161 三頭の怪
…………。
いつまでも思い出に浸っているわけにはいかない。
四年前いからいくばくか成長し、得物も青の聖剣から魔剣キリムスビに持ち替えたエイジは、去りし日を思い出してテキパキと指示を飛ばす。
「相手がキマイラというなら、アナタたちにはここで帰ってもらおう。敵は狡猾だ。生半可な味方は付け入られる弱点にしかならない」
かつて黒の勇者モルギアから言われたことをそのまま繰り返し、タグナック王国から派遣された兵士を帰還させようとする。
しかし彼らは抗った。
「自分の国で起きた災厄に、覇勇者様だけを煩わせて自分たちは何もできないなどありえません!」
と。
国王に報告する見届け役も必要なので、仕方なく十数名いる中でもっとも腕の立つという一人だけを選定し、連れて行くことにした。
「あと出来れば……、ギャリコも残ってほしいんだけど……!」
「なんで!? これまでずっとアタシも一緒にモンスターを倒してきたじゃない!?」
たしかにそうだが、今回戦うキマイラは弱い者から率先して狙ってくる。
幾重もの修羅場を潜り抜けてきたとはいえ、戦闘員ではないギャリコをキマイラの射程範囲内に置くのは不安だった。
「今までも、サポートで役立つことはあったでしょう!? だからお願い!!」
一度決めたら頑として譲らないところは、エイジもギャリコも共通するところがある。
エイジは頭を抱えつつも、彼女の意に沿うしかなかった。
「だったらサンニガ。キミがギャリコのことを守ってくれ。……押しかけ同行されて早速重要な役割を任せることになろうとは」
そしてセルン。
「キミと僕とで仕留めるぞ。キマイラは三つの頭をもって、恐ろしく感覚が広い。キミに三つある頭のうちの一つを任せる」
かつて黒の勇者モルギアがとった作戦をそのままなぞり、エイジはキマイラ対策を立てていった。
* * *
「キマイラの最大の特徴は、三つの頭だ。ライオン、山羊、蛇の頭。それぞれが独自に判断して行動する」
目的のキマイラが居座るという峠に向けて移動中。
エイジは標的の特徴を念入りにレクチャーしていた。
同行者は既に絞られ、先頭を行くエイジの他にギャリコ、セルンの固定メンバー。さらに続くのは押しかけ同行者のサンニガで、タグナック兵士の代表として残った一人が最後に続く。
「頭が多いということは、それだけ広い視野を持つということでもある。単純に三つの頭、六つの目だ。全方位が常にどれかの視界に入っていると言っていいし、特に山羊の目は単体でも全範囲をカバーできる」
三つの頭が、それぞれ違う動物であることもネックだった。
それぞれの特徴を活かしてキマイラは最大限の警戒を行う。
「山羊の頭がメインの警戒係だ。両側面についている山羊の目は、真後ろ以外の全方位を映せる」
それで近づく者を、安全な距離にいるうちから察知できる。
「蛇は尻尾の代わりについていて、山羊視界の唯一の死角となる後方をカバーする。それだけでなく、鼻先にあるピット器官は獲物の体温を感知するからな。視界不明瞭な真夜中でも難なく噛みついてくるって話だ」
しかも猛毒付きである。
キマイラの尾蛇に噛まれた者は間を置かず、全身が痺れて動けなくなるという。
「そして極めつけがライオンの頭だ。他の二頭が警戒・防御役だとすればアレは完全な攻撃役。何しろ元が肉食獣だからな」
前方についた目で獲物との正確な距離を測り、鋭い牙、強靭な顎で瞬時のうちに噛み殺す。
耳も鼻も相応に鋭敏で、単体でも覇王級に相応しい難物であった。
「肉食獣の獰猛さと草食獣の憶病さ、それに蛇の狡猾さを兼ね備えたヤツだ。正面から戦っても強いくせに、知恵も回る。弱いところを探して的確に突いてくるし、自分より強いとわかった相手からは逃げて絶対に近づかない」
それゆえにキマイラは、数ある覇王級の中でも特に手強い相手として認識されていた。
「ハルコーンのガチさと、レイニーレーザーの憶病さを兼ね備えたモンスターと言っていい。とにかくやりにくい相手だ。より一層気を引き締めてかかってほしい」
「了解しましたエイジ様!」
「兄者、オレは護衛役なんてつまらないぞ。オレも攻撃役に加えてくれ。絶対役に立つから」
サンニガは、ギャリコやタグナック兵を守る役割に任じられたことを不満に思っているようだが、彼女の力量は既にヨモツヒラサカでの出会いで計り切れていて、適切な配置だとエイジは確信していた。
素手でもモンスターと戦えるオニ族の呼吸スキルと空拳スキルは強力だが、若いサンニガはまだ覇王級に挑めるほどのスキル値を有していない。
結局のところエイジと、れっきとした勇者であるセルンとで押し込むのがもっとも堅実だった。
「しかしエイジ様は、やはり素晴らしいですね! どんなモンスターでも傾向と対策がスラスラ出てくる!」
「今までもそうだったけど、本当に何でも知っているわよね。実際に戦ったこともあったりするの?」
感心するセルンやギャリコに、エイジは口ごもった。
彼とて最初から全知博識であるわけではない。
無知から、様々な教材より知るべきことを学んできた。
それは書物であったりするし、実際の経験であったりもした。人から教わる場合は、やはりもっともその機会が多かったのは師たるグランゼルドだった。
それに次いで、もう一人は。
「あ、実は覇勇者様にもう一つお知らせすることが」
同行するタグナック兵が、忘れてたとばかりに唐突に言い出した。
「キマイラが三つの頭を持っているというのは仰る通りです。さすが覇勇者様、よくご存じと感心しましたが……!」
「お世辞はいいんで、伝えることがあるなら簡潔にお願いします」
「これから向かうキマイラには、頭が二つしかありません」
「は?」
普通頭が二つでも多すぎるくらいだが、その報告にエイジは目の色が変わった。
「どうやら以前誰かと戦って斬り落とされたらしく……! そもそもモンスターにて傷を負わせられるのかと疑問なのですが……! いや、もっと早くにお伝えするべきだったのでしょうが、頭が少ない分弱体化するので深刻な情報でもないと思い……!」
「何故もっと早く言わなかったッ!?」
想像以上に激しいエイジの反応に、報告した兵士当人だけでなくセルンやギャリコ、サンニガも驚愕した。
「も、申し訳ありませんッ! 私の完璧な落ち度で……!!」
「もしかして、もしかして……! 斬り落とされた頭っていうのは山羊の頭か!?」
「は!?」
問い詰められて、兵士は目を白黒させた。
「そ、そうです……。その通りです。何故ご存知で?」
「…………ッ!」
エイジの表情が蒼白となっていた。
今までどんな凶悪なモンスターに出会ったとしても、そんな表情は見せたことがなかったのに。
「まさか……! 同じヤツなのか!?」
「え?」
「今から向かうところにいるアイツは、四年前に戦ったあの……!」
* * *
そしてエイジたちがついにキマイラの下へたどり着いた時、意外な事態が待ち受けていた。
討伐目標であるキマイラは、既に戦闘を開始していたのだ。
その相手は。
黒の勇者モルギア。





