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152 平和の王国

 ともかくもエイジ一行は、今や善神であることが判明したウォルカヌスに再び目通りするためにドワーフの都を目指すことになった。


 その途上のことである。


「エイジ様、リストロンド王国へ立ち寄らずによいのですか?」

「やだやだ、やだもん!」


 エイジはいつになく駄々をこねた。


「わかってんの!? もう僕の正体知れ渡ってるんだよ! そんな中ノコノコ訪ねて行ったら向こうは諸手の上げての大歓待! 盛大な歓迎パーティを幾日にもわたって繰り広げてくださるだろうよ!!」


 大人の付き合いが大嫌いなエイジにとって、それは苦痛を伴う有難迷惑であり、なんとしてでも避けたいところだった。


「それを言うなら、もう人間族の勢力圏内でエイジの面は完全に割れちゃったんだし、何処に行っても同じなんじゃないの?」

「リストロンド王が盛大にバラしちゃいましたからねえ……」


 各国の使節が詰めかけた式典の場で。


「そう、その通り!」


 行く先々でいちいち歓迎パーティなど催されていては、ドワーフの都に舞い戻るまでに何年かかるかわからない。


「ここは、ひっそり息を潜めて、隠密行動で人間族の勢力圏を通過しよう……!」

「オッケー」

「かしこまりました」


 既にアスクレピオス山脈のすそ野にまで降りてきたエイジたちは、いま少しで本格的な人間族の勢力圏内に帰還するところだった。


 ただ前述の理由で、聖剣の勇者が神のごとく崇め奉られる人間族の勢力圏内に踏み込むのに躊躇するエイジ。


 かといって迂回するにも壮絶な遠回りとなって面倒くさいということで。『できるだけ人目につかぬよう細心の注意を払って速やかに突き抜ける』という方針がとられた。


 そして早速、人間族の勢力圏に入って最初の小村に立ち寄った時のことだった。


              *    *    *


「お待ちしておりましたエイジ様!!」


 女商人クリステナが全力で出迎えてきた。


「何故いる!?」

「それはもう、人間族にとって得難い英雄であらせられるエイジ様を捨て置くわけにはいきません! 難所へのお供はできませんでしたが、こうして麓にてお帰りをお待ちしておりました!!」


 人間族に隙はなかった。

 こと利に適うことだったら、どんな苦労も厭わない人間族の本質を甘く見ていたエイジである。


『騒がれずに、そっと人間族勢力圏と通過しよう計画』が早速頓挫して崩れ落ちる。


「……キミらだって仕事はあるんだろうに。こんなところで時間を無駄にしてていいの?」

「ご指摘もっともながら、これはリストロンド国王ディルリッド陛下よりのご指示ですので、まったく大丈夫です。天人との交渉内容は先んじて本店に伝えてありますし!」

「国家権力の意向かー」


 それなら仕方ない。

 とでも思うと思ったか、とエイジは叫びたかった。


 どうやら国王は政治的手札としてのジョーカーであるエイジを手放すつもりはなったくないらしい。


「エイジ様……、ここは潔く諦めた方がよいのでは……?」

「そうよ。さすがに国王とお近づきで、近くを通りかかって挨拶なしは礼儀的にありえないでしょう?」


 最初から捕まる運命であったか。


「いいや! 僕は諦めない!!」

「「諦めなさい」」


 社交に関しては異様に諦めの悪いエイジだった。

 しかし仕方ないものは仕方なかった。


「わ、わかった……! でも僕たちは新しい目的地が出来て急いでいます! 通過する国にいちいち挨拶でお城まで立ち寄って行かないのでそのつもりで!」

「それでもドワーフの都に戻るんなら、リストロンドの首都は通過しないといけないんじゃない?」

「最短コースにガッチリ乗っていますからね」


 ギャリコとセルンの指摘通りで、エイジは『ぐぬぬッ』と唸った。


「当然、わたくしたちはエイジ様の意向に否やを唱えるわけがありません。最大限ご希望に沿った対応をさせていただきます」

「じゃあ、ここで僕らのこと見なかったことにしておいて」

「王様の意向にも逆らえませんから」


 権威に権威で押し返された。

 そろそろ本当に観念する時か、とエイジは腹を括った。


「では来た時と同じように馬車を用意しておりますので、どうかお乗りください。どこであろうとお好きな場所へお送りさせていただきます。……あの、それから……!」

「何か?」


 弁舌巧みなクリステナにしては、やけに戸惑った口調で、まるで奥歯にものが挟まったかのような物言い。

 その原因は……。


「……彼女も、同行者で?」


 そう指摘されたのはギャリコでも、セルンでもない。

 彼女ら古参人員とは別にもう一人、エイジ一行に三人目の女性同行者がいた。


 色黒の肌の、筋肉質な少女。

 しかし、その表情は不安と戸惑いに消沈していて、故郷ヨモツヒラサカで見せたお転婆ぶりは鳴りを潜めている。

 ここまでも姦しく話し合うエイジたちを余所に、終始黙っていたためまったく存在感がなかった。


 そう、彼女は……。


「この子はサンニガという名で、旅先で一緒になった」


 こともなげに言うエイジ。


「都会見物がしたいんだとさ。リストロンドの首都にでも着いたら適当に観光でもさせてやってくれ」

「ち、違うぞッ!?」


 オニ族の少女サンニガが言う。

 それまで借りてきたネコ状態だったのに、急に火が入った。


「オレはオニ族を代表して、兄者に着いてきたのだ! イザナミ様の命を受け大業を成す兄者を助けよと! おじいの許しも得てある!!」

「兄者?」


 事情をまだ呑み込めていないクリステナは首を捻った。


              *    *    *


 女神イザナミによって生み出されたオニ族は、彼らの祖神が呪いより解放されたことで新たな道を歩み出した。


 自族と人間族の血が入り混じったエイジに世界の行く末を託し、開祖以来の掟を改め、一族のサンニガを外へと送り出した。


 エイジの助けとなるために。


 しかしサンニガ。

 生まれた頃より、故郷たる地の底しか見たことのない世間知らず。


 そんな彼女の同行が、エイジたちの道行きにどんな影響を与えるのか。

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