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143 黄泉戸喫

「自分のスキルウィンドウを眺めて、幼い頃からずっと疑問に思っていた。一体オニとは何だろう? と」


 自身のスキルウィンドウ、そこに浮かぶ『人間/オニ』の表示を眺めるエイジ。

 その表情には、今までにない寂しさが浮かんでいた。


「あらゆる本を読み漁っても、そんな種族がいるなんて記録は一切なかった。天人にアナタたちの存在を聞かされた時ですらピンとこなかったよ。彼らはアナタたちのことを闇人と呼んでいたから」

「ヤツらから我らの存在を聞きだしたか。たしかに男神イザナギ様の単性より生み出された、あの者たちはいわば兄弟の種族。イザナミ様もヤツらとだけは言葉交えることを許してくださる」

「僕の子どもの頃の記憶と、アナタたちの証言の総合すれば……」


 エイジは、どこか遠くを見通すように虚空へ目を向ける。


「かつて青の聖剣の勇者だった僕の母が、何らかの理由でこの集落に迷い込んだ。父と出会った。そして僕が生まれたってことか」

「「なッ!?」」


 それに何より驚いたのは、ギャリコとセルンの二人だった。


「どういうことですかエイジ様!? エイジ様のお母様が、かつて青の聖剣を振るっていた!?」

「聞いてない? 僕から見て先々代の青の勇者が僕の母さんだよ。僕を妊娠したのがきっかけで勇者を引退し、同時に聖剣院からも離れた」


 違う人類種の男女が恋に落ちて結婚するケースは稀にあることだが、その間に子が生まれるということは今までに例がなかった。

 種族が違えば精と卵が交わることはない、という定説がもっぱらであったが……。


「その例外が、僕というわけだ」


 人間とオニの混血児、エイジ。


「僕の呼吸スキルは、アナタたちオニ族からの遺伝だったのですね。薄々そうじゃないかと思っていたが……」

「先も言ったが、我が九番目の息子レイジは、過去のどの達人と比べても遥かに超越した呼吸の使い手であった。その才覚が、ここまで不足なく次代に引き継がれようとは……」


 大長老のエイジを見詰める瞳は、まるで異形の怪物を見るかのようだった。


「奇跡の才能がこうも立て続けに現れるとはの」

「受け継いだのは一つだけではないですよ」


 エイジがさらりと言う。


「グランゼルド殿は、僕と二人だけになるたび秘密を明かすように言っていた。『本当ならば覇勇者になるのは自分ではなく彼女だった』と。僕を生むために母さんは、覇勇者となる栄誉を捨て去った」


 当世代で間違いなく最強格の剣士だった母親からの才覚も受け継ぎ、鬼剣エイジは生誕したのだった。


「まったく驚きだ。こんな地の底までやって来て、唐突に自分のルーツを知ることになろうとは」


 それだけでなく、エイジはここに来る途中で天人より世界の秘密を聞かされた。

 人類種を襲うモンスターの災厄は、神々の催すゲームに過ぎなかったのだと。


「今回の旅は、僕が経験した中でもとびきり異質だ。世界のもっとも高いところで世界の秘密を知り、その次は世界のもっとも深いところで自分の秘密を知った」


 それは恐らく。


「完成した魔剣を手に、僕が本当に何をするべきなのか悟るべき時が近づいているからだろう。オニ族の大長老よ、いい加減に僕らの要件を聞いてほしい」

「なんだ?」

「アナタたちの神イザナミに会わせてほしい。彼の神に会って直接お願いしたいことがある」

「ならぬ」


 大長老の拒絶は間髪入れなかった。


「イザナミ様は我らにとって貴き神。つまらぬ理由でおいでいただくわけにはいかぬ。そして貴様は……」


 その瞬間だった、エイジたちは鼓膜に違和感を感じた。

 気圧が急激に変化している。


「レイジが遺した究極の才人……。貴様は、この地にこそあらねばならぬ。これよりは我らオニ族の一員として、その才能を自族のために使うがよい」

「断る」


 エイジもまたにべもない。


「僕の力を何のために使うか、決めていいのは僕だけだ。僕は僕の正しいと思うことだけに剣を振るう。それが母の教えであり、父が示してくれたことだ」

「頑迷なのは父親譲りか……。しかし、オニ族の血統は外に出してはならぬというのが神々との約束。この地の戻ってきた以上は、二度と逃がしはせん!」


 谷深き地底であるというのに、嵐と間違えそうなほどの暴風が吹き荒れる。

 すべては大長老が呼吸スキルで生み出したものか。


「……『螺の呼吸』」


 今や周囲の空間自体が、大長老の肺内と同義。

 大長老が息を吸って吐くごとに、周囲の人々はちり芥のごとく吹き飛ばされる。


 しかしそれすらエイジには通じない。


「ソードスキル『真空破』」


 空気を斬り裂く斬閃の前に、いかに空気を掻き乱そうと意味はなかった。

 真空断層に暴風は遮られ、エイジより背後はまったくの無風状態。その位置にいるギャリコ、セルン、サンニガもまったく被害がない。


「この剣を見ろ」


 エイジがシナイを突き付ける。


「剣ではなく、むしろ棒だってのが見ただけでわかるだろう。敵を傷つけないことを特に意識して拵えられた剣だ。それがどういうことかわかるだろう?」

「…………ッ」


 呼吸スキルを極める老人の顔に焦燥が浮かぶ。


「お互いにケガしないまま終わらせたいんだ。僕の体には半分人間族の血が流れているが、その人間族にも僕はまったく義理立てしていないんだ。それなのにアンタたちにだけ従うなんてあると思うか?」

「……サンニガ!」


 焦り混じりに孫娘の名を呼ぶ。


「人を集めよ! そこにいる他種族の娘二人を手籠めにするのだ!」

「ええッ!? でも……!」

「本来ならば外よりの侵入者は殺すが掟。しかし貴様が大人しく従うなら無事地上に帰してやってもいい! どうだ!?」


 それはエイジに向けた交換条件なのだろうが、成立しない交渉だった。


「それ以上喋るな」


 強者の逆鱗に触れることを交渉とは言わない。


「アンタを殺したくなってしまう」


 エイジの腰には、今や処女鞘にピッタリ収まった魔剣キリムスビが下がっている。

 処女の匂いに包まりたい魔剣は、生半な力では離れてくれないが、それでも力を込めれば抜刀は可能。


 エイジの右手が、キリムスビの柄にかかった。


 その瞬間。

 まばゆい光が地底に放たれた。

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