているのが、まあ救いか」

「そ、そうでもない。ここ一年人と会っていなかったので、忘れかけてた」


 気軽に言葉を交わし合うエイジとモルギアは、やはり過去に面識でもあるのだろう。

 セルンは若輩として、二人の先輩勇者の再会を黙って見守るしかなかった。


「で、その辺境巡回の任に就いているはずのお前が、何故ここにいる? しかもよりにもよって因縁のキマイラ相手に斬り合っているなど……?」

「せ、聖剣院から伝令烏が来た。エイジ。あ、アンタを斬り殺してでも連れて帰るようにって……」

「その話は僕も伝え聞いていたが……。モルギア、お前いつから聖剣院に素直に従うようになった?」

「し、従わない」


 どもりがちではあったが、モルギアはハッキリと否定した。


「ひ、久々にエイジの名を聞いて顔を見たくなった。め、命令に従ったふりをしていれば、アンタがどこにいるか教えてくれるので、べ、便利……」

「やはり聖剣院は僕の居場所を把握できていたか。やはり人間族の勢力圏内にいるのは具合が悪いな……!」

「え、エイジ……!」


 モルギアのたどたどしい声が急に深刻さを増した。


「こ、これは、運命……?」

「お前もそう思うか。実のところ僕もそうとしか思えない。お前の名が久々に耳に入って来たと思ったら、間髪入れずキマイラまで我が耳に飛び込んできた」

「し、しかも同族同種じゃない。同個体。完全に、あの日のアイツ。ま、間違いない……!」

「お前もそう思うか」


 二人が深刻な顔になった。

 もっともモルギアの方は長くボサボサの神で顔が隠れて表情も読めないが、漂う雰囲気は雄弁に深刻さを物語っている。


「山羊の頭を刎ねられたキマイラが、二体以上もフラフラしていて堪るか。あのキマイラは、間違いなくあの日のアイツだ」

「よ、四年前……。あの人とアンタが仕留め損ねたキマイラ。あ、アンタに会いに来て、アイツにも出会った」

「あの日生き残った者たちが一堂に会したか。やはり運命だな」


 二人の男から、同時にフツフツと闘気が湧きだした。

 熱く、陰鬱な、どうしようもない憤りがのたうつかのような闘気。


「あ、あのキマイラは、オレが倒す。あ、あの人から名前と、聖剣を受け継いだ、オレのすべきこと……!」

「気負うなよ。その私心がさっきの『方円随器』を失敗させたんだろうが」


 ソードスキル『方円随器』は、敵の攻撃をあえて受けることで、その威力を百%刀身に乗せて反撃する『返し技』。

 敵の攻撃が強力であればあるほど返しの斬撃も強力になるため、理論的にこの技で倒せない敵はいない。

 どんな最弱でも最強でも、自分を殺すだけの力は必ず持っているからだ。


 しかし理屈ではわかっていても、自分を殺そうという攻撃をそっくりそのまま受けきるというのは生半可なことではない。


 自身の内を空虚にし、清も濁も柔も剛も、すべてを飲み込む水の極意を得なければ、その奥義は完成しない。


 水は、おのれを満たす器の形に随って、方形にも円形にも変わる。

 その水の心得を表す言葉こそ、ソードスキル『方円随器』の名の由来だった。


 肉体以上の次元に達するため、自分自身は空虚であらねばならぬという点は究極ソードスキル『一剣倚天』と通じるところがある。


「『一剣倚天』が天の剣なら、『方円随器』は水の剣……」


 それもまた『方円随器』が『一剣倚天』に並ぶもう一つの究極ソードスキルとなさしめる由縁であろう。


「あああああ、あのッッ!!」


 どんどん深刻さが増していく最中に、思い切って飛び込んでいったのはセルンだった。

 悲壮な覚悟が窺えた。


「お初にお目にかかります! エイジ様に代わって青の勇者となったセルンと申します!!」

「…………!?」


 どうやらモルギアに挨拶しているらしいが、そのヤケクソ気味の剣幕にモルギア自身は借りてきた猫のように警戒する。


「あ、青の勇者は、エイジ……?」

「僕は勇者辞めたんだよ。それで聖剣院と揉めてるからお前が駆り出されたんだろ。伝令烏からの報せをちゃんと聞いたのか?」

「?」


 聞いていないらしい。

 見た目通りに世事に煩わされない性格のようだった。


「置いてきたギャリコたちも気になるし合流しようか。それで改めてキマイラ対策を立て直そう」


              *    *    *


「というわけで」


 エイジは元来た道を戻って、仲間たちにモルギアを紹介した。


「彼が黒の聖剣を使う黒の勇者モルギアです。皆仲良くするように」


 と、蓬髪に覆われた野生児を出されるのだから、誰もがその姿にドン引きした。


「何コイツ!? 汚い怖い!?」

「コラッ、サンニガッ!!」


 特に思ったことをすぐ口に出してしまうサンニガは、とりわけ扱いづらかった。


 タグナックから派遣された兵士は、むしろこれだけの数の勇者が集合している事実自体に理解が追い付かずに震えた。


「あの……、黒の勇者さん? どうしてこちらへ?」

「う、運命……」

「はい?」


 ただでさえ口数の少ないモルギアに、初対面から完璧な意思疎通を行うのは至難の業だった。


「それは結果論だろう。……聖剣院から僕を召還するように命じられたんだと」

「それ大変じゃない?」

「ところがコイツには、お使いを果たす気はさらさらないらしい。コイツと僕とは過去に交流があってね。名前を聞いたらついでに顔も見たくなって、従うフリして居場所の情報を引き出したんだそうだ」


 それらを聞いて納得したような、納得できないような、どっちつかずの風のギャリコたち。


「でも一応気になるな……。モルギア、聖剣院はどれくらい僕の所在を把握しているんだ?」

「た、タグナックのどこかにいるとしか。で、でもエイジは、強いモンスターがいるところに現れるだろうと思って、大きいモンスターの気配を片っ端に追ってきた」

「お前もそういうところ物凄いもんな。四年前も野生の直感だけでモンスター追ってたし」


 モンスターの感知追跡能力にかけては、聖剣の勇者のみに留まらず、全人類種まで視野を拡大しても二代目モルギア以上の勇者はいない。


「で、でも、さすがにアイツに鉢合わせするとは思わなかった……!」

「キマイラか。……しかも、四年前のヤツと同個体」


 再びエイジとモルギアが深刻な雰囲気に包まれた。


「え、エイジ……!」

「わかっている。ヤツをその手で倒したいんだろう。元より勇者の務めはモンスターを倒して、人々を守ること。あのキマイラを狩ることに何の異論もないが……」


 それでもエイジは、心配げな表情を隠しきることができなかった。


 モルギアは、あのキマイラへの執着が強すぎる。

 それは黒の勇者の必殺剣たる『方円随器』にとって猛毒でしかないのだ。


「あの……、聞いてもいいでしょうか?」


 セルンがおずおずと手を挙げた。


「黒の勇者……、モルギア殿は、あのキマイラと何か因縁でもあるのですか? 傍から見るだけでも、ただならぬ何かを感じるのですが……!」

「…………」


 エイジは一瞬、話すかどうかを戸惑った。

 しかしこれからキマイラを倒すために、セルンたちの協力は必要不可欠となろう。情報は共有されなければならなかった。


「……あのキマイラ、頭が二つしかなかっただろう?」

「は、はい」

「ライオンと山羊と蛇。通常三つの頭を持つキマイラに、山羊の頭だけがなかった。戦いの末に斬り落とされたからだ」


 モルギアが、急に体をモゾモゾしだした。

 背に負っているリュックサックを降ろすためだった。

 そのリュックを開く。中には旅に必要な携帯食やら寝具やら入っているのかと思いきや、たった一つのものしかなかった。


 それは頭蓋骨だった。

 人類種のものより面長で大きい。

 山羊の髑髏。


「それは……!?」

「持ち歩いていたのか、お前……!」


 問題のキマイラが失ったのは山羊の頭。

 モルギアが持ち歩く山羊の髑髏。


 それはあらゆる者の脳裏で連結される。


「こ、これはヤツの頭……!」


 抑揚のない二代目モルギアの声に、かすかだがしっかりとした執念が宿っていた。


「あ、あの人が、本当のモルギアが斬り落としたヤツの頭。い、命と引き換えに、あの人は、ヤツの三分の一を殺した」


 沸騰する寸前に水のように、フツフツと泡立つ執念。


「残りの三分の二を、オレが必ず殺す。それがオレの罪を償えるたった一つの方法……!」

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