15 魔の等級
自然から採れた鉄の刃では決して傷つくことのなかった魔物の殻。
しかし、同じ魔物の殻で作った武器をもってすれば見事断ち割ることができた。
それはエイジやギャリコにとって、歴史の変わる瞬間を見るほどに衝撃的な光景だった。
「モンスターを倒す武器をモンスターから作り出す……! 逆転の発想だが行けるな!」
「モンスターなんてそこら中にいるから、倒しさえすればいくらでも材料を得られるわ。聖剣みたいに希少なんてことにはならない!」
二人とも意気揚々だった。
「そうね……、普通の武器と区別をつけるためにも、『モンスターから作った剣』という意味で名前を付けたいわね。どんなのがいいかしら?」
「そうだな……」
エイジは、まだみずからの手にあるナイフをジッと見つめて沈思する。
「……モンスター。魔物から作った剣、ということで魔剣はどうだろう?」
魔剣。
「いいわね! じゃあ、このナイフは特にアイアントから作ったからアントナイフって言いましょう!」
なんか色々決まっていく。
とにかく今の二人は、長いこと閉ざされていた水門が開かれたかのように、これまで堰き止められていた多くのものが放出される。
もはやとどまらぬ勢いだった。
「お待ちください!」
それでも歯止めを掛けようとする者がどこにでもいる。
「何を浮かれているのですか!? アイアントごときの殻を切断した程度で、そんなこと勇者レベルなら転寝しながらでもできること!」
勇者セルンは、エイジを聖剣院に連れ帰りたいので、そこから外れる流れを止めようと必死。
「所詮アイアントは最弱の兵士級モンスターです。あれより強いモンスターも硬いモンスターもたくさんいます! 本当に魔物に対抗できる剣というならば兵士級よりもずっと上、勇者級や覇王級に対抗できてこそでしょう!」
「うん……!」
その主張の正しさを認めるように、エイジはたじろいだ。
「少なくとも、そのナイフの強さは、聖剣の足元にも及びません。見ていてください」
虚空から青白い炎が上がる。
セルンは聖剣を顕現させると。真っ二つになった試し斬りの殻へ追い打ちをかけるように放つ。
「ソードスキル『一刀両断』ッ!!」
青の聖剣から放たれる一閃は、もはや衝撃波の類となって殻を飲み込み、両断に留まらず粉々に砕いてしまった。
「うわッ……!」
――アイアントごとき、聖剣院の勇者なら木の葉のごとく引きちぎれる。
以前言った自身の言葉を、みずからの手で証明したのだ。
「見ましたか、剣神アテナより賜りし聖剣に比べれば、アナタたちの試みなどまさしく児戯。そんなことにかまけている暇があったら、聖剣をもって戦う方がずっと意味ある行いです」
「あーッ!?」
しかし、ギャリコがまったく別のことに憤慨する。
「なんで殻吹き飛ばしちゃうのよ!? まだまだ利用法があったのに!!」
「えぇ!?」
「貴重な素材だったのよ! ……それがもう、塵になって……! 新しく調達しないと研究進められないー!!」
「あのっ、何だかごめんなさい! 弁償、弁償いたしますので……!」
* * *
「とにかく、セルンの言うことにも一理ある」
落ち付いて、再びギャリコの専用工房に戻り話し合いが続く。
「アイアントは所詮兵士級モンスターだ。それから作ったアントナイフでは、上位モンスターである勇者級や覇王級に太刀打ちできないだろう」
「左様です! 左様です!」
鼻息荒くセルンが賛同した。
その横でギャリコが、何かむず痒そうな表情をしている。
「あの……、質問いい?」
と手を挙げる。
「さっきから言ってる兵士級とか勇者級って一体何なの? モンスターって、もしかして種類によって格付けされているの?」
「モンスターの階級を知らないのですか!?」
それにビックリしたように反応するセルン。
「いやセルン、それが一般人の認識だよ」
剣士として格上であり、世間も広く知っているエイジが窘める。
「モンスターなんて、普通の人々の手ではどうにもならないという点では兵士級も覇王級も同じさ。格付けなんて精々勇者にしか意味のないものだよ」
しかし……。
「これからモンスターを材料に魔剣を作っていくなら、モンスターの格付けは知っておかなければならないだろう。これから説明するんでギャリコには是非とも覚えてほしい」
「わ、わかった……!」
ゴホンと咳払いして、エイジは語り出した。
「モンスターは、その強さに応じて全部で四つに格付けされる。兵士級、兵士長級、勇者級、覇王級の四つだ」
それがモンスターのランク。
「一番下が兵士級モンスター。下位下級の最下級だ。こないだ僕らが倒したアイアントは、その代表的な兵士級だよ」
エイジは、今やアントナイフに化けただけを残した、かつての強敵を偲ぶ。
「全モンスターでもっとも弱いのが兵士級の定義です。戦いようによっては聖剣を持たぬ一般人でも討伐可能なため、危険度はもっとも低いとされています」
「僕はその定義に賛同できないがね」
エイジが不満たっぷりな声で言った。
「一般人にも討伐可能といっても、それはメチャクチャな好条件を前提にしたものだ。たった一匹を何十人で取り囲み、そのほとんどを犠牲にして仕留められるかどうか。そんなものを討伐可能対象と見るのはどうかしている」
「そ、それは……」
「結局のところ、モンスターはどんなに弱かろうと普通の人には討伐不可能なんだ。まして兵士級というカテゴリは勇者にとって言いわけに使われることが多い。『兵士級? だったらオレが出るまでもない』とね」
その結果放置された兵士級が際限なく暴れ回り、却って上位モンスター以上の被害を広げることは、残念ながらよくあることだった。
「そんなことならモンスターの格付けなんてやめるべきだと、僕は現役中何度も思ったものだよ」
「エイジ様は勇者であった頃、どんなに弱いモンスターでも発生報告を受ければすぐさま討伐に向かわれていましたよね?」
「それが勇者として当然の務めだからね」
思い出される先日の、ここ鉱山集落におけるエイジとアイアントとの戦い。
あの戦いにエイジは掠り傷一つなく勝利したが、それは魔物の繰り出す攻撃をすべて、絶妙の体捌きでかわしきったからだ。
しかし、アイアントの大顎は捕まれば人間の胴体ぐらい細枝よりも容易く切断する。
無傷で終えなければ、即死するしかないのがあの戦いだった。
その戦いを、剣数十本も折る長期戦として勝ち抜けたのは、エイジが覇勇者として類稀なる体術を会得していたからこそ。
普通だったら長時間にわたる攻防のどこかで大顎に掴まり、瞬時に両断されていたことだろう。
もしエイジがいないままにアイアントを群れに帰すまいと戦っていたら、集落の半分の命を犠牲にしなればならなかったのではないか。
それでも確実に巨大アリの息の根を止められたという保証はない。
「その兵士級モンスターを指揮統括するのが兵士長級モンスターです。兵士級は群れ単位で行動するのも特徴の一つですから」
「兵士級も兵士長級も、聖なる武器を持つ勇者にとってはザコでしかない。それなのに一般人にとってはどうしようもない脅威だってところが厄介なんだが……」
「問題なのはその上からです。勇者級と覇王級。その分類基準は、極めて明瞭なものです」
勇者が一騎打ちで倒せる強さの勇者級モンスター。
兵士級や兵士長級が、勇者をもってすれば一捻りできるようなザコなら、勇者級こそ勇者が全身全霊をもって向かい合う初めての相手。
強敵の域に踏み込んだクラスだった。
「その勇者級の、さらに上を行くのが覇王級です」
覇王級は、それこそ勇者をもってしても倒すことができない。
総合的な実力が勇者を上回る。
「私のような通常の勇者が、聖剣をもってしても敵わないのが覇王級モンスターです。ならばどうするか? その時こそ勇者より上の勇者、覇勇者の出番となるのです」
覇王級モンスターを倒せるのは、勇者を越えた覇勇者のみ。
覇勇者が人類種の頂点ならば、覇王級こそモンスターの頂点でもあった。
「それなのに今聖剣院は、覇勇者たるエイジ様が使命を投げ出し、頂点の座が空位となっています。もしこんな時覇王級モンスターが現れたら……!」
「だからグランゼルド殿が現役続行中なんだろ? あの人がおられるなら大丈夫さ」
どんな話の流れからもすぐそういう話題に切り替えようとするセルンに、エイジはそろそろウンザリだった。
「とにかく……、僕が現役だった頃には大して意味のないと思っていたモンスターの等級が、ここに来てやっと意味を持ち始めた。って感じだな」
モンスターを元に魔剣を作るなら、素材となるモンスターの強さは重要な基準となる。
「最下位――、兵士級モンスターで作ったこのアントナイフでは、全部のモンスターを斬り殺すことは不可能だろう。同等の兵士級、行けて一つ上の兵士長級に対抗するのが精々だ」
しかし。
そうして兵士長級モンスターを倒してその体で武器を作れば、それを元にまた一つ上の勇者級モンスターを倒せるかもしれない。
「さらに勇者級モンスターを素材に魔剣を作り、それで覇王級を倒して、ソイツを材料に魔剣を作れば……」
誰でも覇王級を倒せる強さの魔剣が作れる。
それはもはや、覇聖剣と同等の魔剣といってもいいのではないか。
「目標が決まったな」
手にしたアントナイフを第一歩に、目標へと至る筋道が彼らの前に現れた。
~補足説明~ モンスターの等級まとめ直し
今回紹介したモンスターの等級を改めてこちらに列記しておこうと思います。
強い順から。
・覇王級……現段階で一番強い。覇聖剣を持った覇勇者でのみ倒せる。
・勇者級……聖剣を持った勇者が本気で戦って何とか勝てる相手。
・兵士長級……兵士級を束ねる、文字通り隊長的ポジション。兵士級よりは強い。
・兵士級……最弱。ザコではあるが、それはあくまで聖剣を持った勇者から見ての話。一般人は普通に勝てない。
基本的に聖なる武器を持たない一般人にとって絶対勝てない相手という点では、兵士級も覇王級も同じです。
この等級はあくまで勇者視点で見て初めて意味を持つものですが、ギャリコたちのアイデアによって新しい意味を持った、という感じですね。





