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153 移り変わり

「兄者、稽古をつけてくれ!」

「だからその呼び方はやめてください」


 初めて出会った時とは打って変わり、サンニガはエイジによく懐いた。


 彼女の故郷ヨモツヒラサカを出てからも、旅の間に暇を見つけては、こうしてエイジに稽古をねだっている。


「兄者の呼吸スキルは、オニ族の中でも最強。もしかしたら、おじいより上かもしれない。オレも兄者に倣って呼吸スキルを極めたいんだ!!」

「だから、僕はオニ族じゃないですからね?」


 という感じで、片時も離れようとしない。


「いいからオレの成長具合を見てくれ! 『威の呼吸』!」

「全然伸びてないじゃないか。身体スキルの上昇率が昨日と少しも変わってない」


 呼吸スキルは、最近オニ族の固有スキルであることが判明したのだが、呼吸を通じて様々な効果を発揮するスキルである。


 そのもっとも基本的な呼吸スキル『威の呼吸』は、整えられた呼吸で筋力スキル、敏捷スキル、耐久スキルの三つ――、俗にいう身体能力三大スキルを上昇させる効果がある。


 とは言え効果には個人差があるようで、エイジが『威の呼吸』で身体能力スキルを倍増させるのに対し、サンニガは同じスキルで精々一.五倍程度の上昇率しかない。


「納めた気が全身に行き渡らないから、そんな中途半端な上昇率で留まるんだ。一部は全部と通じている。そう思って全身を把握しろ、まだお前の体の中に、お前の知らない部分が残っているぞ。しかもけっこうたくさん」

「お、押忍!」


 何やかんや言ってしっかり指導してやるエイジだった。


「セルンを鍛えるようになってからこっち、先生癖がついて付いてきているような……?」


 つい最近グランゼルドから言われた「お前に人を育てる才がある」という褒め言葉に、知らずのうちに舞い上がっているのかもしれなかった。


 そして当の一番弟子であるセルンが、不機嫌そうに割って入る。


「エイジ様! 私にもご指導ください! このような新参者ばかりかまわれては秩序が乱れます!」


 とは言うが、既にしっかり指導してある先輩より、教えたての後輩の方に多くの指導時間が割かれるのは当然ではないだろうか。

 要するに、単なるセルンの嫉妬だった。


「なんだ人間族? 兄者はオレを鍛えているんだ、邪魔するな」

「邪魔しているのはアナタでしょう! 私はエイジ様の教えを修め、一日も早く立派な勇者とならねばならぬのです! 飛び入りのアナタの方がよっぽど邪魔です!」

「兄者はオニ族だぞ! 同族のオレを贔屓にして当然だ!」

「半分だけでしょう! もう半分は人間族です! 私だって贔屓される根拠はあります!!」


 贔屓してほしいの、とエイジは傍で聞いていて思った。


「あー! もうッ!! しゃらくせえッ!! だったら勝負だ! 勝った方が兄者に鍛えてもらう! これでどうだ!」

「承諾しました。人間族の青の勇者の実力、とくとご覧に入れましょう!」


 と言ってセルンは、虚空から青の聖剣を取り出す。

 さすがに「おいおいおい」と慌てて止める。


「人類種相手に聖剣を使う勇者がどこにおるか」

「い、言われてみればそうでした……! 聖剣が使えないなら、どうやって戦えば……? そうだギャリコ! このバカ娘を斬り捨てるにちょうどいい魔剣を出してください!」

「斬り捨てるなっつーの」


 呆れるエイジだった。

 その一方で、サンニガもやる気満々だった。


「『破の呼吸』……!」

「ぎゃー!? このバカ娘、一層本気じゃないですか!? ギャリコ! 手持ちで一番いい魔剣をください! 一番いいヤツを!! 早く!!」


 やれやれ、という気分で腰を下ろし、離れたところから二人のケンカ、というか稽古を見守る。


「我が一行も姦しくなったものだ」


 サンニガは、エイジと同じ人物を祖父に持つという。

 つまり従兄妹の関係。


 エイジは、自分にもはや親族などいないとばかり思っていたので、この事実は衝撃とはいかないまでも多少の困惑をエイジに自覚させざるを得なかった。


 休憩中の一行は、それぞれが思い思いを過ごす。

 稽古中のセルン、サンニガの他に、ギャリコは旅の荷物のチェックに余念がなく、ちゃっかり同行するクリステナは、馬車の御者と細々した打ち合わせを行っていた。


「ちょっと……」


 そんなクリステナに、エイジは話しかける。


「あらエイジ様、何の御用でしょう? 逢引なら全力で身に任せるよう商会長から命じられていますわ」

「違うわ。……秘境探検の期間が長かったからね。こっちの状況も随分変わっていることだろうと思って」


 かつてリストロンド王国で繰り広げられた騒動は、世を変えるに充分なインパクトがあった。

 その渦中にいただけあって、のちの経過を興味なしで済ませるほどエイジも無責任ではいられなかった。


「……それはもう。エイジ様のお陰で人間族の社会も大激動を迎えておりますわ。おかげでわたくしたちも無数の商機に恵まれております」

「大激動って……」

「まずは、先のフォートレストータス強襲騒動で聖剣院の信頼が大きく失墜しました」


 元々信頼なんてなかっただろう、というツッコミを入れたいところだったが、あまりにも当たり前のことだったので、ぐっと我慢して続きに耳を傾ける。


「元々過大な寄付金の催促や、足元を見る行為で評判を下げていた彼らですが、大国リストロンドすら滅びてかまわぬというという素振りを見せたことで信頼は完全崩壊しました」


 それはそうだろう。

 人間族の諸王国は、モンスターから自分たちを守ってくれると信じるからこそ、聖剣院の傍若無人に目を瞑っている。

 しかしその最後の信頼すら破るような相手に、どうしてかまってやれようか。


「諸王国は、聖剣院側が要求してきた臨時寄付金の供出を揃って拒否しました。翌年に支払われる定期寄付金もストップするかどうかで協議しているそうです」

「ざまあみろとしか言いようがないな」


 聖剣院にとって人間族の諸王国は、ただの金蔵。いつでも開けていくらでも取り出して行っていいと思っている。

 せびり取った金で贅沢することが代えがたい楽しみである彼らにとって、その金がなくなってさぞ大慌てしていることだろう。


「しかし違和感もあるな。僕の知っている諸王国は、どんなに腹に据えかねたとしても、聖剣院に対してそこまで強気になれただろうか?」

「それはもう! 強気になれる根拠がありますから!!」


 クリステナが勇んで言うほどの何かがあっただろうか、とエイジは首を捻る。


「わたくしたちにはエイジ様がおられますから!!」


 強気の根拠、自分だった。


「かねてからの聖剣院の傲慢。それを糾弾して袂を分かった覇勇者エイジ様は、今や人間族の正義の象徴! 諸王国はエイジ様を核にして論陣を張り、聖剣院をあるべき形に戻そうとしているのです!!」

「それは、まあ……!」


 エイジにとっては予想の範囲内だった。

 現状における聖剣院の腐敗は、多くの者が認めるところ。エイジほどの政治的切り札の存在を認めれば、それをテコに何か動かそうと望むのは自然の心理。


「それに加えてもう一つ、エイジ様らによってもたらされた、人間族を奮い立たせる要因があります!」

「?」


 そんなのあったっけ、とエイジは首を捻る。


「あるじゃないですか! 今彼らは、人々からこう呼ばれているのですよ! 魔剣騎士団と」


 魔剣騎士団。


 覇王級モンスター、フォートレストータスの死体から切り出した亀の甲羅。

 それを素材に作り出した魔剣は、多く量産され、エイジ以外の多くの人々の手に渡った。


 それはギャリコとエイジが魔剣作りを目指して初めての出来事だった。


 その魔剣を手にした一団が、人間族の社会に旋風を巻き起こしている。

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