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145 黄泉大戦

「んぐいぎぎぎぎ……! んぎぎぎぎぎぎぎ……ッッ!!」


 エイジは唸る。

 魔剣キリムスビを鞘に収められるようになったのはいいが、逆に特別な方法で作り上げた鞘を、魔剣は大層気に入ってしまって生半可な力では抜刀できない。


「『破の呼吸』!! ……やっと抜けた……!」


 そうしてエイジが抜刀に手間を掛けている間に、イザナミ神の下半身は際限ない広がりを見せている。

 触れるものすべてを汚染する災いの腐穢下半身。


「イザナミ様! お鎮まりくださいイザナミ様!!」


 それに対し、平身低頭して神を留めようとする者がいる。

 オニ族の大長老だ。


「我らはイザナミ神の子でございます。我が子を手に掛けまするか!? お鎮まりを! どうかお鎮まりを!!」


 しかし、当の神様にはまったく反応する様子がない。

 ただ自然の広がりに任せるように、液状腐土が大長老すらも飲み込もうとするが……。


「ソードスキル『水破斬』!!」


 エイジの超高速の剣撃が、液体すらも鋭利に斬り刻む。


「さすが魔剣キリムスビ……! あの見るからに危険なヘドロに触れても、なんともないな……!!」


 根拠はなかったが、そうである確信がエイジにはあった。

 しかし同時に危険な確信もあった。


 このまま放置しておけば、イザナミの下半身ヘドロは遠からずヨモツヒラサカの集落を追い尽くし、谷底から溢れ出すだろうと。


 そうなれば、それこそ覇王級モンスターを超える危機になるのは間違いない。


「イザナギ神は何を考えているんだ……!?」


 女神イザナミの夫、男神イザナギ。

 そのイザナギの祝福を受けた杖がイザナミの封印を解いたのだから、この災禍の発端は間違いなく、あの男神。


 イザナミに直接頼んで祝福を与えて貰えと言った、あの神の真意がここに来て見えなくなってきた。


「イザナギは、僕に何をさせようとしている……!?」


 しかし呑気に推理などしている余裕はなかった、一刻も早くイザナミ神の拡大を止めなければ、すぐにでも最初の犠牲が出てしまう。


「ソードスキル『五月雨切り+水破斬』!!」


 乱撃を旨とする『五月雨切り』と、超高速の斬撃で液体をも斬り刻んでしまう『水破斬』の組み合わせは、ソードスキル値四千を超えるエイジだからこそできる超絶技巧。


 その絶技でヘドロの侵攻を食い止めるが、所詮エイジ一人、全方位へ際限なく広がっていく腐敗を完全に食い止め切ることなどできない。


「エイジ様助太刀いたします! ソードスキル『一刀両断』!!」


 セルンが青の聖剣から放つ斬撃状オーラは迫りくるヘドロを打ち散らすが、飛沫となったヘドロが周囲に飛んで、場合によっては被害を拡大させる。


 基本万能の『一刀両断』だが、さすがに状況に完全対応したエイジほど完封はできない。


 どちらにしろ拡大を遅らせる以上の効果は期待できなかったが。


「まずいな……!」


 エイジは、攻撃を繰り返しつつ後退していた。

 それは、彼の攻撃では完全に食い止められないことを認めることでもあった。


「斬っても斬っても際限がない。ヘドロは無限に広がり続けている……!」


 そもそもイザナミは何故このようなことをするのか?


『う、ら、め、し、や……。う、ら、め、し、や……』


 イザナミの上半身は、盛り上がるヘドロの山の頂点に鎮座して、そう繰り返し呟くのみだった。


 とても正気だとは思えない。


 何故イザナミは狂ってしまったのか。元々正気ではなかったのか。

 男神イザナギは、だからこそ妻であり妹である彼女を封印したのか。では何故今さら封印を解いた。


 答えのすべてが神話の向こうにあって、探ることもできない。

 というかその前に、何としてでもこの災禍を止めなければ探ることもできない。


「大元を、断つしかない」


 エイジの脳裏に浮かんだ最後の手段は、究極ソードスキル『一剣倚天』だった。


 対象の生と死を同時に斬滅する究極剣をもってすれば、神にすらも死を超えた消滅を与えられるのではないか。


 通常なら無理であろう。

 しかし、天才ギャリコが精魂を注いで作り上げた魔剣キリムスビであれば可能であると思えた。


 かつてドワーフの都で覇王級モンスター、アイスルートを滅したように。

 今また放たれる、究極の剣士と究極の剣の混合による究極の剣技。


「やめぬか!」


 究極剣発動のための精神集中に入ろうとしたところ、攻撃によって邪魔される。

 エイジに向かって拳を突き出したのは、オニ族の大長老だった。


「何のつもりだ!?」

「お前こそ! 不遜なる振る舞いはやめよ! イザナミ様は我らオニ族の生み主! 手向かいなどあってはならん!!」


 徒手空拳を戦闘スタイルとするオニ族の大長老は、特殊な握り方の拳をエイジに向ける。

 握りこぶしの中で中指だけが僅かに盛り上がり、人体急所を的確に突くのが目的の握り方だろう。


「弁えろ! お前の体にも半分オニ族の血が流れているのだ! 創造主に逆らうことなどあってはならん!!」

「厄介な……!」


 エイジと大長老が睨み合っている間にも、ヘドロはどんどん拡大していく。

 エイジは大長老に抑えられ、セルン一人ではとても支えきれない。


『う、ら、め、し、や……。う、ら、め、し、や……』


 地底は着実に、加速度的に。

 地獄へと変わりつつあった。

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