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159 流浪人

 依然として四年前の話となる。


 当時まだ青の勇者として聖剣院に所属していたエイジ。

 彼は、勇者の務めとしてモンスター討伐任務を賜ることになったが、今回、珍事が伴うことになった。


 同類である勇者がもう一人、任務に加わることになったのだ。


「共同討伐ってことか……!?」


 それはエイジにとって非常に珍奇な経験だった。


 同格の勇者と言えば、白の聖剣フュネスや赤の聖剣スラーシャしか知らないエイジ。

 かの二人は勇者という立場を利用して暖衣飽食を貪ることしか頭にない俗物で、みずから進んでモンスター討伐に出ることなどないから、自然共同討伐の機会もない。


 だから勇者が協力し合ってモンスターに立ち向かうこと自体、エイジには初体験。

 戸惑うことしきりであった。


 さらに加えて、初めての相棒となる勇者というのが、これまた難物の変わり者。


 黒の勇者モルギアといえば、噂を伝え聞く程度で、直に顔を合わせたことすらエイジにとってこれが初めて。


 どういう理由かは知らないが、聖剣院に寄りつかず、伝令烏も渡れない未開の辺境を旅して周り、本部へ帰ってくるのも数年に一度という。


 エイジは、自分が変わり者の勇者であるという自覚はあるが、モルギアはそれをさらに上回る変わり者の勇者だった。


 そんな変わり者同士で共同討伐。

 調子が狂うのは当然至極であった。


              *    *    *


「覇王級と認定される理由は、各モンスターによってさまざまだ」


 既にエイジは、モルギアと共に出撃していた。

 向かう先は、モンスターの目撃情報があった場所。進めば進むほどに森が深く、鬱蒼としていった。


「最低限の規定が『勇者をもってしても討伐不可能』なこと。それさえクリアできれば、どんなモンスターでも覇王級と認定される」

「今回僕たちが殺す予定のキマイラは、どんな理由で『勇者をもってしても討伐不可能』と判断されたんだ?」

「たくさんあるぜ」


 付き合い程度に話題に乗ってやったエイジだが、返ってきた答えは凄絶だった。


「まず単純に強い。俊敏で力強く、正面から敵を叩き潰せる正統派だ。あそこまで真っ当な強さを発揮するモンスターはそういない」


 覇王級で他に同系統の正統派がいるとすれば、かつてグランゼルドと死闘を演じた雷馬ハルコーンがいるが、それらを含めても十指に満ちるか程度のものだろう。


「しかしキマイラのいやらしいところは、真っ向から戦える単純力を持ちながら、かつ狡賢いってところだ。オレたちみたいな精鋭を避けて、相手の一番弱いところを突いてくるぐらい普通にやりかねない」

「兵の動員が禁止されたのは、そこが理由か?」

「キマイラが覇王級に叙された理由、その二だ。賢いアイツは、敵が自分より強いとわかれば即座に逃げる。腹を括れよ、純粋な力比べの前に知恵比べがあるぞ」


 ソイツは大変そうだ、とエイジは純粋に思った。

 人類種が、自身より遥かに高い能力を誇るモンスターに対抗する時、生き延びる最後の望みとなるのが知恵でモンスターを出し抜くことだ。


 大抵、本能だけで動くモンスターの行動を予測し、逆手に取って逃げおおせることは、人類種の知恵をもってすれば可能。

 しかし今回相手にするキマイラは、その知恵ですら人類種を上回ってくるというのだ。


「他にも、尾に含まれた猛毒。辺りの草木をすべて食い尽してしまう貪欲さ。ハンターとしての直感。キマイラを凶猛たらしめる理由は様々だ。他の覇王級と一緒に思っていたら、一瞬のうちに頭を食い千切られちまうぜ」


 そんな強敵を前にしながら、グランゼルドはこともなげに足止め任務を討伐任務に切り替えさせた。

 モルギアの闖入を理由にして。

 それだけこの黒の勇者は、勇者の頂点に立つ覇勇者から高く買われているということか。


「……アンタ、今まで何をしていたんだ?」

「早速情報収集かい?」


 即座に思惑を見透かされてエイジは極まりが悪い。


「まあ、気になるのもわかるぜ。オレが何年も聖剣院に寄りつかず何をしているか、余人にとっては謎だからなあ。『仕事サボって何やってるんだ?』とか思ってる?」

「どうでもいい。人間族を襲うモンスターなんて僕とグランゼルド様さえいればどうとでもなる。フュネスやスラーシャと同様、アンタだっていてもいなくてもいいさ」

「凄い自信だねえ。さすがはグランゼルド様が手塩にかけて育てる天才児」


 歯の浮くようなことをさらりと言ってのける男だった。

 この飄々とした馴れ馴れしさは、かつてエイジが一度も触れたことのないものだった。


「心配されなくても、ちゃんとお仕事はしているよ。人間族の勢力圏といっても広いからね。その中でも人里離れた険しい辺境地。そこまで行ってモンスターを退治するのがオレの仕事だ」

「そんなところで戦って意味があるのか?」


 勇者の仕事はモンスターを倒すことではなく、より正確に言えば『モンスターを倒して人間族を守ること』だ。


 人里から離れた場所に住むモンスターということは、それだけ人を襲う可能性が低いということ。

 そんなモンスターをいちいち倒していって……。


「意味があるのか?」

「二回も言うなよ……。キミ、傷口を抉りに来るタイプ? ご指摘の通り、オレの任務には予防的意味合いが強い、だからザコモンスター程度なら放っとくよ」

「?」

「倒すのは全部、覇王級モンスターさ」


 その言葉を聞いて、エイジは息を飲んだ。

 ただの勇者が、単独で覇王級を倒すというのは本来ありえぬことである。

 勇者で倒せず、覇勇者でしか倒せないから覇王級と認定されるのであって、それが破られるのであれば認定の意味がない。


「たしかに人里に近い、より危険度の高いモンスターを駆除することの方が急務だ。でも、それだけだとどうしても間に合わないケースが起きて、犠牲者を出してしまう」


 だから遠くにいるうちからできるだけ早目に駆除し、居住区への被害を最小限に抑えよう。

 それがモルギアの辺境徘徊の意義だった。

 しかしすべてのモンスターを駆除対象にしてはとても手が回り切らないため、もっとも危険な覇王級を最優先に倒すという。


「これは一応効果が立証されている防衛法で、務められる力量の者がいれば決行させるべきだって言われてる。だが別名貧乏くじとも言われてな。進んで引き受ける勇者がまずいない」


 そうだろうな、とエイジは思った。

 いくつもの街を渡り歩いて接待を受けるフュネスやスラーシャなどは死んでも嫌がるだろう。


「そんなわけで、もう長いことオレの選任になっちゃってるのさ。まあオレ自身華やかなのが苦手なんで、助かってる面もあるが」

「そういう任務があるんなら僕も引き受けてみたいな。グランゼルド様は何故教えてくれなかったんだろう?」

「そりゃあ可愛い弟子を手元に置いておきたいからだろう。お前さんの危なっかしさは、昨日今日会ったばかりのオレでもすぐさまわかった」

「そういうもんかな?」

「グランゼルド様は、まだまだお前さんを目の届くところに置いておきたいんだろう。あの人は過保護だからな」


 過保護。

 そんなバカな、とエイジは思ったが、古豪モルギアの目から見ればそう映るのかもしれない。


 この男は、今まで出会ってきた勇者とはまったく違う次元にいる。

 そのことをいい加減認めるしかなくなってきたと、エイジは自覚していた。


「……オレもヒトのことは言えないがな」、


 その時だった。

 エイジとモルギアが進む鬱蒼とした森の中で、ガササッ、と葉音が鳴った。


 何者かが森の中を動き、枝葉を揺らしたのだ。


「……ッ!? キマイラか……ッ!?」


 エイジはすぐさま、虚空から青の聖剣を発生させる。

 それだけ速やかに戦闘態勢をとったのは、捉えたのが葉のざわめきだけではないからだ。


 凄まじい殺気がエイジの総身に鳥肌を立たせた。

 明らかにモンスターの放つ殺気。人間の放てる尋常なものではない。


「手塩にかけて育てた弟子というのは、何より可愛いものだ。特にオレみたいに、結局妻子に恵まれなかった男にはな。……おい小僧」


 モルギアがエイジに呼びかける。


「何をビビってやがる。キマイラが出る地点はまだ先だ。物騒な剣を仕舞いやがれ」

「しかしこの殺気は……! キマイラでなくとも間違いなくモンスターの……!」

「未熟者が」


 モルギアは舌打ちしながら言った。


「これがモンスターの気配なもんか、目ん玉よく見開いてあそこを見てみろ。紛れもなく人間だろうが」

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