148 見えるピリオド
「そ、それでは……!」
ギャリコが勇んで進み出る。
「是非ともイザナミ様にお願いしたいことがあります! 私たちは、そのためにアナタの下を訪ねたんですから!」
その願いとは当然、魔剣キリムスビの鞘に女神の祝福を与えることだった。
問題の鞘は、先の戦闘で破損してしまったためまた一から作り直さなければいけないが、それに先んじて女神自身の約束を取り付けておくことには充分価値がある。
『……なるほど。アナタたちは、その剣もって女神たちの愚極――、モンスターを討滅しようというのですね』
「そうです。天人族の力を借りて、ひとまず刀身を収めることに成功した最新の鞘も、我が渾身の奥義に耐えられなかった……!」
それを耐えられるようにするためにはやはり、刀身本体に掛けられたものと同じ神の祝福が必要となるのだろう。
しかも魔剣キリムスビにかかった男神ウォルカヌスに対応するように、女神の祝福が。
『ダメですね』
「おおいッ!?」
しかし女神イザナミはにべもなく断ってきた。
さっきできることなら何でもやると言っていたのに。
『神の祝福を神の祝福によって和合させるのは、生半可なことではありません。ただ男神と女神を重ね合わせればいいわけではない。より細部まで馴染む和合でなければいけません』
「と、いいますと?」
『その剣に祝福を掛けたのは、ドワーフ族を生み出せし男神カマプアアでしょう? 私はイザナギお兄様の配偶神です。他の男神と厳密に合うわけがありません』
男神カマプアアと『敵対者』ウォルカヌスは同一の存在と見ていい。
『その上……、アナタたちの持ち出した剣と鞘一揃えは、貫くものと包み込むものでガッチガチに象徴理論化されているじゃないですか。私に浮気しろというのですか?』
「なんかすみません!!」
さすがにそれは女神にとっても『できること』の範囲からはみ出すらしい。
「だったら何故イザナギ神は、妻のイザナミ神に『祝福を貰いに行け』などと……?」
『お兄様とて、こうなることはわかっていたのでしょう。アナタたちに私の呪縛を解いてもらうため、あえて黙っていたのでしょうね』
「あの神……!?」
段々、場の雰囲気がグダグダになってきた。
「では、どうすればいいんでしょう……? とにかく女神さまから祝福を頂かないことには、魔剣キリムスビは真の完成を見ないんですけど……!」
先ほど見せたエイジの究極奥義を超える奥義。
しかしそれを放つたびに鞘が砕け散ってしまうならば、真の完成などとはとても呼べない。
それでよしとしてしまうのは妥協であり、エイジもギャリコも妥協を許すには各々の道の一流であり過ぎた。
『唯一にして一番良い方法は、剣に宿る男神カマプアアにもっとも適合した女神より祝福を貰うことです』
「それは?」
『当然カマプアアの配偶神、彼と共にドワーフ族を生みだした女神ペレです』
それを聞いて当惑する一行。
ペレの名は、当然エイジたちも聞き覚えがあった。
ドワーフ族を生みだした母神にして守護神ペレは世界中で有名であり、それこそ栄光の座にある勝者の神なのだから。
「ですがアナタ以外の女神たちは、この世界にモンスターを放ってゲーム感覚で楽しんでいるという……?」
「そんな女神たちが、ゲームを邪魔する魔剣作りに協力してくれるとはとても……!?」
「そうよ! だからこそアタシたちは、唯一協力してくれるって言うアナタを訪ねて、こんな地の底まで降りてきたのよ!!」
と口々に訴える。
『女神たちとて一枚岩ではありません。ゲームに参加する動機はそれぞれでしょう』
「交渉次第では行けると?」
しかしどうすれば、女神ペレと交渉できるというのか。
相手は神。
その御前に立つことすら、出来た者がいたという記録はない。
『方法はあります。ラストモンスターを探しなさい』
「ラストモンスター?」
聞き慣れない名に、戸惑いがまた広がる。
『女神たちは、自分の生み出した人類種のいずれが最優であるかを決めるためゲームを始めました。そのゲームの内容は、私もまた女神としてゲームの参加を持ちかけられたため説明を受けています』
結局は参加を拒否したイザナミ神だが。
『その中で、ゲームに決着をつけるために設定された特別なモンスター。女神たちはそれぞれが特別なモンスターを一体だけ生み出しました。その力は覇王級すら遥かに凌駕するでしょう』
「そんな、バケモノが……!?」
覇王級ですら人類種にとって絶望的な脅威であるというのに。
それを超えるとなると気が遠くなる話だった。
『しかしそのモンスターが倒されれば、それを生み出した女神は正式に敗北を言い渡され、ゲームの参加権を失います。最高の人類種を生み出した最高の女神を決めるレースから脱落するわけです』
「つまりラストモンスターとは……!?」
『ゲームに決着をつけるためのモンスター。文字通り最後のモンスター』
この世界のどこかに女神ペレの生み出したラストモンスターがいるはずであり、それを倒されれば女神とてなんらかのリアクションをしないわけにはいかないはずだ。
「いいや……、それだけじゃない……!」
エイジの手が小刻みに震えた。
「そのラストモンスターこそ、僕が追い求めるべき獲物じゃないか……!!」
ラストモンスターを倒せば、女神たちの催したバカげたゲームは終わる。
この世からモンスターはいなくなり、その害に人々が悩まされることもなくなる。
「そうよ! その通りだわ! 女神たちの作ったラストモンスターを全部倒せば、ゲームは終わり!!」
「それができるのはエイジ様しかいません!! イザナミ神の呪詛を払ったあの剣は、グランゼルド様ですらマネできないものでした!!」
ギャリコもセルンも沸き立つ。
この世界から完全にモンスターを駆逐できる。
夢物語としか思えなかった不可能事が、おぼろげながら現実味を帯びてきたのだから。
究極の剣士。
究極の剣。
それらをもって倒すべき最後の敵がいる。
差し当たってはいまだ完成を見ない究極剣に画竜点睛を加えるために、ウォルカヌスの配偶者、鎚神ペレのラストモンスターを探す。
『ラストモンスターは、この世界のどこかに隠れてジッと息を潜めているはずです。他のモンスターと違って、選ばれし勇者が自分に挑みかかるのを待ち受ける者なのですから』
女神イザナミは言った。
その女が持つべき美しさをすべて詰め込んだかのような麗容が、かすんで消え始めていた。
「イザナミ様……!? 姿が……!?」
『神である私が、本来長く物質界に留まるべきではありません。……ああ、久方ぶりにお兄様にお会いできる。これほどの喜びはありません』
女神の表情は歓びに満ち溢れていた。
『私を解放してくれたアナタたちにはお礼のしようもありません。せめて、アナタたちのこれから進む道が平易でありますよう……』
女神の視線が、エイジたちから外れた。
そして新たに彼女の瞳が捉えたのは、オニ族の大長老。
彼は、自族の信奉する女神を前に五体を投げ出し平伏していた。
『我が子らの、当代の代表者ですね……?』
「ぎょ、御意……! 我らが崇めるイザナミ様への謁見を賜ること、恐悦至極……!!」
あれほど傲岸に振る舞っていた大長老が、躾けられた犬のようなしおらしさ。
『私がこうして解放された以上、古よりの掟はもはや反故としてよいでしょう。差し当たってオニ族は、この新たなる英雄たちを全力で支援なさい』
再びエイジたちを向く。
『彼らが必ずや、オニ族を闇の淵から解き放ってくれるでしょう。他種族と触れ合い、世界中好きな場所へと行ける自由をオニ族にもたらしてくれるはずです。可愛い我が子らに幸多かれ』
そうして女神イザナミは、自分のいるべき次元へと去った。
恐らくは配偶者であり兄であるイザナギの待つ場所へと。
『新たなる時代を、築き上げてください』
エイジたちは、ヨモツヒラサカの谷底で望んだものは得られなかった。
しかしそれ以上に重大な事実を知りえた。





